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推し映画23-“映写機”シリーズと元町映画館10周年

10年前の今日、神戸市の中心部にある元町商店街の真ん中に「元町映画館」が誕生しました。2020年8月21日が10歳の誕生日です。おめでとうございます!

身近に素晴らしいミニシアターがあることの幸福とありがたさを、日々実感しています。これからも末永く、映画を愛する人たちのオアシスでありますように。
追記:スタッフの方々の10周年に寄せたコメント、心に沁みます。

私自身は神戸に住んでそこそこ経ちますが、元町映画館に通い始めるようになってまだ日は浅く、2016年8月に岩井俊二監督の「リップヴァンウィンクルの花嫁」を鑑賞したのが最初でした。それからは月1回くらいのペースで鑑賞しています。
この春、「Save  The Our Local  Cinemas」で寄付させて頂くなどして、映画館という存在について考える機会が多くなりました。

そして先日、「まわる映写機 めぐる人生」鑑賞&森田惠子監督のトークショーと、今日「旅する映写機」を鑑賞して、自分の中で言語化できたものがあったので、書き出してみようと思います。

森田監督「映画にまつわるドキュメンタリー三部作」について

二作目の「旅する映写機」と、三作目(新作)「まわる映写機 めぐる人生」を鑑賞させていただきました。元町映画館に通うようになって、ドキュメンタリー映画が大好きになったのですが、この三部作は「映画と、映画館と、映写機にまつわる」作品。鑑賞前は、自分もとうとうここまで踏み込んだか、とちらりと思いました。映画にハマる人が、濃い映画愛を突き詰めて行き着く先が映画館と映写機…というイメージがあった為です。笑

移動映写機の存在、手作りの自主上映会、山奥の小さな映画館、サラリーマンが自分のためにはじめた映画館。いろんなカタチの映画愛に触れることができた、幸せな映画でした。
そして「映写機を尋ねる旅は、映画館を尋ねる旅になり、映画館のある街を尋ねる旅になった」というコピーが示すように、『映画が街の人々にもたらすもの』について考える映画だったように思います。

鑑賞中、亡き祖母が「若い頃は駅前に映画館があって、毎週のように通ったもんだった」と語って聞かせてくれたことを思い出していました。
自分が子供の頃にも、街の至る所に映画館があったのに、今はどの街でも数えるほどしかない。私自身、毎日のようにNetflixやAmazon primeでいろんな映画を観て、(ホームシアターがあれば映画館に行かなくても良いかな…)と思う瞬間すらあります。

でも、やっぱり「映画館で映画を観ること」は「特別」で、「人生にとって無くてはならない瞬間」で、映画の作り手が「“この環境でこそ観てほしい”と願ってやまない最上の環境」であることに間違いない。けれどこれだけ娯楽のバリエーションが増え、映画鑑賞のための方法やデバイスも多様になり、映画館用に作られたのに配信に切り替えざるを得ない作品すら出てきた。わざわざ映画館で観なくてもいいよね、と思われてしまいかねない、ますます危うい状況にあります。

昔から映画館好きだった人達は、映画館で鑑賞する魅力を十分にわかっているから、映画館を守ろうとする。けれど(私自身が、岩井俊二監督の作品がかかって初めて元町映画館を訪れたように)街の小さな映画館、ミニシアターに足を踏み入れるのは、なかなか敷居が高いものなんですよね。正直に言って。
私は、祖母、母が映画好きだったこともあり、子供の頃からよく映画館に連れて行ってもらっていました。広島に住んでいた頃は、本通りのシネツインによく行ったものです。だからこそ、まだ敷居は低かったように思います。

この“敷居の高さ”問題は、どうにか解決したい。自分のライフワークにしてもいいくらいの危機感があります。
映画はヒトをつくる。未来の可能性を拡げてくれる。人生を豊かにしてくれる。そんな素晴らしい存在だと実感しているからこそ。

森田監督のトークショーで

一週間前、森田恵子監督と、元町映画館スタッフの方々のトークショーに参加した際に得たいろいろな気づきが「旅する映写機」を観てすこしカタチになったのでアウトプットしてみます。

