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井の頭動物園に行ってきた

 先週ぐらいに突然よっしゃ水族館に行こうと思い立ち、井の頭動物園に行ってきた。井の頭動物園は都営の施設なので、たった400円ぽっちで動物園と水生物園の両方に入れるという破格の安さとなっている。常に手持ちのお金が1000円あるかないかの実家住みボンビーガールには嬉しい限りである。
 よし行くぞと決めた瞬間からテンションが爆上がりし、前日には旅のしおりまで作った。電車賃と駐輪代はいくらで、昼食代は600円以内に収めて……と自らの衝動的浪費癖にストッパーをかけることも忘れない。入園料も含めて、今回は1500円が妥当だと判断する。なんてリーズナブルなんだ。これはきっと素晴らしい旅になる。私はそう確信していた。
 そして迎えた当日、まずは事前にリサーチしておいた阿佐ヶ谷のパン屋でエビカツパンとチキン系のサンドイッチを買う。……と思ったが、なぜかパン屋にはカツパン系が一切売っていなかった。
 おやおや、話が違うじゃないか。パン屋のホームページに載っていた、あの上下のパンより分厚いエビカツはいずこ。
 しかし店内をよく見渡すと、「メンチカツパン」や「インドカレー&ナン」などと魅力的なワードが書かれているポップが棚の隅に雑に積み上げられていることに気付く。彼らは役目を全うすることすらできずにむざむざと打ち捨てられ、青ざめた顔でぐったりと横たわっている。この様子だと、目当てのパンは売るどころか作ってもいなさそうだ。
 私は意気揚々と両手に掲げたはずのトングとトレーをがっくりと下げたが、これら二種の神器を手に取ってしまった以上、手ぶらでパン屋を出ることはできまい。
 私は未練がましくポップ達の墓場からエビカツパンの面影を探しながら、たいしてそそられもしないウィンナーロ―ルを一つ手に取ってレジへと向かった。しかも結構高い。惰性で買った食べ物が高いとショックだ。
 私は心に地味なダメージを負いながら、キコキコと自転車を漕いで駅に向かった。その道中、ワンモアチャンスとばかりに別のパン屋に入る。頼む、今こそ我に美味しいパンを与えたまえ。
 しかし次のパン屋もサンドイッチ・カツパン系の総菜パンのラインナップは惨憺たる有様だった。ここのパン屋はメロンパンやチョコデニッシュなどの甘いパンの種類が豊富で美味しそうだったが、悲しいことに今ほしいのは総菜パンなのだ。
 しかも私の脳みその容量はわずか8bit程度しかないため、またしても二種の神器ことトングとトレーを脊髄反射的に手に取ってしまい、手ぶらでは帰れなくなった。どうしてさっきから十分と経たずに同じ過ちを繰り返すんだ。
 私は泣く泣くたいしてそそられもしないテリヤキサンドを手に取り、会計を済ませ、半ば放心状態でキコキコと自転車を漕いで駅へと向かった。
 そして駅に着き、ちょっとした出来心で駅ビルの中の大手チェーン店のパン屋に入ってみる。もう新たにパンを買うお金は残っていないが、ここのパン屋の総菜パンのラインナップだけでも覗いてやろうという好奇心が働いたのだ。
 店に入った瞬間、視界に飛び込んできたのは総菜パンの豊富な品揃え。なかでも目を引いたのは、冷蔵スペースにあるアボカドチキンサンドだった。鮮やかな緑色の野菜と細かく切られたアボカド、何やらお洒落なソースにまみれたチキンがこれでもかというほどたっぷり挟まっている。
もし叶うのであれば、今持っているふたつのパンを投げ打ってでも胃に収めたいところであった。見なけりゃよかったな……と半ば後悔の念に苛まれつつ、今度こそ手ぶらで店を出た。やっぱ何を買うにも大手チェーン店が品揃えも味も一番なのかな……と嫌な結論を胸に抱えて。
 しかし幸先の悪さを感じたのはそれまでで、その後は特に問題もなく電車に乗り、吉祥寺のお洒落なレストランや飲み屋に心を躍らせつつ動物園に向かった。マリオンクレープのツナマヨクレープ。ドイツ料理のお店。スタバ。帰り道はどこに寄ろうかと考えるだけで心が浮き立つ。
 まずは園内を軽く散策しつつ、水生物園の方から回っていく。水生物園は、かつて生き物がたくさん住んでいた頃の井の頭池を模した水槽と、現在の開発が進んで生き物が少なくなり、外来種の増えた井の頭池を再現した水槽に分けて比較する、というようなコンセプトで設計されており、魚の種類は淡水魚一辺倒で地味ながらも面白い展示となっていた。虹色に光るクラゲの水槽や、サンゴ礁を泳ぐカラフルな海水魚たちを目当てにして行った方々は若干つまらないと感じるかもしれないが、こうして近場の環境について知ることができる展示はそれはそれで楽しい。
 水槽付近の解説パネルを読みながらゆっくりと回る。目当てのオオサンショウウオは安定のデカさ。体中ゴツゴツしていて焦げ茶色だから岩っぽい。さっき別の水槽で展示されていたサンショウウオは目がクリッとしていて可愛らしい顔付きだったのに、名前に「大」とつく方はだいぶ厳つい面構えをしている。さすが親分たる器といったところだろうか。
 次に水生物園の目当てその二であるカミツキガメの水槽まで行く。このカミツキガメ、なんか毎回見るごとに少しずつデカくなっている気がして、いつも目を凝らしてじっと見つめてしまう。カミツキガメは後ろ足のみで雄々しく立ち、まるで怪獣のように迫力のある出で立ちだった。心なしかちょっと笑っているように見える。このカミツキガメは、以前井の頭池で捕獲された個体だったと聞いた気がするが、本当だろうか。

