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3.11

昨日は3月11日。

あれから12年。

あの時の私は、小学校教員として3年生の担任をしていました。

そしてあの日の15:00前。

職員室に物を取りに降りると、テレビモニターに東北地区の映像が映っていて、ほかの先生たちがモニターの前で呆然と立ち尽くしておられたのをはっきりと覚えています。

現実とは思えないような光景。


東北から遠く離れた鳥取県では全く揺れることもなかったので、余計にその光景が信じられませんでした。

私は教室に子どもたちを待たせていたのですぐに戻りました。

まだまだ全貌が分かっておらず、言葉を選びながら担任していた子どもたちに伝えたことを覚えています。



そして今年の3月11日。

私がいた場所はこちら。

昨日は実家の神社の祈年祭(きねんさい)でした。

神社で行われるお祭りは稲作に関わることがほとんど。

祈年祭も稲作をはじめとする穀物の豊穣を祈るお祭りです。

それと同時にあらゆる産業の発展や国家の繁栄も祈ります。


昨日も私と姉とふたりで奉仕しました。

斎主である姉が奏上した祝詞。

その祈年祭祝詞の中には、

稲作など農業に携わる人々の大変な労苦について触れると共に、

人の努力ではどうすることもできない天災を含めた自然現象について

ひたすらに神々の御加護を仰ぐ

ということが入れられています。

日本では、遥か昔から天災による稲作農業への影響、たくさんの人の命の犠牲、などあったことでしょう。

12年前の東日本大震災で犠牲となった方々のご冥福と、全ての人々の健康と平和を心よりお祈り申し上げます。

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