はじめて猫カフェに行ったけど、キャバクラみたいだった


#創作大賞2024 #エッセイ部門

うちには不細工な猫がいる。銀のスプーンを食べながら10年以上も生きている猫が。私にとっては目に入れても痛くないくらい可愛い猫だが、母曰く可愛くない方らしい。猫はみんな等しく可愛いと思っていたが、多少の美醜は存在するようだ。

しかしまあ、猫って生き物はどうしてあそこまで人間を狂わせるのだろう。愛くるしい大きな瞳は少女漫画を彷彿とさせる。そして何よりあの鳴き声。一体どんな徳を積んだらあんな可愛い声になるのか。
「がおー」でも「こん」でもなく「にゃあ」だ。考えて発声しているのだとしたら相当賢い。「にゃあ」なんて言われた日には気が狂う。うちには既に猫がいるので、毎日気が狂っている。可愛い。
流石可愛いってだけで厳しい自然界から離れ、人間に媚びながら生きて来た獣だ。面構えから心構えから違うのである。
そして単純に媚びないのも良いところだ。馬鹿みたいに尻尾を振ってくるわけでもなく、かといって懐きすぎないわけでなく。
完全に人間たちとの接し方を理解してやがる。きっと恋愛でも無双するだろう。あの態度。
触りすぎると怒るところがいい。触られるがまま触られ、常に喜ばれると何か物足りなくなるものだ。人間には試練が必要である。たまに猫に怒られ、たまに引っかかれ、たまに無視される。だからこそこっちにすり寄ってきてくれた時の可愛さが爆発するのだ。
このちょっと我儘な彼女的な態度が、ここまで人類を狂気に陥れたものの正体である。やはり可愛いものは威張っていないといけない。
少し偉そうなくらいがちょうどいいのだ。

そんなわけで家にいる猫をベロンベロンに可愛がり、このままだと舌で毛づくろいまでしそうな勢いで可愛がっている時、ふと思った。
うちの子はこんなに可愛いが、他の猫はどうなのだろうかと。
別にうちのに飽きたわけではない。ただ世の中には耳が折れ曲がったやつとか、長毛種とか。あらゆる種類の猫が古今東西に存在するだろう。
まだ見ぬ猫たちに会ってみたいと思ったわけだ。

うちの猫が一番可愛いというのは大前提として。他にはどんな猫がいるのだろう。うちは猫島でもあるまいし、どこに行けば出会えるのか。
友人に相談すると、猫カフェを勧められた。
ちょっとうちのを家に置いて、他の猫に会いに行くのは浮気的な行為であるものの、好奇心が勝ち、早速猫カフェに向かうことにした。

猫カフェは、当時私が住んでいた家の近くにあった。アメリカンカールやスコティッシュフォールド、アメリカンショートヘアーなど。あらゆる種類の猫スタッフの写真が店の看板に貼られていた。
うちの猫は雑種なので、種族名がついた猫はやはり気になる。
友人と一緒に入店すると、早速沢山の猫たちが出迎えてくれた。

いろんな猫がいるものだ。常に走り回っている元気者。ずっと寝ている者。キャットタワーの天辺で優雅に転がっている長毛種。控えめに部屋の隅にいるもの。種類も様々だが、性格もさまざまである。
こんなに簡単に楽園に行けるなんて思っていなかった。もっと早く行くべきだった。猫カフェ。

私は早速一番気になっている子に近寄った。キャットタワーの天辺にいるあの長毛種である。長い絹のような白い毛と、美しい青い瞳に釘付けになった。宝石が佇んでいるような気品溢れる猫である。
このような猫を拝めるのも猫カフェだけだ。
しかしこのように外見がいい者は、簡単に人に触られるほど安くない。
そっと刺激しないように手を伸ばしたが、直ぐに威嚇された。
おいおいこっちは客だぞと思ったが、客にもランクがあるのだ。ただでナンバーワンの猫に触ろうものなら、普通黒服に連れていかれることだ。
威嚇で済んでよかったじゃないか。
「流石にナンバーワンはダメか」と私は手を引っ込めた。
威嚇の仕方も優雅で、怒り方にも美しさがちらつくからまた酷い。私が手を引っ込めると、「それでいい」と言う風に白猫は顔を背けた。

