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#80 オタバロの悲劇-1

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

エクアドルの最後は、有名なオタバロの土曜市を見に行こうと決めていた。
もうすっかり乗り慣れて勝手の知れた南米の長距離バス。しかも今回は2時間程度の道のりだから、楽ちん。そんな余裕たっぷりのスキをついて、悲劇はあまりにも突然にやってきた。

バス停でチケットを買った時、ちょうどオタバロ行きが数分後に出るところだと言われ、指し示されたバスに駆け込んだ。ほぼ満席。とりあえず目についた一番前の席に座って一息つこうとすると、すぐに一人の黒人の乗務員らしい男が近づいて来て、わたしにチケットを見せろと言う。差し出すと「ここではなく、向こうの席だ」と言って、わたしの荷物を持って連れて行ってくれた。わたしの席を占領していた隣の席の男に荷物をよけるよう指示し、わたしのリュックを荷棚に上げてくれた。ショルダーバッグも上げると言われたけれど、それにはお財布とパスポートが入っているので、断って抱えたまま席につく。上着を脱いで、ようやく一息。
2時間ほどの道のりなので、次に行く予定のコロンビアのガイドブックを読んで過ごすことにした。途中で別の白人の男がチケットを見せるようにとやって来たけれど「もう見せた」と答えて読書を続けた。

ほぼ予定通りオタバロに到着。ガイドブックをしまい、立ち上がって荷棚のリュックに手を伸ばした。
あれ?
軽い、ぺしゃんこだ…
なんで…?

血の気が引いて、文字通りその場に固まった。
そこへ容赦なく、わたしの後ろの席に座っていた男性が自分の横の席を指して衝撃の一言。
「ここに座っていた男が、中身を出して持って行った」
「えええ!!???」

まるで空っぽになったかのように軽く薄っぺらになったリュックを急いで開けると、カメラとパソコン、そして他の電化製品をまとめて入れていた巾着袋がキレイに無くなっていた。残っていたのはいつもリュックに入れていた薄手のジャケットと折り畳み傘だけ。
ショックと混乱のあまり驚愕の叫び以外の言葉が出ないわたしの所へ別の女性もやって来た。そして同様の証言。わたしより後部に座っていた乗客のうちの数人が、事の一部始終を見ていたらしい。けれども誰一人、その男の現行犯を制してくれた人はいなかった。

その場にいた目撃者の誰もほとんど英語を話せずスペイン語でまくし立てられたので、最後まで詳細を正確に理解することはできなかったけれど、必死で聞きとった単語と彼らの身振り手振りから推測すると、最初にわたしを席まで案内してくれた黒人の男が犯人らしかった。その男がバスの通路を何度も行き来していたのは何となく目に入っていたけれど、完全に乗務員だと思い込ん
でいたわたしはこれっぽっちも疑っていなかった。男は、わたしがガイドブックに集中している間にリュックを荷棚から下ろし、電化製品一式のみを抜き取った後、ご丁寧にダイヤルロックを閉めてリュックを荷棚へ戻し、オタバロよりも手前のどこかで降りて行ったのだ。

「見ていたのに、どうして誰も教えてくれなかったの?!」と叫ぶわたしに、皆が口々にスペイン語で答える内容はやっぱりほとんど理解できなかったけれど、一人の女性が何度も「ピストル!ピストル!」と言っていたのだけは、今でも忘れられない。
事の経緯を知った本物のバス乗務員は、自分の胸ポケットに刺繍されたバス会社の名前を指して、おそらく「本物はこういう制服を着てるんだ。なんで偽物を信用したんだ?」と言っていたけれど、それ以前に乗ったバスでも、その後に乗ったバスでも、バス会社のネーム入りのシャツを着た乗務員に会うことなんて二度と無かった。

結局、わたしを取り囲んでワイワイ話していた人達が、困惑したような同情の表情を浮かべながら徐々に去ってしまった後は、バス会社のオフィスへ連れて行かれた。そこでも英語を話せる人は一人も居なかったけれど、一人の女性が警察署まで連れて行ってくれた。道々、スペイン語でわたしのことを励ましてくれながら。

想像していたよりも都会だったオタバロの町の警察署なのに、その日そこに英語を話せる警官は皆無。
「ここじゃ拉致が明かない」と焦ったわたしは、「今すぐキトへ戻って警察署へ行きたい!」と必死に訴えたけれど、引き留められて「オタバロでの犯罪はここじゃなきゃ被害届を受理できない」というようなことを言われた。もちろんこれもスペイン語だったので正確に理解したわけではなく、わたしの推測。

観念して、この場で被害届を出すことに。ここからは、一人の警官と並んで座り、パソコンを使って翻訳サイトを駆使しての状況説明。彼がスペイン語で打ち込んだ質問文を英語に変換し、それをわたしが読んで理解する。その質問に対する回答をわたしが英語で打ち込み、スペイン語に変換。彼が理解して口述するのを別の警官が別のパソコンで入力して書類を作成。これを延々と繰り返し、数時間かかってようやくポリスレポートが完成した。

藁にもすがる思いで「犯人は捕まる?」と尋ねたわたしに、彼は「おそらく無理だ」と苦笑しながらあっさり白旗。「そんなに簡単に諦めないでよ!」と日本語で言って机を叩いたところで、通じる訳もなく。

最後に彼が打ち込んだスペイン語を英語に変換すると、なぜか「Good luck!」と書かれていた。

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