見出し画像

【ショートショート】隣の美代ちゃん

「へぇ、部屋、結構片付いてんじゃん」

美代ちゃんはそう言って私のベッドに腰をおろした。

「まぁね。還暦男の独り暮らし、家具も最低限だよ」

「ちょっと!今、私のスカートの中覗いたでしょ!ヘンタイ!」

「す、するわけないだろ!……一応、娘なのに」

「男子ってほんとサイテー」

定年を迎え、暇も多少の金もできた。そんな時、新聞広告で『隣の美代ちゃん』のことを知った。ツンデレ幼馴染系アンドロイド……それが彼女の触れ込みだった。

私が離婚したのはもう十五年前、一人娘が十七の頃だった。それ以来妻にも娘にも会っていない。今となっては連絡先もわからない。失われた家族との時間……それが、年齢とともに身に沁みるようになった。

いくらアンドロイドとはいえ、還暦の男が十代後半の女と暮らしていたら奇異な目で見られはしないだろうか?そんな不安は感じつつも、私は結局『隣の美代ちゃん』を購入した。心なしか、娘にその姿が似ているようにも思えたからだ。ただ、そもそも美代ちゃんはツンデレ幼馴染系アンドロイド。発売元にもかけあったが、その思考プログラムはどうしても変更することができなかった。

「お腹すいたー」

やれやれ、昼時とはいえいきなり飯かよ……。まぁ確かに、さっき梱包をといて起動させたばかりだもんな。エネルギーが十分ではないのかもしれない。

「ねぇ、冷蔵庫に食材ある?」

「え?」

「なんか作ろっかなーと思って……べ、別にアンタのために作るんじゃないんだからね!」

「いや、まだ何も言ってないだろ」

「ま、まぁ、どうしても食べたいっていうならあげてもいいけど……」

……ステレオタイプにツンデレだ。

「気持ちは嬉しいけどさ、冷蔵庫にはあいにく何にもないんだ。そうだ、出前でもとるか」

「あ、じゃあピザがいい!」

ピザ屋のチラシを目を輝かせて眺める美代ちゃん。まったく、どんなアンドロイドなんだか……。

あの頃、私の安月給では家族に裕福な生活などさせてやれなかった。でも、たまにこうしてピザをとったり外食したり、そういうほんのささやかな贅沢を娘は本当に喜んでくれた。美代ちゃんの姿を見ながら、ふとそんなことを思い出していた。

電話で注文して少しすると、インターホンが鳴った。

「ウルトラピザですー」

おもむろに玄関のドアを開けると、女性配達員がピザを差し出した。

「えーと、こちらご注文のデラック……えっ……パパ?」

「加代……子……?おい、加代子なのか?」

……嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?

「ちょっとちょっとー、なに他の女の人と話し込んでんのー……私という人がありながら」

「……パパ、サイテー」

「いやっ、違うんだ、加代子!こ、これはアンドロイドで!」

「キヨシくん、この人とどういう関係?」

「キヨシ……くん?」

「違う違う違う!デフォルトで下の名前にくん付けで呼ぶように設定されてて!」

「言い訳はやめて!どう見ても十代でしょ、この子!……犯罪よ!パパのやってることは犯罪!」

「落ち着け加代子!だからアンドロイドなんだよ!証拠にほら、首筋にスイッチが……」

「キャー!急に触らないで!……ほら、そういうのは、ムードってもんがあるでしょ」

「……呼ぶから、警察」

「加代子ぉー!」

「もうっ、キヨシくんのバカッ!バカバカバカバカバカ……!」

美代ちゃんに胸を叩かれながら、私はスマホ片手の加代子に必死に経緯を説明した。

「……事情はわかったわよ。そんなに会いたかったんなら、どうとでも居場所なんて調べられたじゃない。それに、連絡絶って行方くらませたのはパパのほうだってママから聞いてるよ」

「事情があったとはいえ、一度家族を捨てた男が、のこのこ父親ヅラして出ていけるか……。ましてや十五年も経てばなおさらだ。……昭和男の精一杯のつよがりだよ」

「あのね、私も若い頃はそりゃいろいろ思うこともあったよ。でも、自分も親になってみてわかったんだ……パパとママがどれだけ愛情を注いで私を育ててくれてたのかって」

「加代子……。え?ええっ!親?」

「うん、五年前に結婚して子供が二人いるよ」

「そうか、そうかぁ……子供か……オレの孫か……」

「……ねぇ、パパがよければ、今度子供達連れて来てあげよっか?」

「え!いいのか?……そりゃもちろん、大歓迎だ!」

「勘違いしないでよね、最近子供達におじいちゃんのこといろいろ聞かれて面倒くさかっただけだから。それに……私もパパと久しぶりにいろいろ話したいし」

加代子……。本物の娘も、ツンデレだ……。こみ上げる涙を必死にこらえながら、私は加代子を見送った。

「……超ショックなんだけど」

美代ちゃんの声。

「キヨシくんに娘?孫?……どういうことなの!幼馴染の私がキヨシくんのこと一番知ってると思ってたのに、いつの間に隠し子……さらに隠し孫まで!」

「いや、その……」

「もういい!こうなりゃヤケ食いよ!……なによ、キヨシくんなんてもう知らないから!」

ピザを両手に持ち、次々と口に運んでいく美代ちゃん。やれやれ、幼馴染ってのは厄介だなぁ……アイツも含めて。

「キヨシくん、コーラとって!」

「はいはい」

キヨシくん、か……。

小さい頃からいつも振り回されて、でもなんとなく憎めなくて、なんだかんだずっと一緒にいて、それで結局、ツキ合って結婚して……でも、いつの間にかなんとなくうまくいかなくなって……それで……オレ達は……。

さっき教えてもらったばかりの娘のメールアドレスに、メッセージを送る。

“もしよかったらだけど……今度来る時、ママも一緒にどうかな?”

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?