僕らの嫌いな話1

六月 雨う・ら・ら 

 うちの高校は最寄り駅が三駅ある。俺の使う駅は学校まで徒歩15分という不便さからか、同志は数えるほどしかいない。朝には顔を合わせることも多く、お互いに顔見知りになるのは必然だった。その中に、学校中の有名人、超絶イケメンな金髪の先輩がいる。うちの高校には金髪なんて彼ぐらいしかいない上、その顔の良さから彼は金のプリンスと称されている。とはいえ、金髪にするくらいだからチャラい印象はあるし、ヤンキーだという噂もあった。実際、度々顔に傷がついているのも目撃した。彼とは特に、通学時間がかぶっているのか顔を合わせる機会が多かった。というか、正確には毎朝同じ電車に乗っていた。
 その日は梅雨入りの発表はまだされていない六月のはじめだった。朝は晴れていたのに、昼から雲行きが怪しくなり、放課後には見事に本降りになっていた。しばらく図書室で様子を伺っていた俺は止む気配がないのを悟って雨の中歩き出した。俺は雨の日に走るのが好きではない。どうせ濡れることには変わりないし、体に打ち付ける雨の勢いが強まる気がするからだ。だが、それが先輩には不思議だったらしい。後に聞いた話だけど。
 その日、悠長に歩く俺は雨の音もあって後ろから近づく先輩に気づかなかった。だから俺は、ねえ、と肩に置かれた手に飛び上がった。先輩は俺の顔をじっとみつめて、感情の読めない声で言った。
「濡れるの好きなの?」
「いや……嫌いではない、ですけど」
「じゃあ入る?」
「は?」
 先輩の傘はシンプルな黒で、大きかった。それこそ、男子高校生一人用にしては大きいくらいに。先輩は首を少しかしげて当然のように言った。
「だって向かう先一緒じゃんね俺ら」
 毎日顔を合わせているといっても、認識されていたことは少し意外で、嬉しかった。だから俺は俺にしては珍しく好意を受け取ったのだ。
「……いい、んすか」
「いーよ」
 そう返した先輩の口端はゆるりと少しのカーブを描いていた。

こうして俺は、雨の降りしきる放課後の通学路、ヤンキー(?)先輩に拾われた。

先輩の金髪を俺は気に入っていた。俺はそれまで先輩のことをヤンキー先輩とこっそり呼んでいた。
金のプリンスというほど、遠い人間には見えなかったから。
会話の糸口が掴めなくて、ぽろっとこぼれたのは、だから先輩の髪のことだった。
「先輩のそれは、ヤンキーさんっすか」
「俺の金髪のこと?」
「はい」
「いーえ、ヤンキーのつもりではありません。怖く見えてた?」
「いえ……ただ、ヤンキーだと噂で聞いたことがあったんで」
 先輩は意外と話しやすかった。どこかお茶目なところがあって、俺の変な敬語に合わせて喋るのを結構気に入ったらしかった。
「そう。俺のこれはおしゃれです」
「絡まれたりしないんすか?」
「ん?」
「何いきってんだイケメン野郎みたいな」
「最近はないかな。確かに前はあったけどね。町じゃ金髪なんて珍しくないし、そういうのは歩く場所と時間帯によるんじゃない」
「はあ……」

 先輩が俺の顔を覗き込んだ。近づいた髪からいい匂いがした。
「後輩のそれはヤンキーさんじゃないんすか」
「え?」
「口調の話。あれ、今のは可愛い返答だったね」
可愛いと言いつつ、先輩は真顔だった。
「ああ……態度丁寧じゃないのはわかってるんですけど、つい敬語まで行くのはなんか違う気がして中途半端な口調になっちゃうんすよ」
「それは敬うべきじゃないと思われてるってこと?」
この人は表情が変わりにくい。けれど、どこかとっつきやすい雰囲気がある。面白がっているような空気を感じる。
「いや……なんか、先輩話しやすくてつい」
「ふーん……君意外と適当だよね」
「はあ、そうっすね。……やっぱり、丁寧な方がいい、ですか」
「なにさ、不安そうな顔すんなって。……まあ、将来とか、そこまでいかなくてもバイトとかするんなら気を付けた方がいいかもね。」
「……気を付けます。……先輩は、その、」
「俺に対してはいいよ。生意気な後輩って感じがして可愛いから」
「……そうっすか」

俺は存外甘やかされている。


猫を拾った。
可愛い黒猫だ。まだ小さめ。不思議ちゃん。意外と生意気な口をしているが、伺いみる上目遣いが可愛かったし、そんなに目くじらを立てることでもないから気にしない。気まぐれにしては良い拾い物だった。長く楽しめそうだ、なんて思うのは珍しいことかもしれない。


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