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夢見るチカラ

夢をみる。死んでしまった恋人の夢。もうあれからしばらく経つというのに、目覚めた時、私はいつも泣いている。
夢の中で彼は困った顔をする。いい加減俺のことなんか忘れろよ、と言わんばかり。そんな事できたらとっくにしている。できないからとても困っている。
夢の中でも私は、彼がもういないことを知っている。だからいつも目覚めないように必死で、だけどそうは上手くいかないから泣けてくる。

ところがある日、気がついた。「夢見るチカラ」を鍛えさえすればいいことに。自在に夢をみることができれば、いつでも彼に会える。そして彼は、生きていた時以上に、きっと私が思うように、愛をくれる。
こんな素敵なことってあるんだろうか。もしかしたら、彼が生きていた時よりずっと、彼と一緒にいられるんじゃなかろうか。我ながら、とてもいいことを思いついた、と嬉しくなった。

それから私は、努力を重ね「夢見るチカラ」を手に入れた。今では横になり、目をそっと閉じさえすれば彼に会える。夢の中の彼は、とても優しい。いつもニコニコしているし、何でも言うことを聞いてくれるし、甘い言葉だってお手のもの。だから私はうっとりと目を瞑る。

ところがしばらくすると、何か違う、そう感じ始めた。夢の中の彼は、いつも穏やかなのだ。ひいきのサッカーチームが負けても不機嫌になんかならないし、私がSNSに夢中になっていても、俺といるのにスマホなんだね、と拗ねたりしない。ああ、彼はこういう時いつも不機嫌になるのに拗ねるのに、と夢の中の彼の違和感に気がつくようになって、そしてそんな彼が無性に懐かしくなって、はっと目が覚めるようになった。
「夢見るチカラ」の限界だ。私が会いたい彼は、私の理想に足らない彼なのだ。

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「おい、もう着くよ」
肩を叩かれ、目をあけると彼がいた。
目の前の彼は、たった2駅の間で眠りこけた私に、少々呆れ顔。

「夢みてた」
「どんな夢?」
「君が死んでしまって、だけど夢で会えて、だけど、それはもともとたまにしかできなくて、だけど練習したらずいぶんと上手になって」
「何言っているかさっぱり分からない。降りるよ」

これは夢見るチカラのおかげなのか、違うのか。

昨日ひいきのサッカーチームが負けたことを引きずっているのか、彼は少し機嫌が悪い。

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