【いのちのリレー】何があっても乗り越えられる夫婦
お腹の中にいる赤ちゃんの病気が分かった時「どうして私の赤ちゃんが」と思いました。
その事実を宣告されて、赤ちゃんを心配しないお母さんはいないし、「何故自分の子が」と考える人もいると思います。
私は入院中も退院後も、薬の副作用があって深夜の覚醒が続きました。
睡眠は十分に取れず、ひどい時は自力で1〜2時間しか寝れない日が続き、でも何故かそこまで身体はきつくないという無双モードに。
そんな深夜は余計にいろんな事を考えてしまうのです。
娘の病気について気になって調べて。不安になった事もあるけど、それは現実を受け入れる大事な一歩でもありました。
本音を言うと、元気な赤ちゃんの写真を見るのが辛かった事もあります。
だからSNSも自分が得たい情報だけに絞ったりもしたし、友人や芸能人の妊娠・出産報告にも今まで以上に敏感になって、羨ましく感じる事もありました。
毎日3回赤ちゃんの心音を看護師さんにチェックしてもらい、その度に今日も元気でいてくれる事にホッとして。
2〜3日に一度の先生による診察で、赤ちゃんの心臓を拡大したエコー画面を見つめながら、その目で心臓の動きを確認して。
祈るしか出来ない日々は、毎日胸が締め付けられるような思いでいっぱいでした。
妊娠を知った人から頂く「妊娠おめでとう」の言葉はありがたい祝福のメッセージなんだけど、無事産まれてこれるかどうか分からない状況になってからは、素直に喜べない自分がいました。
無事産まれてきてくれて、ペースメーカーの手術が終わるまでは安心出来ないからです。
人と比べても仕方ないしどうしようもないのは、苦しいぐらい自分でも分かっていたんですが。
安定期に入ったら報告しようと思っていた人への連絡も躊躇するようになって、実際に直接やり取りした人にしか伝えていません。
本当だったら、大切な人にも報告したかったけど、何かあった時の事を考えると、安心できるまでは自分から伝える勇気が出ませんでした。
産まれてくる赤ちゃんをみんなで喜んで迎えたい、でも他の人と同じように出来ない事があって、それに対するもどかしさや不安は沢山ありました。
妊娠=無事に産まれてくるっていう保証もなくて。一つの命が誕生するって本当に大きなことなんだなって改めて痛感しました。
出産は自分が思ってた以上に奇跡の連続である事を思い知らされたような気分です。
そんな時、大切な人の言葉に救われたんです。
「赤ちゃんは、2人を選んでお腹にきてくれたんやろうねぇ」
「何があっても乗り越えられる夫婦だから、大丈夫」
そっか。赤ちゃんが"私たち夫婦だったら幸せになれるから"って、選んで来てくれたとしたら嬉しいなあって。
入院中に読んでた胎内記憶の本にも、赤ちゃんは親を選んで生まれてくるって、そんな事が書いてありました。
そう考えると他の子に比べて半分以下の心拍数で一生懸命、心臓を動かして生きようとしているお腹の中の赤ちゃんがますます愛おしく感じます。
赤ちゃんの病気が判明して私が緊急入院する事になってから、家族や身内は自分の事以上に心配して、支えてくれました。
「父や弟が私の父、弟で良かった」って心の底から何回も思うぐらい。
私はとっくに自立した気でいたけど、いつまでも父にとっての子どもである事は変わらないと気付かされたし、私が赤ちゃんを心配するように、父は私の身体を気遣ってくれました。
弟は優しすぎて断れない性格は昔から変わらず、頼もしすぎるぐらいに急遽決まった引越しも率先して助けてくれました。
2人の祖母にも心配をかけてしまったけど、色々あって少しの期間だけ、一緒に暮らす事が出来ました。
それもこの出来事があったからで、もし何もなかったらこの先一緒に生活を共にする事も無かったかもしれません。
夫は一人で荷詰めを済ませて、私不在で引越しを終わらせてくれました。
入院中は落ち込みがちな私を励まそうと、届けてくれる荷物にサプライズを仕込んでくれたりしました。
前の記事にも書いたけど「この人と結婚してよかった」と心から思ったし、この出来事を通して私たち夫婦の絆は確実に深まっています。
そうやっていろんな人の優しさに触れる事が出来たのはすべて、娘のおかげ。
産まれる前から、私と、私の大切な人たちの繋がりに気付かせてくれたこの子に感謝しているし、そんな大切なことを命をかけて教えにきてくれたからには「絶対に守りたい」そんな気持ちが芽生えました。
自分の命より大切に感じて「守りたい」と思う存在が出来るということは、こんなにも私を動かす原動力になるんだなぁと、身をもって感じています。
そんな大切な存在である我が子に早く会いたいなぁと楽しみにしながら、でも今はまだまだゆっくりお腹の中で大きくなってね、そう願う毎日でした。
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