僕は御坊ちゃま 没落貴族の跡取り達の宴 EP1
主人公
ゼネコン棕櫚藤の御曹司、棕櫚咲夜19歳の学生
友人
父親は警察関係の重役、結び祇園守の小西卓也19歳
先輩
製鉄工業一帯の大地主、丸十字の島津魔裟斗28歳
北九州には子汚い街が有る。この街は長年、ヤクザが蔓延る修羅の街として有名だった。本州にほど近い九州最北端の街で、交易や港の大部分は本州最南部に有る長州に需要が集中しており、国から捨てられた街のような存在だった。
主な産業は競馬や賭博で、本州から追われた人間が数多く住む街だ。日本の政治を牛耳る薩摩長州の権威は戦前から確固たるもので、国政を牛耳る一大派閥の政治家と血縁関係があったり、多大な資金源になっているヤクザを壊滅させることは困難だった。
天下り先として、公務員はもちろん、政治家や警察関係者の多くがヤクザと関連している企業の重役に就任しており、忖度や暗黙の了解が複雑に絡み社会を形成していた。
私はそんな時代に長州の大財閥、【棕櫚】の分家に生まれた。なんの因果か、私の周りには多くの氏族が集まり、友人には【中結び祇園守】の小西卓也、先輩には丸十字の島津魔裟斗がいた。
幼少の頃から教授の息子としてもてはやされ、教師でも簡単には逆らえない地位を築いていた。そんな私と仲が良かった先輩が、工場地帯広域の地主である島津魔裟斗、通称「丸十の魔裟斗」だ。彼の名前はどこのタクシー会社でも自宅を知っているくらいの有名人だった。
私と同期の友人であり、先輩の島津とも見知った仲で有るのが小西卓也、通称「祇園の卓」だ。彼もまた由緒正しい家の出の者で、その長身と武勇は中学校時代から有名だった。
定期的に九州と本土を行き来する船に乗れば15分程で海を越えれる距離に有るし、学生も毎日のように行き来する近所なのに、九州と長州は全く違う世界の街だと言う感覚が有った。
長州には歓楽街と呼べるような場所がそもそも無く、多くが料亭や小料理屋だったのに対して、九州には色町があった事が大きな理由だと思う。
学校を卒業する時に、地元に残るか九州行くか都会に出る。そう言う選択がある程、九州に渡る事は距離以上の何かが有った。
私が北九州で名を馳せてる丸十の魔裟斗と出会ったのは会社のパーティーだった。私の家系はゼネコン最大手だと名高い棕櫚藤建築で、丸十工業とは業務的に深い取引があった。
私はそんな事など何も知らず、会社が主催する何らかのパーティーに顔を出しては挨拶するだけの二十歳の学生だった。自分の将来の事など何も考えてなく、普通に学校に行ってるだけの唯の学生で、時たま親族が経営している会社のパーティーに行って色んな大人と話す校外活動をしてるだけだと言う感覚だった。
実際に学校の教師も良くパーティーに来て居たし、それで先生達の態度が自分に対しては優しいのだと言う感覚はあったが、それが普通じゃ無いとは思ってすら居なかった。
年に何回かのパーティーで教師や生徒会長、自分のクラスの学級員と、その両親と挨拶を交わす。そして、会場のご飯を食べながら色んな職業の大人達の話を聞くイベントだと感じてた。
そんな大人達ばかりのパーティーに、自分の何個か上程度の若い型破りな男が居た。彼はスーツを着崩していて悪態をつくように酒を飲んでる男だった。その丹精な顔立ちは人を惹きつけて居て、悪ぶった不機嫌なオーラが、真面目な人しか居ないパーティー会場では個性的に見えた。
私の視線に気付いた彼は、私をじっと見つめてきた。それは喧嘩を売るような視線ではなく、単純な興味を抱いているように感じた。なぜ彼がそこまで私に興味を抱いたのかは分からなかったが、彼は近づいてきて、そっとグラスを交わしながら酒を飲んだ。その動作だけで、彼がテーブルマナーを心得ている自分と同じ世界の人間だと感じた。
それでも、彼にはどこか悪態をついた品の無さがあり、それが私には不思議で魅力的に感じられた。彼は物凄い悪人ではないのだろうが、良い人でもないと感じさせる何かを持っていた。
私たちはお互いに自己紹介をした。私も彼も家柄のことなどあまり詳しくなく、苗字を聞いてもピンとこなかった。しかし、彼は私の両親の仕事や、なぜこのパーティーに来ているのかを根掘り葉掘り聞いてきたので、私よりもはるかに社会構造に詳しいのだろう。
魔裟斗は「お前の父ちゃん、すごいな」と言って、私の肩に腕を回しながら酒を飲んでいた。その気軽な接し方が、私には心地良かった。