春のタイムトラベラー
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Perch.のお手紙 #139
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「戻ってきましたね。」今日もつい言ってしまう。
ふとした世間話の中で、仕事先で、友達との会話の中で。
ほんのこの間まで、取ろうと思ったらいつだって乗りたい便が取れた飛行機。随分と便数が増えているのに、随分先まで乗りたい時間帯の便は予約が難しい。
隅々まで人がまばらだった東京駅は、そこかしこで駅弁が売り切れている。
あの頃あんなに安かったホテルは、もはや一生泊まれそうにない値段にまでなっている。
4年ぶりのワールドツアーで来日した好きなバンドを見に出かけたライブ会場では、この何年か見たことがないくらいの人、人、人。人いきれ。
それまでずっとあった光景なはずなのに、慣れ親しんでいたものなはずなのに。
いちいち少し驚いてしまう。そしてそんな自分に驚いてしまう。
明日からの雨を避けて、満開の桜を見に近所の大きな公園を通り抜けて駅までの道を遠回りした。
公園までの道、楽しそうな人たち。ビールとフランクフルト。池にいっぱいのスワンのボート。
あの静かで、立ち入り禁止のロープが張り巡らされた、誰に見せることもなく咲き誇っていた満開の桜の世界はまだどこかにあって、私だけがタイムトリップしてしまったのかもしれない。過去に、未来に。
小さな頃から時間の不可逆性について考えるのが好きだった。
時間が前にしか進まないこと、後ろに進むことはなく、決して元には戻らないこと。
多くの人にとっては当然で、疑問の余地がない様なことなのかもしれないけれど。
やり直すことができないということの残酷さ、取り返しのつかないへの恐怖、この瞬間がもう二度とないことへの悔しさ。なんで時間は前にしか進まないんだろう。何度も不思議に考えた。
それを受け入れるまでには結構時間がかかった気がする。というか、今もいやいや受け入れている。
そう、今はもう戻ってこないのだ。
時間は先にしか動いていかない。
2023年の春は、なんだかタイムトリップ感に溢れている。