3.別世界への入口

プロローグから続いています。


祖父母が猛反対する中、再婚が決まった。
小学4年生の春休みに引越しや転校の手続きをとった。
クラスではお別れ会を開いてもらい、
友達や先生から激励を受けたのを記憶している。

反面、私はすべてが嫌でたまらなかった。
もう既に祖父が私の「お父さん」でないことを知っていた。
父の日になると毎回プレゼントをしていたが、
祖父が祖母の旦那さんなのだということを徐々に認識していた。
それでも、幼い頃の記憶、あぐらの中、肩車…
私にとっては「お父さん」そのものだった。
だから、六畳二間の家を出ることが悲しくてたまらなかった。

再婚相手は母の勤めていた語学学校の社長。
歴史の長いお寺の息子で、裕福な家庭だった。
再婚前に慣れるためなのか、何度か食事に連れて行かれた。
そして、その人が好きだという横浜に母と3人、
車で出掛けることもしばしばあった。
車も祖父のものとは全く違う。
座るところがフカフカで、乗用車なのになんだか広い。

横浜を一通り見終わると都内の家に招かれた。
家にはない門構えに驚きを隠せなかった。
そこは、
当初その人の親が趣味でやっていたお茶をするために
茶室として使っていたところを、
居住用に改装した家だった。
門を入ると右手にこじんまりとした日本庭園のような庭があり、
引き戸を開けると
その庭の目の前に佇むようにお茶室がある。

六畳二間で4人暮らしをしていた私には、
お茶をたてるだけの家があることにも驚いた。
リビングは2階分あるかのような天井の高さ。
真っ白な天井にはシーリングファンが回り、
部屋をそこここで照らす間接照明が眠たくなるくらいだ。

目の前にはバトミントンコートくらいの芝生の庭。
高台に立っているその家からは
都内だというのに目の前を遮るものが何もない。
パームツリーが植えてあり、離れの家も建っている。
何もかもが別世界だ。

おいしいご馳走が運ばれてきて、
夜になると都内のホテルの最上階にあるジャズバーに行く。
私はジュースを飲み、
再婚相手の人と母は見たことも無いような
キラキラした飾りのついたボトルのウィスキーを飲んでいる。

そんなときにも考えていた。
いつ家に戻れるのかな?
早くあぐらの中に座りたいな。
祖母の煮つけが食べたいな。
今日は何食べてるのかな。


帰りたい。帰りたい。私の家に帰りたい。

何事もないような顔をし、
ジュースを片手に会話に笑顔で返しながら、
心の中では
帰りたい。帰りたい。
ただ、そう心の中で叫んでいた。





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