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15 富士山(1)

富士山。

富士山のまわりに天狗が飛んでいると教えてもらったのは、息子と筑波山の男体山頂上で、はるか彼方に富士山がみえた時。

「お母さん、富士山のまわりに天狗が沢山飛んでいるよ。」

その時は、本当に驚いた。こんなに離れていても、天狗が飛んでいるのが見えるんだね。(上の写真は富士山への道中で裾野で撮影したもの、うちの近所からみえる富士山はもっともっと小さい。)

その時すぐにスマホで、「富士山、天狗」と検索すると、富士山五合目周辺は「天狗の庭」と呼ばれ、天狗が支配していたという言い伝えがあるという。天狗が神様として祀られている小御嶽神社があることがわかった。

ビンゴ!!

単なる言い伝えなのではなく、実際に天狗がそこに沢山いるのだ。(みえないけど。)ゾクッとした。

それからというもの、家の近所の小高いところから、お天気がいい日に時々小さくみえる富士山をみる度に、天狗のことが頭から離れなかった。

いつか実際に息子を富士山に連れて行きたい、そうと思っていた。

そして、富士山の天狗話を息子から聞いて1年足らずの、2022年5月のゴールデンウィークに思いがけず、富士山に行けることになったのだ。

私の叔母が2年ぶりに上京する際に、富士山にも立ち寄りたいとのことで、それならば私と息子もお供させてもらいたいと、便乗させてもらった。

叔母の知り合いで、現在、古代文字の研究をされていて執筆中のOさんの運転で富士山周辺の神社巡りが目的の日帰り旅となった。

我が家にお迎えに来てくれたOさん、やはり視点が違う。

うちの玄関にお入りになるなり、私たちが製作した壁に飾ってある、「精麻の注連縄」が真っ先に目に入ったようで、

「これ麻ですか~!」

リビングにお入りになると、簡易神棚のお札を見て、

「う~ん、このお札はどういう風に並べているの?」

神職になる勉強をされた方らしく、開口1番の内容がちがう。

お札は、随分前に神社で頂いたお札の並べ方が書いた紙を見ながら並べていたけど、その後、お札が増えてもなんとなくで置いていっていた。

Oさん曰く、うちの場合だと、屋根付きの木製のお札入れに、私たちの結婚式のお札が入っていることが気になるようで。

神様の世界は、天照大神様が一番だから、屋根付きの木製ケースに入れるのは天照大神様でなくてはならないらしい。

我が家は、主人が紋付袴の方が似合いそうだし、神前結婚式の方がしっくりきたので、私が人生で初めてした巫女さんのバイト先の神社で式を挙げた。

結婚式をあげたのは、バイトをした時からもう何十年と時間が経っていて、その神社で一時的に巫女さんになったのも忘れていたくらい。

私が巫女さんのバイトが人生で初めてのバイトというと、それを聞いた人は、必ずというくらい驚いて、なんかあるよ~というけれど、

高校生活の部活の代々の流れでそうなっているのだ。部活は、着物を着るわけでもなくかなりの俊敏さが必要とされる激しいスポーツ。なので、ほんとうに自然の流れだった。

高校2年の極寒の地のお正月の販売のお仕事で、巫女さんの衣装も身に着け、

「破魔矢ください。」と言われても、なんの事かもわからないまま失礼極まりない販売していたっけ。(これは時効ということでお許しください。)

今、思うと、神様がみえる息子が生まれたのは、その時から、ある種の予言なのかな。

神前結婚で、記念品として簡易的な神棚セットと、ご祈祷のお札もついていた。(式を終える前までそれを頂けることを知らなかった。)

ということもあり、式を終えてから何年も思い出にとってあるそのお札は、その屋根のついた木製のお札入れに何の疑問もなくいれていた。

Oさん曰く、なんといっても天照大神様が中心で、屋根のついたお札入れには天照大神様を祀った方がいいのではということだった。

それを基準に天皇家に繋がっている神様、そうではない神さまで左右に分けること、思い出のあるお札はいいけれど、古いお札はできるだけ1年毎に更新した方がいいということを教えて頂いた。

そして、神棚前のお水、お米、お塩を置く場所にも意味があることを子どもでもわかるように教えてくれた。

「ごはんを食べる時は、ごはんとお味噌汁はどこにおくのかな?塩気のあるお味噌汁は右側だよね。白いご飯は左側だよね。大晦日の紅白歌合戦は、東が白組の男性、西が紅組の女性。」

「東に男性、西に女性の方がエネルギーの流れがいいんだよ。よくみんなが付けている天然石のブレスレットならもっと良いけど、そんな高価のは付けられないから、私はこの紐を手首につけているんだよ。」

てっきり、右手首に赤い輪ゴムを何かで取り忘れてそのままつけているのかと思ってみると、左手首にも白い紐の手作りブレスレットが巻いてあった。

その話で思い出したのが、以前通っていた気功の先生が言っていたこと。

「北枕は縁起が悪いって言われるけど、本当はそうじゃないんだよ。昔、亡くなった人が家の寝床で北枕で生き返ったということがよくあったんだよ。」

「家はエネルギーが北から入ってきて、東に男性、西側に女性が寝て、翌朝起きると、氣が補充されてすっきり起きれるんだよ。そして男女一緒に寝た方が陰陽のバランスがとれるんだよ。」

そんな話を聞いてすぐに、それまで北枕を避けていた我が家でも試しにそうやってみると、確かに!ぐっすり眠れるような気がする。

そして、「赤」という色も、息子が描く神様をみると、赤いブレスレット、赤いネックレスをしていることが多く、考えてみると、ブレスレットは右手首に必ずしているのでは?と、今、こうして書いていて気付いた。

