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夢幻鉄道 君と見る景色 5

 連載小説です。
 マガジンから初回から読めます。

 検診が終わると、僕らはエレベーターで別の階に移動した。そこに入ると、もう友達のエル君がお母さんと待っていてくれた。
「久しぶり!」
「久しぶりだねー」
 嬉しくて大きな声をあげた。
 アスカを通じて最近仲良くなった彼も、同じくここで寝泊まりしていた。
 エルというのは本名ではない。名前は全然違うものだけど、好きな漫画のキャラクターの名前で呼んでほしいと言われて呼ぶようにしている。 
 「アスカは?」と聞くと、今日は少し体調が悪いみたいで、部屋からは出られないらしい。心配だ。そして心配しか出来ない自分が悲しい。

 僕らは三人でよく、「退院したらどこに遊びに行こう?」と相談しあった。僕が行きたいのはクマがいる大きな森で、エル君は青い海。アスカはクマにも会いたいし、海にも行きたいと言った。エル君は世界中の海について詳しくて、よく写真を見せながらどんな魚がかっこいいか教えてくれた。ウミガメはとにかくかわいいらしい。
 みんなで過ごす時間が大好き。僕は苦手なことだらけだけど、ここにいる時はそれがどうでもよく思えた。例えば、僕は忘れっぽくて渡そうと思ってた本を忘れたりするけど、「いいよ、また今度持ってきてくれたら嬉しい」と、ちっとも怒られない。ここでは学校と違って僕は否定されないし、僕も否定しない。散々否定されてきて嫌だから、僕も否定なんてしたくない。とくに大好きな友達はなるべく肯定したい。僕も肯定されたいから、まず先に肯定したい。だって、めちゃめちゃそれって嬉しいから。学校もこういうかんじだったらいいのにな。そうなったらみんなが行くのもっと楽しくなるはず。だけど僕が願ってもちっともそうはならない。まあ、いい。僕にはここがある。僕にとって、きっとみんなにとってもここは大切な場所で、大切な時間。だからずっと続いてほしいと願っている。全員元気になって家に帰るのが一番だから、病気が治ることも願った。一緒に海や森に行くのも願った。なんだか願ってばかりかもしれないけど、いっぱい頑張っているから願ってもいいはず。

 突然、エル君に近々大きな手術が控えていると打ち明けられた。
「すごく不安」という言葉をエル君がこぼした。
 僕たちは「絶対大丈夫!」と励まして、来年にみんなで海に行く約束をした。
 そう、絶対に大丈夫。
「もし無理なら僕の分も見てきてね」
 それでもエル君は不安を隠さなかった。
「僕もよくなったからエル君も大丈夫。よくなって海でウミガメに会おう」と言ったものの、エル君の心に響いたかはわからない。

 そう元気よくバイバイした。
 帰り道を歩く僕の心の中は不安でいっぱいだった。だけど、エル君の方が不安だろう。      

 エル君、大丈夫かな、無事、乗り越えられるよね、きっとまた会えるよね。

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