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金沢のおすすめ建築 〜美しいレンガ建築、石川県立歴史博物館〜

兼六園の脇の坂道を登ると、そこはミュージアムエリアです。
右手に、石川県立美術館。

その隣に、国立工芸館。

向かいには、石川県立能楽堂。

そして、1番奥に石川県立歴史博物館、赤レンガミュージアムがあります。

3棟続きのレンガの建物が圧巻です。陸軍の兵器庫として建てられたものです。
下の方のレンガの色が違うのは、デザインだけでなく、機能もあります。

色の濃いレンガは、レンガをさらに焼き締めて作ったレンガです。
雨や雪の多い北陸で、レンガが割れないようにこの「焼き過ぎレンガ」が地面に近いところに使われています。

この第3棟で保存されていた建設当初の鉄扉から、現在の鉄扉が復元されました。

第1棟 加賀本多博物館

並んでいる中で、手前に見える第3棟が1番古く、明治42年(1909年)竣工です。
現在は、加賀本多博物館となっています。
このすぐ隣あたりに、江戸時代には、本多家の広大な屋敷がありました。

本多家は、加賀藩の年寄(家老)の筆頭で、破格の5万石の禄を与えられていました。
展示物に、「村雨の壺」があります。別名、「5万石の壷」です。

幕府と加賀藩が領地で揉めたときに、本多家が交渉し、加賀藩が領有権を得ることができました。
そのときに、5万石から10万石へ加増の話があり、それを辞退した代わりに、拝領した壷なので「5万石の壷」です。

賢明な判断です。
おそらく、ここで10万石になっていたら、代を重ねるうち、功が薄れて前田家から疎まれるか、他の加賀八家と呼ばれる年寄から妬まれ、何らかのタイミングで潰されてしまった可能性が高いと思うからです。

さて、建物の中に入ると、木組の柱や梁が見えます。

3棟の中で唯一、元の木造を補強して、残されています。
左に見えるイオニア式の柱、兵器庫には浮いていると思いませんか?

これは、オリジナルのものではありません。
明治35年に作られた金沢市の議事堂が、昭和14年に焼けますが、焼け残った議長席付近の柱を再生させています。

展示ケースの上に続く木組を眺めながら、鑑賞します。

木組を見ていると、上にかぎ針のようなものがあるのが最近分かったよと教えてもらいました。

兵器庫なので、荷物の上げ下ろしに使っていたものかもしれません。

奥の展示室内にも、木の柱と石の土台が見えています。

次に、第2棟へ。
3棟との間には、市内で出土した辰巳用水の石菅を使ったモニュメントがあります。

辰巳用水石菅のモニュメント

この場所が、武家屋敷の庭でちょうど池があったことから、水の豊かさを表現して作られました。
金沢らしいモニュメントです。

石菅保護のため、冬には薦(こも)が被せられます。

雪が降ると、この通りこんもり。

モニュメントのほかの部分には、兵器庫建設当初の瓦や石材が使われています。

第2棟 石川県立歴史博物館〜交流体験館〜

第2棟は、大正2年(1913年)につくられました。
その後、鉄鋼構造で改修されています。

でも、ロビーには元の構造が分かるようにレンガの基礎や木の柱が復元されています。

復元された柱

このレンガ造の基礎は、外で直に見ることもできます。

第2棟の入口部分を見ると、壁の厚さが分かります。

そして第2棟だけど、第六号兵器庫とあり、元の兵器庫はさらに多く並んでいたことを表しています。

この棟では、工芸の展示がされていたり、イベントが開催されていたりします。

工芸回廊

第2棟から第3棟への連結廊下には、休憩のできるスペースがあります。
前回の大加州刀展では、刀剣乱舞とのコラボでガラスにそのキャラクターが描かれていました。

以前、地元の版画家、小原古邨の企画展のときには、その版画のモチーフがガラスにいました。
ここも、要チェックです。

第1棟 石川県立歴史博物館〜歴史発見館〜

第1棟は、大正3年(1914年)に完成しました。
改修のときに外壁だけ残して、鉄筋コンクリートで内部はすべて新しく作られています。
建築当時の大正時代の洋風建築をモデルとしたデザインです。
扉はよく見ると、漆に金のようでやや和風。

エントランスの上は、コリント式の柱頭にベランダの様な装飾窓があります。

中へ足を踏み入れると、重厚な階段と華やかな装飾もあり、武器庫の気配はありません。

重厚な階段
華やかな漆喰の装飾

でも、改修で撤去した木材は、建築に再利用されています。
特に、この階段部分に多く使われました。

階段の支柱は、六角形で洒落ています。
もう一度外へ出ます。
やんわりと反対側まで歩くと、どことなく石川県立歴史博物館の建物にマッチした門があります

何かと思うと、歴史博物館の建物が旧陸軍兵器庫として建てられた頃に、隣にあった練兵場との間の土塁に置かれた門でした。

当初は鉄扉で、それが昭和43年に木製扉にかえられ、2015年の歴史博物館リニューアル時に、なくなっていた扉、石敷き、土塁が復元されて現在にいたっています。

陸軍の兵器庫について

石川県立歴史博物館は、旧陸軍第九師団の兵器庫としてつくられました。
じゃあ、他の師団でもあるのでは?というとそのとおりです。

明治31年(1898年)の日露戦争勝利後、さらなる軍備強化のため、各師団にレンガ造りの兵器庫がつくられています。
第九師団の兵器庫はそのうちの1つで、明治42年から大正2年にかけて建てられました。

他に残っているのは、あとふたつ。偶然にも続き番号で、第十師団、第十一師団の兵器庫です。

第十師団の兵器庫は、明治38年につくられたもので、姫路市立美術館となっています。

第11師団の兵器庫は、明治38年〜40年に建てられ、現在は陸上自衛隊善通寺駐屯地倉庫として使われています。

今では当たり前の「標準設計」に基づいて建てられました。
2階建てで、上げ下げ窓に鉄扉、ファサードまで似ています。奥行きは若干差があるものの幅は同じ設計です。

明治に入ってきた西洋の合理主義から、建築の規格品化が実現された建築でした。

同じ設計でも、現地で装飾などの細部は任せられていて違うはずなので、金沢以外の姫路市、善通寺市の兵器庫もいつか見てみたいものです。

金沢の兵器庫は、冬も風情があります。
ただし、雪が積もって建物の屋根や細部は見られません。

参考
「金沢市史 資料編17」
レトロ建築めぐりパンフレット

レトロ建築めぐりツアー


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