後ろ足のみで立つカミツキガメ

  水生物園おわり。少し歩いた先にある、敷地内の日当たりの悪いベンチで昼食を摂る。惰性で買ったパンはやはりイマイチだった。
 そこからさらに歩き、動物園エリアに向かう。休日だからか家族連れが多い。道すがら右手に折り畳んだベビーカーを持ち、左手で子どもと手を繋ぎながら、もう一人の子どもに注意を払いつつ歩道橋の階段を登っているお父さんとすれ違い、頑張ってくださいと心の中でエールを送る。
 井の頭動物園と言えばモルモットとのふれあい体験が目玉展示(?)であるが、今はどうやらやっていないらしく、モルモットたちは専用の部屋の中で寄り集まり、シャカシャカと動き回りながら待機していた。
 なかでも私は十月に生まれたばかりだという赤ちゃんモルモットたちに目を引かれた。赤ちゃんモルモットたちは巣箱のすみっこで身を寄せ合うようにしてくっつきながら眠っていた。人間も小動物も、赤ちゃんの寝顔ってどうしてこんなに可愛いんだろう。赤ちゃんモルモットを起こさないように心持ち息をひそめながらスマホで写真を撮り、次に向かう。

あつまって寝る赤ちゃんモルモット

 動物たちは軒並み寝ていて、鳥たちは自らの羽毛にくちばしを突っ込んで目を閉じているし、ヤマネコたちも丸くなってこちらに背を向けている。井の頭動物園はなぜかヤマネコの種類が多く、ツシマヤマネコの他に三種類ほどのヤマネコたちがいた。残念ながらツシマヤマネコの姿を見ることはできなかったが、檻の前にヤマネコモチーフの可愛らしい石の置物を発見したため、何枚か写真を撮った。

味のあるヤマネコの置物

 その昔、花子という名前のインド象がいた巨大なスペースには現在数匹の鹿が入居していた。鹿たちには象の広大な檻はいささか持て余しているようにも見えたが、動物にとって檻が広すぎて困るということもなかろう。そう思い直して素通りした。鹿にはさほど興味がないのである。
 さらに先に進み、タヌキやキツネのいる檻の前を通るが、檻の奥にある洞穴のような巣に潜んでいるのか、一匹も姿を見せなかった。昔からこの動物園でタヌキとキツネを見られたためしがない。
 その後はこぢんまりとしたサル山でキャベツを食べるサルを見、檻の真ん中でポージングを決めているミーアキャットの写真を撮り、ケースの中の巣材と完全に同化しているアオダイショウを隣にいる知らない子どもと一緒になって真剣に探し、資料館などを軽く覗きつつ帰路についた。
 帰り道はてきとうに広大な井の頭池に沿ってぶらぶらと歩きながら、隠れ家的イタリアンのお店のホットワイン450円に気持ちを高ぶらせ、角食パンなどのシンプルなパンが売りのスタイリッシュなパン屋を見て「ここで昼食を買っておけば……」と臍を嚙むなどした。今度来るときにはこうして現地を散策しながら昼食を探そう。一人旅をする上でひとつ学びを得た。
 そして、地図を見ないままなんとなくフィーリングで歩いていたためか、吉祥寺駅に向かっているはずが、真逆の井の頭公園駅に向かっていたことに気が付く。はてどうしたものかと首をかしげていたところ、恋人に今から渋谷で会わないかと連絡があったため、喜び勇んで尻尾を振りながら井の頭公園駅から電車に飛び乗って一本で向かった。その後はふたりで呪術廻戦一色の渋谷の街を練り歩き、サイゼリヤに入っておやつを食べた。シナモンプチフォッカとジェラートのセット。至福のひととき。
 山手線の外回りが運休だったため、帰るのにはなかなかの苦労を要したが、何はともあれ私のプチ一人旅第一弾はこうして無事幕を閉じたのである。叶うなら、次はもっと美味しい昼食にありつけることを願うばかりだ。

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