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建築事務所のいろいろ_廃棄物発電所の屋根にスキー場

建築は実際に訪れてみなけてばならない。本当に意図していることが分かるからだ。

昨年、BIGの同僚たちとデンマークの建築めぐりの旅にでた。正直に言うと、それまでに実際に見たBIGのプロジェクトはマンハッタンにあるVIAと、あと1つ。そして更に正直に言うと、私はBIGの建築に共感したから入社した訳ではない。長年スティーブン・ホール事務所にいた私は、BIGの建築に対して「ダウト」すら抱いていたのだから。

だからこの同僚との旅は、自分たちが創り出している建築がどういうものかを理解するのに、とても収穫の多い旅となった。

なるほど!と思った建築が、コペンハーゲンにある完成まじかの廃棄物発電所だ。これはコンペの優勝作品だが、施主が求めたのは単なる廃棄物発電所のデザインだった。ここでBIGが提案したのは、その屋根にスロープをつけスキー場にすること。デンマークという国はとにかく真っ平ら。どこまで行ってもほぼ同じ様な景色が続く。だからスキーをするにはわざわざ隣国のスウェーデンにまで行かなくてはならない。この発電所の登場によって、デンマークに山ができ、初めて国内でスキーができるようになり、そしてなにより廃棄物発電所という、普段人が寄り集まらない場をソーシャルな場に変えてしまうのだ。

と、ここまでなら雑誌にもホームページのプロジェクト紹介にも載っているから誰でも知っている。だが、実際にデンマークを訪れてこのプロジェクトの意義をもっと深く理解することとなった。

デンマークと言えば、誰もが知る幸せな国トップ3に入る社会福祉国だ。国民は国に守られ、ホームレスなどほとんどいない。だからスリなどの犯罪に遭う心配もない。街はきれいで、安全。人々もちゃんと交通ルールに従って整然と自転車に乗っている。これが私が持ったデンマークの印象だった。

が、ある夜同僚と飲みに出かけ、そこで地元の若者やおやじたちと話す機会があった。私が「幸せな国に住めていいですね!」と言うと意外な反応がかえってきた。「デンマークはつまらない。」、「この国には鬱の人が多い。自分もこの前まで治療中だった。」
BIGのコペンハーゲン事務所で働く同僚も「この国は刺激が何もない。だから来年からニューヨーク事務所に移転することにしたんだ。」と。

頭にふと浮かんだのは私が暮らすニューヨーク。街はゴミだらけで犯罪も多いのは確かだけれど、デンマークと違ってあらゆる人種が集まり多様な文化に溢れている。刺激とエネルギーに満ちた大都会だ。街の喧騒に嫌気がさせば、すぐに山や川の自然もある。

翌日、発電所見学に向かった。エレベーターでてっぺんに昇ると、そこは真っ平らなコペンハーゲンで一番高い場所。目の前に海が広がり、風力発電の風車がダイナミックに回っているのが見える。気持がスカッ!とした。そしてスキーを履いた自分を想像しながら、スロープの屋根を駆け下りてみた。なんだかそれだけでもワクワクして楽しくて、そっかあ、デンマークという国の人々が必要としているのはもしかしたらそんな刺激、ワクワクなんじゃないかと。

BIGの信念の一つに、建築はそこで生活する人、使う人にとって「ギフト」でなければならない、というのがあるが、まさにこのプロジェクトはそんな意図があると感じたし、そうなることを願っている。

建築家の仕事とは、その場所に住む人、実際に使う人が求めているもの、更にはその奥にあるものを理解し、それを満たす、もしくはそれ以上のものを生み出すことなのだな、とこの旅で改めて思った。

そして確実に私の中の「ダウト」が消えて行くのを感じた。

つづく (このプロジェクトの詳細はBIGのホームページへ

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