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ステイホーム忠太郎

海の底。
石ころだらけの中に貝殻が1つ。
突然、足がはえて歩きだした!!!!!
それはヤドカリ。
名前は忠太郎。

「あいつ、体に殻があるのに、貝殻をかついでやがる。」
「臆病だなー・・・」

カニたちやエビたちは、同じ甲殻類なのに貝殻の家を担いで歩く忠太郎をヘラヘラ笑います。
それでも忠太郎は貝殻をかついでゆっくりゆっくり歩きます。
何かの陰が見えただけで、すぐに家に閉じこもってしまいます。
しばらくしてゆっくり外を見まわして、安全だと確認してから、ようやく歩き出すのです。
一緒に歩き出したカニやエビはずーっと先まで歩いていってしまい、見えなくなってしまいました。

「右見て、左見て、前見て出発。・・・
ストップして、右見て、左見て、前見て出発。・・・
ストップして、右見て、左見て、前見て出発。・・・」

ゆっくりゆっくり確認しながらノロノロノロノロと歩いていきます。
何かがチラッと見えただけで立ち止まり、貝殻の中へ閉じこもってしまいます。
それどころか見えたような気がしただけで、貝殻の中へ閉じこもるのです。
もちろんしばらく出てきません。
なので、忠太郎は1日では、ほとんど進めません。
ノロノロとほんの少しの距離を動くだけです。

「僕は臆病だからしょうがないや。」

毎日、ノロノロノロノロ。
忠太郎は少しずつ少しずつ。

ある日、いつものように歩いていると急にタコがやってきました。
タコはヤドカリの天敵です。
忠太郎の兄弟たちも何匹か食べられたのです。
タコは忠太郎目掛けて一直線に泳いできます。
忠太郎はいつもと違って素早く走りだしました。
間一髪のタイミングで、なんとか岩陰に辿り着き、貝殻の中へ。
タコは諦めて去っていきました。

でも、忠太郎は怖くて怖くて貝殻から出れません。
その日は丸一日籠ってました。
次の日は顔だけ出してキョロキョロしただけでした。
その次の日は一歩出したのですが、怖くなってすぐに貝殻に戻ってしまいました。
その次の次の日は三歩ぐらい歩きましたが、どうしても怖くなってしまい貝殻の中へ。
どこかでタコが見ているような気がして・・・
全く外に出れなくなってしまいました。

暗い貝殻の中、おなかをすかせたままジッとしてました。

「このまま死んじゃうのかなー・・・じゃあ、タコに食べられるのと一緒だなー・・・」

5日ほど岩陰のそばにいました。
6日目にとうとう動き出しました。
ゆっくりゆっくり。
何か動く影が見えたらすぐに貝殻に閉じこもります。
いつもよりも慎重に、いつもよりも臆病に。
だからさっきまでいた岩陰がまだ近くに見えてます。
それでも忠太郎はそんな歩き方をやめません。
少しずつ少しずつ歩きます。
おかげで漂ってきた海藻を食べることができました。

今日もゆっくりゆっくり歩いてます。
するとこんな声が聞こえました。

「ヤドカリさん、ヤドカリさん」

忠太郎は驚いて貝殻の中へ。

「驚かなくてもいいのよ。私、あなたを襲うことなんてできないもの。」
「嘘だ! どうせタコだろ! 僕を食べようと思ってるんだ! 」
「いいえ、私、動けないもの。出て来て見てごらんなさい。」

恐る恐る顔を出してみると、岩の上に黄色い花のようなものが咲いてました。
イソギンチャクです。

「僕に話しかけたのは君? 」
「ええ」
「何か僕に用? 」

忠太郎はイソギンチャクに近づいていきました。

「あなた、タコが怖いの? 」

ギクッとして立ち止まりました。

「・・・うん、あいつ、僕たちを食べちゃうからね。」

イソギンチャクは小さな声で笑いました。

「笑うなよ。」

イソギンチャクのすぐそばまで走っていきました。
イソギンチャクは笑ったままです。

「ねえ、手を組まない? 」
「手? 」

二本のハサミと数本の足を眺めます。

「一緒にやらないか、という意味よ。」

忠太郎は何を一緒にするのかわかりません。

「私がいるとタコに襲われないわ。」

何の根拠があるのでしょう?