トークショーで、今春からの危機の中、元町映画館が多くの方々から支援されたこと。その大きな応援に対して、元町映画館として一体何を返せるのか考えていかなければいけない、と林支配人が意気込んでいらっしゃいました。
対して森田監督は「そんなに頑張りすぎなくて良いと思いますよ」と仰った。「これだけ支援してもらえる価値がある映画館なんだろうか、と自問自答する」というつぶやきには「すでに応援したくなる(それだけの価値がある、と皆が思う)映画館なんですよ」と返しておられました。客席で私は、森田監督の言葉に頷きまくっていました。

私自身、クラウドファンディングに参加させてもらいましたが、「元町映画館のこれからに期待する」よりも、気持ちの大部分を占めていたのは「元町映画館に救ってもらった過去の恩返し」だったように思います。
これまで元町映画館から、たくさんの学びをもらい、明るい気持ちにしてくれて、日々を生きる糧をくれた、だから今まで元気に生きてこれた。その恩返しです。
そして、この先もこの街に映画館が存続していくことで、自分のように「救われる」人たちが、未来に一人でも多くいますように。そんな気持ちを込めて、寄付させていただきました。

だから、林支配人が仰るように「開かれた場所でありたい」「もっと普段から多くの方と交流して、映画館を使って欲しい」という強い気持ちにも非常に共感する一方で、森田監督が仰ったように、もっとふんわり、ゆったりと「ただ、そこにあって、いろんな物語に触れることができる場所」であってくれたら、それで良いのかな、と思ったりするのです。1映画ファンの私見なのですけど。

映画館の存在

映画館の魅力、とりわけミニシアターにハマるのは、なかなか難しいことだと思っています。自分自身がそうであったように、その魅力に「まだ気付いていない人」に伝えることは、本当に難しい。何故だろう?と思っていたのですが、森田監督の作品を観て、ひとつの解を持てました。

映画館そのものは「ただのハコ」でしかなく、そのハコの中でどんな経験をするのかは、「映画作品×ヒト×観るタイミングが重なってこそ」だと思うのです。
どんなに素晴らしい名作がかかっても、観たい気分じゃなければ鑑賞しないし、観たとしても「すっと心に染み渡る」タイミングでなければ響かない。
だから、暗いハコの中で「一生忘れられない、印象深い鑑賞体験」になるには、作品×人×タイミングがうまいこと重なり合う必要がある、それは奇跡のような瞬間です。
そういう「奇跡の瞬間」を手に入れることができたラッキーな人は、映画館で映画を観る素晴らしさを他の人にも知って欲しいと思う。けれどなかなか、その重なり合い具合は「人による」ので、再現性が低く、勧め方がとても難しい。だから“その人なりの”自主的な出会いに委ねるしかないのですよね。もしくは私のように、幼い頃の「導き手」がいれば、巡り合いの確率が高まっていくはず。

だから、もっと親御さんや小学校・中学校の先生には「情操教育の一環として」映画館で映画鑑賞をすることを、教育の一環として組み込んでもらえたらなと思うのです。福島県の「本宮方式」なんて、理想的ですよね。全国に浸透したら良いのにと思います。仕掛ける側に回らないとですね。

森田監督の作品に登場した「街から映画館の灯を消したくない大人たち」は、子供たちに「奇跡の瞬間」を手渡したい一心で頑張っておられるのだと感じました。ご自身がその瞬間に救われたことがあるからこその、それも恩返しなのかな、と。

自分にできることがあるのかな…と妄想しますが、そのヒントになるような、いろんなバリエーションが、森田監督のドキュメンタリー作品の中に散りばめられていました。

「16ミリ試写室」代表の松澤さんが仰っていた「16ミリ上映資格を手にした人に言うんです。積極的に『上映資格を持っているんで、町内会で上映会をしませんか』って自分から仕掛けるんですよ」という言葉。
京都造形技術大学 映画学科の学生さんたちが、里山で毎年行なっている自主上映会。
DVDプロジェクターを持って仮設住宅で巡回上映を行なっている「みやこシネマリーン」の櫛桁さん。
映画サークルの仲間たちと、毎年8月に上映会を開催している「鳥取コミュニティシネマ」の清水さん。

いろんなやり方があるんですよね。自分なりのやり方で「映画館への恩返し」ができたら良いなとワクワクします。
はたしてこれから、自分に何ができるのか。考えるだけでも楽しくなります。今日いただいた10周年クッキーを味わいながら、いろいろ妄想を巡らせる8月21日でした。


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