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フィクション-秋、河原にて

とびきり明るい話をしよう、そう言って君は泣いた。初めから破綻してるよ、とぼくは高い高い秋空と降り積もる黄色の銀杏絨毯の上で思った。この日、ぼくらは互いの幸せのために互いを違えることに決めたのだった、というか決めざるを得なかった。ぼくは、まだそんなつもりじゃなかったんだほんとうは。

だいたい、まだハタチになったばかりの弟と同い年の君の瞳から新たに新たに零れ落ちてくる、その恨めしい水滴の最適解をしりながら全くそれに触れられずにいるぼくは。仮にも君より2年長く生きてしまっているのにずっと後ろの方で、向かい合っているのにその背中から追いつけずにいる。君はいつもぼくのずっと前を見ている。一時だって一緒の景色を見れただろうか。銀杏はますます降りしきる。風が少し強くなったせいだ。いつもならぼくの許可なしにぼくのポケットで暖をとりにくる横暴な君の両の手、今は赤くなりながら睫毛の下で堰き止めようと濡れている。そんなに泣いたら乾涸びてしまうのではないかと、細い肩に伸びる腕と浅黒く焼けた脚は元々乾燥肌でぼくのあげたハンドクリームで指だけ柔らかく饅頭の皮のようにすべすべしていた。急かすように後から後から水分が、そもそもそんなに大きな穴が二つも開いているからいけないんだ、その空洞にある対になったガラス玉はいつもぼくの中を透かしてレントゲン気取りで批評するんだ、ぼくはいつだってその批評に乗っかって自分のことを分かった気になっていた。透かした先に何が見えたのかなんて知らないままに。君を美化するつもりはないよ、だって汚いしずるいからね世界一。世界一ずるい君はまだ話を続けている。言葉なんてどうでもいい。まっすぐ前を向いて歯を食いしばって虚ろなまま本当は下手くそで全然使えていない単語を並べて理屈もどきを必死にこねる。でもそれが君の全力だった。結局最後までこちらの方を見ずに、まっすぐ話すんだね。ずれているのに、それに気づいても直すことすらできずに、ぼくの前にそうやって全部吐露する。ぼくがそれを拾って、拾って集めてやっと満足げに安心した顔を見せるんだ。そんなものにずっとかかりきりになって。でもそれでもぼくはここにきてもほんとうは今すぐ、いますぐ抱きしめてあげたい。だって泣いてるんだもの。そんな顔見たくないよ。君のそんな顔、見るだけで苦しいんだ。見たいのは。見たいのは、笑顔なんだよ。笑ってよ。見たいのは、並びのいい白い歯が上下とも覗くような、大きな瞳が弦みたいにしなって柔らかく細まるような、口角に幸せを刻む線の入るような、長い睫毛がふぁーってきめ細かくラインダンスするような、そんな。笑顔なんだよ。。。。笑って欲しいのに。のぞみはそれだけなのに。君に、笑って欲しいんだ。今抱きしめたら、君はきっと笑うけど、泣きながら笑うけど、でももうそれはぼくが好きなそれじゃないんだ。しってるんだ。わかってるんだ。君はまだ、ぼくの前で独り相撲を続けている。

もうぼくには本当に笑わせることができなくなっちゃったんだ。いつからかわかんないけど、でもたしかに君は笑わなくなった。変だって思った。それでもまだ信じてた。でも、友達と君が写ってる写真をたまたま見て、たまたま見てぼくはその時に諦めちゃったんだ。ぼくが見たい笑顔ってこれじゃないか、なんだ、君ができなくなったんじゃなくてぼくの前でしなくなっちゃっただけなんだって。共通の友人がたまたま見せてくれたその写真、その場ですぐにメールでもらった。彼女の写真貰うなんてきもいって言われたけど、きもいだろって笑って、したらいいけどさってそいつも笑った。その日は一晩中遊んだ。結構飲んだそいつを家まで送って帰り道泣いた。死ぬほど泣いた。もう無理なんだって、自分には何にもできないんだって思ったら悔しかった。幸せにしたいなんて烏滸がましいけど、少なくとも一緒にいて楽しく過ごしていたいって思ってた。でも実際それはできなくて結局ぼくも限界だった。会うとはじめはうまくいっても帰るまでには一度は喧嘩してしまうようになった。それはいつからだったかわからない。なぜかどちらかがイラついてしまう。そんなことが何回も毎回起こった。家について、アパートで一人で、泣いた。枯れるまで泣いた。スッキリはしなかったけどそれで諦めがついた。何度も何度も思い出した。始まった頃の笑顔。思い出すのはいつも笑顔だ。それがまた苦しい。ニコニコ笑ってすきだよって。すきだよってもういってくれないんだなって。少しずつ肌寒くなっていた一階の角部屋の隅で布団にくるまって、声を上げて泣いた。それ以外どうしようもなかった。薄い壁だから上の階にも聞こえてるかもしれない。そう思うとすごくみっともなかった。けれどどうしようもなかった。

また泣くじゃん、と君が言う。呆れたような困ったような安心したような慈しむような君の両のガラス玉の煌めき。濡れているので一層艶めいている。気がついたらここは銀杏並木の下で、秋晴れの空が寒々しくて、目の前には目の赤い君がいて、濡れた睫毛が余計に太く長く見えてなぜかいつも以上にかわいくていつもなら許せてしまうその全てのさまが全く許せなくて、人前での泣きかたを知らないぼくは、ますます抑えきれずにみっともない声をあげる。世界一嫌いだって初めて思った。いま私が泣いてるのに泣くのずるいと口角を上げる君が愛おしくて胸が痛いよ。痛いよばか。泣いてない、って言ったのにその声は驚くほど情けなく震えて涙と混じって濡れてしまって自分でも聞こえないくらいだった。それでも君は、絶対嘘じゃん、と吹き出して、その顔は、ぼくが、焦がれて、嫉妬して諦めた、あの笑顔。あの笑顔で、間違い無くてもう、もうぼくは。ぼくは、どうしようもないくらいにぐちゃぐちゃで堰切ったように泣いてしまった。だいすきでだいきらいだった。

君はずっとそんな僕をやっぱりガラス玉のような目で見つめていたね。ぼくが泣き止むまで、止まった時間のように静かに静かに。最後まで君は変わらなかった。やっぱりぼくもかわらずきみがすきだった。元気でね。幸せになってね。それでいい。




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