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#82 脱出-1 不幸は立て続けにやってくる

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

とにかく無事にキトを脱出してコロンビアに抜けたい。

それだけを願いながら、早朝、宿をチェックアウトして、長距離バスターミナルに行くための市内循環バスに乗り込んだ。平日朝の循環バスはとても混んでいて、出入り口付近にようやく居場所を確保したわたしは、バスが停まる度に、重いソフト・キャリーと共にはじき出されてはまた必死に乗り込むことを繰り返した。

この循環バスもスリが多いことでは有名なので、貴重品を入れたショルダーバッグを前に向け、その上からリュックを前側に抱えて身構えていた。このリュックはオタバロでカメラとPCを失って以来、悲しいほどスカスカになっていた。途中からセキュリティと表記されたベストを着た体格の良い女性が乗ってきたので、できる限り彼女の近くに移動して張りついて立っているくらいの警戒心。終点で降りて次のバスに乗り換え、ようやく一息ついた。

空いていた席に座ってショルダーバックを開けた瞬間、違和感。
「あれ? なんでバッグの中が明るいんだ…?」
外側からショルダーバッグの中に光が差し込んでいた。
あんなにも大事に抱えていたショルダーバッグ、その側面が、鋭利な刃物でザックリと切り裂かれていた。

「あぁ、キトを出る前にまたやられてしまったか…」絶望の波が一気に押し寄せてきて、わたしを圧し潰そうとした。けれど、ここで放心している訳にはいかない。「落ち着け! 落ち着け!」と何度も心の中で唱えながら、今回は何を盗られたのかの確認に入った。
幸いにもそのショルダーバッグにはいくつもポケットがついていて、パスポートやお財布は奥の方のポケットに入れていたので、切り裂かれた部分には化粧ポーチ(この頃にはほとんど化粧をすることも無かった…)と、手帳くらいしか入れていなかった。そしてそれらも全てバッグの中に残っていた。
犯人は、わたしのバッグを切り裂いたはいいけれど、盗るチャンスを逃したのか、あるいは盗る価値無しと判断したのか。盗ろうと思えば盗れた所に手帳が残っていたことがわかると、今度は場違いなくらいの喜びが涌き上がってきた。

これまで南米で盗難に遭った旅人には何人も出会ったけれど、貴重品と同じくらい、いや心情的にはそれ以上に悔しがっていたのは、ずっと綴ってきた日記帳を失った時だった。わたし自身、日本で日記を書いていたことは無いけれど、この旅に出てから毎日欠かさずその日の出来事や思ったことを、なぐり書きなりに綴っていた。
それこそカメラのメモリーカード以上に、その日記には、わたしにとってしか価値の無い掛け替えのないものがギッシリとつまっていた。

被害の無いことが確認できると、少し平静を取り戻した。
市内バスの治安が悪いことは知っていたし覚悟していたこと。それでもバスを選んだのは、タクシー代が10ドル近いのに対して、25セントという安さからだった。オタバロの被害の後でさえ自慢にもならないバックパッカー精神を優先し、安全をお金で買うタクシーよりも安いバスを選んだのは自分なんだから、今回のことも甘んじて受け入れねば、そう自分に言い聞かせた。そこからは、もう本当にこれ以上は不運に見舞われることの無いよう願いながら、エクアドルとコロンビアの国境の町トゥルカンに向かうバスに乗り込んだ。

12時発の予定のこのバスは30分ほど遅れて出発したけれど、予定ではトゥルカンまで5時間のはずだったので、まだ多少は陽の明かりのあるうちに着くはずと踏んでいた。ところが今回もバスは遅れに遅れ、一向に着く気配がない。
窓側に座ったわたしの隣の席(通路側)にはトゥルカンに着くまでずっと同じ若い女性が座っていた。その女性は身なりもよくブランド物のようなハンドバッグを持っていたのだけれど、常時、そのバッグの口を開けっ放しでお財布やスマホが丸見えのまま、膝の上にのせて眠りこけていた。わたしは乗り降りする人が通路を通る度に、誰かが彼女のバッグに手を突っ込んで貴重品を盗みはしないかと気が気じゃなく、通る人を睨みつけていた。
まったく、他人のことを心配してる場合じゃないよな…と思いつつ、挙げ句の果てには「この子はもしや眠っている振りをして、実はわたしを油断させて、わたしが眠ったスキに何かを盗ろうとしてるんじゃないだろうか」などと疑心暗鬼力MAXの一人相撲で、青くなったり身を固くしたりしていた。

この時しきりに思い出したのは、ペルーに居た頃、南米にヌルさを感じて刺激を求める思いを抱いていたこと。
そんなことを思っていたからバチが当たったんだろうか。あるいは神様が期待をはるかに超える刺激を与えてくれたんだろうか…」という後悔ともつかない思いを巡らす。結局トゥルカンに着いたのは午後8時半過ぎ。陽のある内に宿を探すつもりだったのに、外はすっかり暗くなっていた。

左脇をザックリと切り裂かれてしまった哀れなショルダーバッグ

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