(ただ、エネルギーは左から入ってきて右に抜けるという説もあるので、パワーストーンブレスレットは左手首につけている人が多いように思う。)


Oさんは、今回、なぜ富士山へ行くのか、なんの目的があるのかを説明し始めた。

富士山の頂上付近に、日本の北を守る久須志神社があり、さすがにそこまで登れないので、富士山の北側から5合目に行くと、その神社を遥拝できるという。

なぜその神社かというと、青森にも同名の神社があり繋がっているという。現在、日本の北側から何かしらの侵入が懸念されているので、(日月神示により)日本のエネルギー宿る富士山の久須志神社も遥拝し祈りたいとのことだった。

壮大な祈りの気持ちを胸に、数百キロ離れた場所から訪れたOさん、頭が下がる思いだった。

Oさんは、ホツマツタヱの研究者の方なので、説明の途中でも、ホツマに関することを絡めて、富士山信仰についても話してくれた。

富士山は、北斗七星、「とほかみえひため」と関係があるんだよ。

まわりを囲む湖にも意味があってと、

息子のおもちゃのボールを富士山にみたててダイニングテーブルに置き、シルバニアファミリーのウサギや、リスなどをまわりを囲む湖にみたて、色々と興味深い話をしてくれた。

実は、だいぶ前のことになるが、息子もある時、

「お母さんのパワーを強くしてあげるよ!」といって、

「太陽の方を向いて、おでこ、サードアイが太陽の光を浴びるようにしてね。」と言うと、

「とほかみえひため」と言いながら、

私のサードアイと太陽の間にまるで光の柱をかけるように指で示し、

「よし。」っと何かを確認したことがあった。

「今のはなんなの?」

「こうするとパワーが強くなるんだよ。」

「え?」

「どうしてわかるの?」

「サードアイの色が濃くなるんだよ。誰でもできるよ。こんな簡単なことでパワーアップするのに、みんなやらないでもったいないね。」

「窓がないところとか、太陽が見えないところではどうするの?」

「鏡の前でやるんだよ。」

「あの、神社に行って参拝する時の鏡ってことなの?」

「うん、そんな感じかな。」

「どうしてわかるの?」

「なぜかわからないけど、わかっちゃうんだよ~。」

「とほかみえ み ためって聞いたことあるんだけど?」

「一文字違うだけで、ぜんぜんパワーが違うよ。”えみ”って言ったらむしろパワーが落ちるよ。”えひ”ためじゃなきゃダメなんだよ。」

突然、気功の先生が唱えていたことを思い出したのか、「とほかみえひため」といい始めるのも驚きだが、パワーアップする術を伝授してくれた。

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翌早朝、富士山へ向けて出発する前に、Oさんが今行きたい神社が都内にあるというので、息子共々お供させてもらった。

本当は平将門の首塚に行きたいようだったが、こんな時間で、子供たちも行動を共にするので首塚は辞めようということになり、

将門とゆかりのある神田明神と、東京の南を守っている神社へ行きたいという。

南を守っている神社をグーグルマップで調べると、東京10社巡りにも入っている芝大神宮、そして東京タワー近くの、徳川家康とゆかりのある芝東照宮。

神田大明神へ行くと、境内には沢山の神様が歩いていたという。人前では、自分自身が色々とみえることについて一切話さない息子が帰宅すると、

「お母さん、さっき神田大明神で、神様を踏むかと思ったよ。僕はみえるからよけて歩いてたけど。それくらい、沢山の神様が歩いていたんだよ。」

「空には虹色の龍が飛んでいてね、釣り竿と、赤い魚を持っている神様もいたよ。」

「釣り竿と赤いお魚を持っている神様は、恵比寿さまかな?」と、写真をみせると、

「そうそう、こんな感じこんな感じの神様だったよ。」

豊洲魚市場の氏神様でもあり、他108町会の氏神さまでもある神田明神に神様が沢山歩いているのは不思議ではない。

その後、芝大神宮へ行くと、ぽつぽつ雨が降り始めていた。芝東照宮へ着くと激しい雨に変わっていた。

車を駐車して、近くのホテルマンに芝東照宮の道を聞いて、その通りに歩いてもまったくそれらしい神社はなく、雨もさらに強くなってきていた。

「もう、今日は行くのやめようか?」とOさんが言う。

「せっかくここまで来たのに?」という私の言葉で、目的地まで急いだ。

だけれど、やっぱり、さっきのホテルマンは、反対方向を教えていたよね?近道と思って聞いた通りに行った道が反対方向で、遠回りになっていた。

グーグルマップには出ていない、公園の中を突き抜ける小道を通ってやっと芝東照宮に到着した。

「東京の南の座を守る神社がこんなにひっそりとあるんだ。」内心、そう思った。

帰宅してから、その時のことを息子に聞くと、「神様いなかったね。お留守かな?」

ときどきそういう神社もあるのだ。

あとで考えてみると、雨が強くなってきたのも、ホテルマンが反対方向を示したのも、子供たちも、もう帰りたいと行ったのも、Oさんがもう行くのやめようかと言ったのも、行かなくてもいいというサインだったのかな?

Oさん曰く、言わずと知れた徳川家康さんをお祀りする社で、江戸という一時代を築き、後の東京遷都の基盤づくりをされたご存在で、東京にとって、大事な場所と思っていたにもかかわらず、あのような状況で、考えさえられるものがあったといいます。

富士山(2)へ続く

Instagram makana.7






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