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「ネガティブ・ケイパビリティ」とCHRO(最高人事責任者)に求められる能力

本を読んだり、テレビのNHKやEテレを観ている時に、初めて目にする言葉やフレーズに心を揺さぶられることって、誰しもありますよね!
今回取り上げた「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉が、私にとっては昨年から今年にかけて出会った ”感動ワード” です。
どこかでこの言葉の魅力を伝えたいなと思っていたところ、人事パーソン御用達の『労政時報』(2020年10月23日号)の「人事部の未来」特集で、CHRO(Chief HR Officer:最高人事責任者)にとって最も重要なコンピテンシーに、まさにネガティブ・ケイパビリティのことだ!という能力が指摘されていたことから、両者を結びつけた意見を伝えたいという思いに至りました。

1. ネガティブ・ケイパビリティとはなにか?

ネガティブ・ケイパビリティという言葉は、19世紀初頭のイギリスの詩人である、ジョン・キーツが提唱した概念で、

どうにも答えの出ない、どうにも対処のしようのない事態に耐える能力
= 性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいる
 ことができる能力

のことを言っています。

キーツがこの概念にたどり着いたのは、シェイクスピア作品を読み耽る間にシェイクスピアがもつ「無感覚の感覚」に気づいたことによるとされています。
例として、『マクベス』の一節である、
「きれいは汚い、汚いはきれい」 があげられます。

世の中の多くのことは、白黒はっきりとした世界ではなく、その間に広大に横たわるグレーゾーンに位置したり、あるいは、白と黒が散りばめられたところで私たちは生きています。

だからこそ、半ば無意識に、良し悪しではなく、論理よりも感覚で受け止める、音楽や抽象画や詩やダンスに、強く惹かれるのでしょう。

2. 日本人とネガティブ・ケイパビリティ

ではそのネガティブ・ケイパビリティと日本人の感性を見てみるとどうなるでしょうか?

私がこの言葉を知ったのは、2019年のEテレ『100分de名著』の『夏目漱石スペシャル』でした。ここでは漱石作品の中ではかなりマイナーなものを事例として取り上げていましたが、考えてみると、彼の代表作である『こころ』を取ってみても、(識者による解釈はいくらでもできることはいったん脇に置いて)私たちがこの作品を読んでなんとも言いようのない感動を覚えるのは、理屈ではなく、漱石の内面の暗部も含めて、そこに体現されている彼の人格そのものを受け止めるからではないでしょうか。

漱石作品といった古典的名著をとりあげるまでもなく、私たち日本人は日常生活の中で、いいのか悪いのかは別として、あいまいなものをあいまいなまま受け止めることを当たり前のようにしていて、時にはそれを具体的なはっきりとしたものよりも深層で受け止めることが得意、あるいは慣れているのだと思います。

日常の例としては、

・二度あることは三度ある
・三度目の正直

どんなケースでも、どちらかに当てはまることを上手に使い分けています。

昔の映画で、黒澤明監督と並び、日本を代表する映画監督である、小津安二郎さんの作品に出てくる(ような)、
「お父さん、ごはんの準備ができましたよ」
「うん、今日も夕焼けがきれいだねぇ」
などという、会話になっていない会話に、味わいを感じたりもします。

比較的最近流行った歌の詞もあげたいと思います。

【米津玄師 Lemon】

胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
切り分けた果実の片方のように
今でもあなたは わたしの光

抽象的であるがゆえに、具体的な情景が浮かぶ歌詞よりも、深く私たちの胸の奥に響く詞になっています。

小難しいことを言い出せば、これは仏教思想や西田哲学に通じるところがありますね、などと話を進めることもできるのでしょうけれども、私にはそこまでも知見がありませんので、止めておきます。
ここでは、
寛容がないところでは、物事を極端に走らせてしまうことになりがちであり、この寛容さを支えているのがネガティブ・ケイパビリティであることだけを押さえて、CHROに求められる要件に話を進めたいと思います。

3. 今日のCHROにとって最も重要なコンピテンシー

大手人事コンサルティング会社の、コーン・フェリー・ジャパンが2016年に実施したCHROを対象としたグローバル調査によると、次の図表のとおりの結果が発表されました。

CHROのコンピテンシー

この結果で特筆すべきなのは、最も重要なCHROに求められるコンピテンシーとして「曖昧さの許容(不確実性と変化のある状況で働く能力)」が突出していることです。

推測になりますが、これはCHROだけに求められるコンピテンシーではなく、この不確実で、変化のスピードが速い現在の状況を考えると、CEOやCOOなどの経営陣すべてに求められるものだと考えます。
その中でも、特に人という感情を持つ、最も重要なリソースを任されているCHROにはこの能力が強く求められているというのも、もっともです。

4. まとめ

長く人事分野で仕事をしていますが、正直なところを言うと、すべての人を満足させる人事施策はないですし、さらに言うなら「フェアな」あるいは「客観的な」対応というのも、ほぼできません。

人事部門のトップであるCHROだけでに限らず、曖昧な世界で何らかの意思決定をしていく時に必要なのは、「曖昧さの許容」はもちろんのこと、それを超えて、正解か不正解かではなく「納得感」の得られる判断と行動が求められます。
であるならば、本当に私たちが求められるのは、答えのない、どうにも対処のしようがない事態に耐える能力である「ネガティブ・ケイパビリティ」に留まるのではなく、先が見えない世界であっても、多くの人に「必ずしも満足ではないけれど、納得はする」という意思決定をして表明していくことなのでしょう。

その時に必要なのは、おそらく、いかに腹落ちさせる表現ができるかという「言語化」力です。

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