「タコは私が怖いのよ。」

とても信じられません。
こんなジッとしているイソギンチャクを怖がる理由がありません。

「私、毒があるの。」

忠太郎は思わず後退りしました。

「大丈夫。襲わないから。私、動けないもの。」

恐る恐る一歩近づいた。

「ほんとに臆病なんだね。」

ケラケラ笑うイソギンチャク。
バカにされた気分になる忠太郎。

「それはいいことよ。自分の命を大切にしてるわけだから。」

忠太郎はバカにされてるのか?
褒められてるのか?
わかりませんでした。

「私を貝殻の上に乗せて。タコを追っ払ってあげる。もっと遠くへ行きましょうよ。」
「僕と? 」
「ええ、誰か私を連れて行ってくれないかと思ってずっと待ってたの。」
「うん、タコを追っ払ってくれるんだね? だったら、いいよ。」

イソギンチャクの体を2本のハサミで持ち上げ、貝殻の上に乗せました。

「この景色はもう見飽きたわ。だから、違う景色を見に行くの。」

忠太郎は今までキョロキョロ確認してから歩いてましたが、景色を気にしたことはなかったのです。

タコがいるか?
タコがいないか?

それしか見ていなかったのです。

イソギンチャクを貝殻の上に乗せて歩いているのでタコはもう恐れる必要はないのですが、それでも左右をキョロキョロしながらゆっくりゆっくり歩いていきます。

ただ変わったことは、

貝殻に閉じこもる時間が短くなり、回数が減ったこと。
 歩くときにイソギンチャクと話すようになったこと。
 ご飯をイソギンチャクと分け合って、一緒に食べるようになったこと。
 よく笑うようになったこと。

などです。

 ある日、タコが凄いスピードで襲ってきましたが、貝殻の上にイソギンチャクがいるのを見つけると、それ以上のスピードで去っていきました。
 あまりにも驚いたせいでしょうか? 墨を吹いて去っていったのです。
辺りは真っ黒になってしまいました。

 忠太郎はいつも貝殻の中にいるとき、いつも真っ暗でした。
 今は貝殻の外なのに真っ暗です。
 貝殻の中に引きこもろうとしましたが、同じことなのでやめました。

「しばらく待つのよ。そうすれば大丈夫。」

しばらく待ちました。
少しずつ明るくなり、やがていつも通り見えるようになりました。

「元に戻ったでしょう? 」

でも、忠太郎は元だとは思いませんでした。
景色というものが目に飛び込んできたからです。

「これが景色かー・・・綺麗だなー。」

辺りを見回して言いました。

それからは見たい景色を選んで歩くようになりました。

美しい魚の群れや難破した船、
ウミガメの子供たちや口を開けて獲物を待ってるウツボなどを見ることができました。
大きな魚の食べ残しにありついたり、
美味しい海藻が生えてるところを見つけたりしました。

楽しい時間が続きました。

「ヤドカリさん、楽しいね。」
「ヤドカリさんじゃなくて、僕には忠太郎という名前があるんだ。」
「誰がつけたの? 」
「お母さんだよ。」
「私にはつけてくれるような存在がなかったから・・・忠太郎がつけて。」
「えっ? 僕が? そんなのどうやってつけていいかわからないよ。」
「好きなようにつけて。」

好きなように?
好きなもの?
そういうことかな?
好きなもの好きなもの・・・・・・・・・
あれだ!!!!!
海の上に輝く太陽。
海の上から海の底まで照らしてくれる光。
この光が臆病な僕も照らしてくれてたんだ。
そうだ。好きなもの、それは光だ!!!!!

「じゃあ、君の名前はヒカリだ。」
「ヒカリ? いい名前だわ。ヒカリ。」

忠太郎とヒカリはいつものように仲良く歩いていきました。
そして、見つけたのです。
海の底に輝く光を。
とても眩く、目を開けてられないほどです。
様々な色がひしめき合って、そこだけ別世界のようです。
それはサンゴの森でした。

色様々のサンゴたち。
鮮やかな小魚たち。
ボンヤリと漂う半透明なプランクトンたち。

それらが太陽の光を受けて輝くのです。
その美しさに魅せられて、忠太郎とヒカリは吸い寄せられるように歩きました。

辿り着いた輝くサンゴの森は、忠太郎とヒカリを歓迎しているように思えました。
森の中を一歩一歩踏みしめて進みました。
サンゴの間からの木漏れ日は、今まで見たどんな美しい光より美しかったのです。

「この森で暮らそうか? 」
「うん、そうしょう。」

この森で暮らすことに決めました。

忠太郎とヒカリは末永く仲良く・・・ときには喧嘩もしましたが、大概は仲良く暮らしました。
そこで忠太郎は、忠太郎のことを笑ったエビやカニよりも少し長く生きることができたのでした。

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               おしまい

                      イラスト あぼともこ

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