5.名前と共に子どもの自分を捨てた日
プロローグより続いています。
ほどなくして新学期が始まった。
とりあえずお茶室が私の部屋となり、
新しい生活と共に初めて自分の部屋を持つことになった。
学用品は以前のまま。
でも見える景色も家族のメンバーもすべて違う。
朝食も以前とは異なり、
アメリカの大学を卒業した義父のこだわりで
目玉焼きに添えるカリカリに焼いたベーコンが
よく添えられていた。
新しい学校の初登校の日。
以前の倍の距離がある通学路を
母と二人で学校へ向かう。
次の日から一人で行けるようにと、
道を確認しながら…
教室に入ると、
担任の先生が私をみんなに紹介してくれた。
○○麻貴さんです。
一瞬、「誰?」と思った。
苗字が変わってまだ数週間。
全く慣れていなかった。
そしてクラスにこれまでの苗字と同じ
クラスメイトが居たから、
さらにややこしい。
先生がその子を「△△さん」と呼ぶたびに、
うっかり返事をしてしまう。
みんな不思議がるが、再婚ということはバレたくない。
その度に取り繕い、その度に冷や汗を流した。
学校にも慣れてきた数日後、
担任の先生が休みで、代わりの先生が来たことがあった。
今度こそは間違いないように…
そうして毎日毎日細心の注意を払いながら
出席を取る時間を待ち構えていた。
はぁ。
ちゃんと手を挙げられた。
ホッとしていた時、また先生から名前を呼ばれた。
学校の名簿の保護者欄に名前が抜けていたので、
お父さんとお母さんの名前を教えてください。
ドキッとした。
けれど、義父の名前は知っていたので、
お母さんは◻︎◻︎で、お父さんは◻︎◻︎です。
と、そつなく答えた。
すると今度は、
どんな漢字ですか?
矢継ぎ早に聞いてくる。
家族となって数週間。
義父の名前は知っていたが、漢字までは知らなかった。
だから正直に答えた。
先生、お母さんの名前は書けますが、
お父さんの名前は漢字で書けません。
すると先生から
5年生にもなってお父さんの名前を
漢字で書けないんですか?
そう言われた。
クラスみんなが聞いていた。
ちょっとざわついた様にも感じた。
新しく友達になったばかりの子たち
みんなが聞いている。
恥ずかしくて、悲しくて、
私はどうしていいのか分からなかった。
ごめんなさい。
私は謝ることしかできなかった。
怪訝そうな顔で私を見つめる先生に、
どうしても分からなくて…ごめんなさい。
家に帰ったら聞いてきます。
そう謝っている自分が恥ずかしくてたまらなかった。
でも、口が裂けても「再婚」という言葉を
言い出すことはなかった。
学校の帰り道、
一緒に帰ってくれる友達もできたが
その日はそのことで頭が一杯だったことを覚えている。
しょうがないじゃん!
だって、まだお父さんになったばかりなんだもん!
祖父の名前の方が難しいのに、漢字で書けるもん!
しょうがないじゃん。
だって・・・
心は既にシャッターが下りていたから、
このことは誰にも言わなかった。
家に帰ると、母がフリルの付いたエプロンを着ていた。
そんな姿はこれまで見たことがない。
この家に引っ越してから、
言葉遣いや笑い方、服装がどんどん変わっていく母。
なんとなく「お金持ちの奥さん」っぽく見える母。
本当にあの時と同じ…
気付いて欲しかった。
ママ~!学校でね!!
って話したかった。
でも、変わっていく母を遠く感じ、
これまで以上に
言うことは出来なくなっていった。
私は「大人」になった。
年齢も心も子どものまま大人になった。
いつも笑顔で
困ったことはすべて自分で解決するのが大人だ。
そう信じ、私は母の前でも友達の前でも
この時から大人になった。
さようなら、マキちゃん。
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