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四十九日の法要が終わりました


父の四十九日の法要を

本日執り行いました。無事、納骨できました。

始まる前から、叔母たちに「これで一段落だね」と言われました。「はい、そうですね」と答えつつも、本心では「そういうものかな!?」と思っていました。でも、実際に石屋さんにお骨をお墓に納めていただいたときには、ちょっとホッとしました。これで一段落と言ってもいいのかもしれません。どちらかと言うと、実家に置いてあったり、持ち運びをしたりするときに、微妙な緊張感を感じていたので、あるべき場所に置けたことでホッとしたのかも、という気はします。私の感覚ではその程度です。

せっかくここで書いているので、もう少し作家目線のことも書こうかな、と思います。

一番実感するのは、どこに行っても観察眼を働かせてしまうということ。もうクセみたいなものですね。目新しい場所に行くと、キョロキョロしっぱなし。見たことのないもの、想像のつかないものがあると、そばに寄って眺めてみたり。

もちろん、法事の最中は私が喪主ですから、身動きは最低限に抑えていましたが、ずっと目だけは動いていたと思います。お坊さんの一挙手一投足を見落とすまい、といった感じで見つめていました。多分相当な視線を感じていたでしょうね。そのあと、墓石のところに行っても、石屋さんが納骨する間、じっと見つめていました。そちらでも「なんかやりにくいな」と思われていたでしょう。本当申し訳ないですが、これは職業病みたいなものです。気にしないでください(と言っておきます)。

そして、さらに葬儀でも法事でも喪主をやらせていただいたのは、いい経験だったと思います。やっぱり、それでないとわからないこともたくさんありますし。その結果、引き続き市役所関連の煩雑な手続きも結局ほとんどひとりでやってます。市役所も手続きが簡易になるよう、「法定相続人が複数いても、市役所に届け出るのはひとりだけ」としているとのことで、ふたりで行っても、妹は見ているだけになりそうなので、「来なくていい」と言ってしまいました。

手続きは面倒なのですが、それもまたいいネタになりそうだなぁ~、と思って、わからないことはひたすら質問を投げつつ、全部処理しています。おかげでいろんなことがわかって、おもしろかったりします。

今後、どこかのネタに使えるよう、整理しておかないとですね。まだまだ、役所の手続きも残っていますし、新盆や一周忌などもありますし。

葬儀の話などというと、伊丹十三監督の「お葬式」が有名だと思います。私も昔、祖母が亡くなった直後に、テレビで放映されたのを観たのが初めてでした。足がしびれてる様子などを見ると、かなり実感と合っていて、妙におもしろかったのを覚えています。当時中学生だったにもかかわらず、です。

しかしコロナ禍を経て、家族葬が主流になってきたそうなので、今撮るとなったら、だいぶ変わるのでしょうね。そんな想像を膨らませていたりします。

本日の進捗

もちろん、進捗はありません。

やっぱり気持ち的にも落ち着いてきた気がするので、本格的に再開します!


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