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フランスの本棚から見えてくる日本とは

人の家にある本棚を覗くのが好き。
そこにはその人の好みや、その人が他人に見せたいと思っている姿が正直に表れるから。

それと同じように、例えばフランスで出版されている日本の本を見ると、フランスが日本をどのようにイメージし、どのようにそのイメージを消費したいと思っているのかが見えてくる。

翻訳というのは自動的になされる仕事のように思われがち。でも、とっても政治的かつ恣意的でもある。

例えばある国で出版された本が別の国で翻訳されたとする。

ということは・・・

その国のマーケットに見合うものかどうか、という点が吟味されたということ。つまり他のマーケットと同様にその国の文化みたいな基盤も含めて吟味された結果であるということ。それに、お金がかかる割には出版社にとってはあまり儲からない翻訳書。なのでそれでも出版しようという本は限られてしまう。

あるA国でB国の本がとても人気でたくさん翻訳されたからといって、B国でA国の本がたくさん翻訳されているかというと全然それは関係ない。

まずもちろん、これには言語の世界的な序列みたいなものがある。英語の翻訳の方が多いのは、翻訳者が多いことや情報が多いことがある。つまり翻訳に至るまでの状況がすでに均等ではない。

何が翻訳されているか、と問うのではなく、どのような背景において、いつ、どのように翻訳されるに至ったのか、を問うと見えてくるものがある。

そうして気づくことは、翻訳本の選択にはその国に対するイメージが反映されているということ。

ある人の本棚がその人を映し出すように。

例えば社会学の本棚を覗いてみよう。この分野で日本書のフランス語訳が出るのはたいてい「日本」をテーマとしたもの。「日本人論」とか「日本文化論」みたいな。和辻哲郎の「風土論」はしっかり翻訳されていて、未だにその流れを組んだところに日本がある。もちろんこの流れ自体を批判するわけではなくて、それがほとんどであることに問題を感じる。つまり日本が発信する社会学や哲学の普遍的な議論に関してはほぼ翻訳がないのだ。

もともと社会人類学という分野でフランス語で博士号を取る気満々だった私はいろいろと文献をあさることが好きだし、社会科学系の学術書はかなり好き。修士の頃から定期的に日本の社会科学系学術書も読んできた。その中にはどの国の人が読んでもおもしろいだろう、と思う良質な社会学の本や哲学書があるわけだけれど、なぜそれがフランスではなかなか翻訳されないのか?

それはイメージする日本と異なるので需要がない、というわけ。

もちろん上記したように翻訳者の数やらフランス国内における社会科学系の本の数なども関係するわけだけれど、けっきょくのところ、日本という国が未だにどこか「エキゾチック」なイメージをもたれていて、そしてそのイメージを崩したくない、という考え方があるからだろうと思う。

どのように日本のイメージが翻訳本によって構築されているのかは翻訳されている小説群を見るとわかりやすい。例えば、村上春樹はフランスでもあまりにも有名。その他には川上弘美とか。

ここで少しフランスの出版について注釈をつけておく。

小説においては、フランスは9月から10月あたりにかけて「文学の新学期」と呼ばれ、一斉にその年の新刊が発表される。毎年600ほどの新刊が出版されるらしい。これはクリスマス時期に向けた戦略的な意味といろいろな文学賞に向けた第一段階という意味がある。そしてランキングなどが発表されるわけだけれど、トップはほぼフランス文学。ただ、今年はそのトップランキングには村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が入っていたけれど、そういう感じ。

でもここでもうひとつ、発信すべき日本側の課題もあると思う。

学術書に関して言えば、それがほぼ「日本語」で書かれているということ。英語で発信する学者が増えれば、自然と翻訳本も増えていくと思う。

それから、構造的な問題。
実際にフランス側で日本のエージェンシーと仕事をしていて感じることは、エージェンシーにすべてを任せていて筆者だけではなく出版社もあまり海外市場について知らないのではないかということ。

エージェンシーに全てを託す方法は合理的な側面もありつつ、やはりフレキシブルにそしてスムーズに(けっこう対応の早さは重要)海外市場の動きに反応することを難しくしている側面もある。

海外市場に売り込もう、という勢いがいまいちない気がする・・・

なんとかそこを後押しするようなことができないかなぁ、と思う。

フランスの本棚にある日本の翻訳本に変化をもたらすと日本へのイメージというものもまた変わっていくだろう。

フランスの本棚を覗きながら、うーん、面白い本をここに一冊、あそこに一冊加えてあげたいなー。と妄想する。

#翻訳 #フランス #エージェンシー #日本 #出版 #学術書

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