私たちの他にも店内には客がおり、子連れのお父さんが来ていた。子供よりお父さんの方が猫に夢中になっており、子どもから「もう帰ろうよ」と言われている。
あのお父さんはナンバーワンに触れたのだろうか。あのナンバーワンは通い詰めないと触れないかもしれないのに。
猫の扱い方から初心者ではないだろう。遊び方をわかっているものの動きだ。やはりこう言った店に来るのが初めての私には、まだ猫遊びは早いのか。

悔しい。まさか猫と遊ぶだけでこんなに悔しい思いをしなくてはならないとは。お父さんの周りにはたくさん猫がいた。私には誰も近寄らない。
一体何がそんなに不満だと言うのか。こういう時新規を大切にしないと、その界隈は廃れるって言うし、私のことも大切にしてくれ。
「誰もきてくれない」と友人に言おうとすると、既に友人は猫2匹に膝に乗られていた。モテモテである。
可哀想な私になど目もくれず、友人は猫たちとエレガントな時間を過ごしていた。

こんなにモテないことってあるか。そりゃあ人間にもモテたためしがない私だが、まさかネコ科の生き物にも好かれないとは。
やはりうちの猫が最高だ。改めて自分の妻が最高だと思う夫の気持ちである。お店の子にハマりすぎてもよくないし、モテないくらいがちょうどいいかもしれない。自分にはうちの猫がいるし。
そう思いなおして、氷がたくさん溶けだしたアイスティーを啜った。
もういい。誰もお前を愛さない。

悲しい気持ちでいた時だった。その時は突然訪れた。
「お客さん、うちは初めて?」そう言われた気がした。
部屋の隅にいたアメリカンカールが私に歩み寄り、膝に乗ってきた。そして触れよと言わんばかりに寝転がって見せた。
「こう言ったお店は初めてです」と心で思いながら猫を撫でた。
特にゴロゴロも言ってくれない。本当に私が一人で寂しそうにしていたから気を使ってくれたのだろう。特に嬉しくもないだろうに撫でさせてくれた。

やはり私も客なのだ。お客さんが一人で飲んでいたら寄り添うのがスタッフである。しっかり客の相手をしてくれるとは嬉しい。君を指名しようアメリカンカール。ナンバーワンに一目惚れし、撃沈した後の私だが、君が私と飲んでくれるのなら喜んで。今日は一緒に飲もうじゃないか。
君は水で私はアイスティーである。
ナンバーワンに触りたかったが、君もなかなか可愛いじゃないか。ここは一つ自分の武勇伝でも披露したいところだ。「きゃーすごーい」とか言ってくれそうである。

そんなことを思いながら、数歩先にいる子連れのお父さんを見ていた。
帰ろうよと言われているが、一向に帰る気配がない。目がぎらぎらしていて怖いお父さんだ。猫の魅力にすっかりとりつかれているとしか思えない。帰ろうと催促する子に「モウチョットダケダカラ・・」とブツブツ呟いている姿が恐ろしかった。
「すごいねぇ、あの人・・」「ねー」とアメリカンカールと心で意思疎通していた。猫が話せるわけないなんて野暮なこと言うな。猫は人間の言葉を確実に理解できるし、テレパシーも使えるし、美少女にもイケメンにもなれる。

そんなことをしていると、友人が動いた。
「ちゅーるを」とお店の人に注文している。
出た、ちゅーる。
シャンパンタワーの合図と同じである。この店だけかもしれないが、ちゅーるは一番高かった。そのちゅーるが入ると言うのだから、さあ大変だ。

友人が袋を開けた途端、店中の猫が友人の元へ集結した。
現場は一気に大混乱である。
友人のところへ、一斉に猫が群がるのだから、大変なことになった。

ちゅーるを奪い合うためにベロチューする猫や、猫が猫を押し、転んだ猫に躓いてさらに転ぶ猫など。店内は大乱闘状態になった。
私の元で静かな時間を過ごしていたアメリカンカールも「ごめん、指名入った!」というような勢いで、友人の元へ真っ直ぐ跳んで行った。

なんだこの、乱れた空間は。私はナンバーワンに触れなくても、自分に優しいアメリカンカールがいればよかったのに。それすら奪おうと言うのか、この友人は。
友人は得意そうにちゅーるを振る舞っていた。よく見たら多めに頼んでいたかもしれない。
お前も頼めばいいだろうと思われるかもしれないが、残念ながらその時あまりお金を持っていなかった。貧乏人は碌に猫とも遊ぶことができないのだ。

そしてなんと、キャットタワーの上にいた、あの優雅猫がすとっと下りて来たではないか。上品な足取りで特に慌てもせず友人に近寄っていく。
「わああああ、可愛い!来てくれた!」と大喜びした友人は、ナンバーワンに直ぐちゅーるをご馳走していた。
ぴちゃぴちゃと静かにちゅーるを食べ終わったナンバーワンは、もうちゅーるがないなら用はないという風に美しくその場を去った。
なるほど。人間が自分を見れば自分に優先してちゅーるをくれるとわかっていたのだろう。だから慌てる必要などなかったのだ。
(クソ・・ナンバーワンだからって気取りやがって・・)と思ったが、
振られたから怒っているモテないやつみたいで嫌だったので、すぐに思うのを止めた。

アメリカンカールを奪われ、唇を噛んでいると
「うちも頼むぞ」と元気な声が聞こえて来た。

あのお父さんである。お父さんは帰るどころか、ちゅーるを注文しだした。
おそらく既に注文しているだろう。多分2回目・・もしくは3回目である。

さあ、またちゅーるが入った。

猫たちは今度は真っ直ぐにお父さんのところへ向かって行った。目がイっている彼は、大喜びで猫たちを迎え入れる。
こうなると友人は面白くない。
「なんだ、あれ」と不快感をあらわにしていた。
「また頼むから」と呟くと同時に再び友人はちゅーるを注文した。再び沸く猫たち。

もう猫は私など無視してお父さんと友人に群がりはじめた。金を持っている方にみんな夢中である。あのアメリカンカールだって他の猫についたちゅーるを舐めていた。純粋な子だと思っていたのに、あんな卑猥な姿を見せるなんて。心が砕け散った瞬間である。

そんなわけでちゅーる合戦が始まるかと思われたが、お子さんがとうとう「帰ろうよ!」と今日一番大きい声を出したのか、お父さんは流石に帰っていった。
言葉こそなかったが、友人とお父さんは確かに戦っていたと思う。
ナンバーワンを我が物に、それか店の嬢のハートを奪いつくすため。二人は立派に戦っていた。
金のない私は、そんな彼らの戦いを「金持ちは違うなぁ・・」と言う気持ちで見ていた。

「帰ろう」と友人に言うと、「そうだね」と言ってくれた。
彼女もちゅーるにばかり金を使うのはおかしいと思ったのだろう。猫遊びは節度を持って行うべきである。誰かと争ったり、戦ってはいけない。
これ以上猫にハマってしまえば「その毛並み誰にも見せるな!」「私以外に腹を見せるな!」とか叫んで猫ちゃんを束縛しそうである。それは良くない。

あんなに熱い時間を過ごしたというのに、帰るころにはアメリカンカールは私をガン無視していた。流石猫。これぞ猫である。

家に帰ってうちの妻に「今日は猫カフェに行ってきたよ。それで君が一番だと改めて思った」と告げると、押し入れの中へ姿を消した。
猫カフェは浮気認定されたのだろうか。押し入れの中からじっと恨めしそうに私を睨んでいる。
多分他の猫の匂いがついているから嫌だったのだろう。しかし拒絶されているようで私は更に心が砕けたのだった。

皆さんは、猫遊びを節度を持って行うように。
あと猫って可愛いよね。最高

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