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第122話 駐車場問題


わが家のマンションの理事会があった。僕は理事長だ。「名理事長」と3~4人に賞賛されている。そう持ち上げられて、通常1年で良いのに、今年も理事長をしているお調子者だ。

ここからは、固有名詞はすべて仮名で、念のため戸数も少し変えて記事を書く。

わがマンションは全25戸。ところが駐車場は22スペースしかない。3つ足らないのだ。

理由は、分譲時に『全戸駐車場完備』として販売したが、3スペースは【屁理屈】だったのだ。狭くて出し入れが不可能だったのだ。

5年前、僕たちが購入したとき、駐車場は「無し」だった。管理会社から「空きがでたら駐車を希望しますか?」と問われ「ハイ」と答えて【空き待ちリスト】に乗せてもらった。

わりとすぐに空きが出て、2台中1台の月極駐車場を解約した。

今現在マンションの駐車場は、満車。

ところが今現在、所有者が居住せず、第三者に貸している部屋が2戸ある。個人が所有者の1戸と不動産屋が所有者の1戸だ。

組合員の2戸が、敷地外の月極駐車場を契約。

なのに、賃貸で暮らしている非組合員の2名が、敷地内の駐車場を使っているのだ。

ここに不満が出て、最善の解決案を模索中なのだ。



◆5月の理事会

不満は昨年から聞こえていたが、自分の車は敷地内に停められている方からの発言なので、切羽詰まった訴えではなかった。「気の毒ではないか」というもので、大規模修繕工事を控えていて、そのうちにと先延ばしにしていた問題だ。

この問題が、5月の理事会で正式に提起された。

きっかけは、山村不動産所有の部屋を賃貸で借りて住んでいるHさんの、素行の悪さだった。

駐車場の柱側を大きくあけ、逆隣の方の白線ギリギリに停める。

その結果何度も自車のドアを、隣の車にぶつけている。傷がたくさんついた。ドライブレコーダーにドアがぶつかった音と映像があり、警察に被害届を出すが、ぶつけられ傷はたくさんあるために、そのドライブレコーダーの傷がどれか特定できないから証拠にならない(警察も不努力すぎるが、話がそっちに行くと戻るのが大変なのでやめる)と言われる。

被害者側へ寄せて停める理由は、大きくあけたスペースにタイヤを置きたいからと考えられる。何も置いてはいけないのに、タイヤを置いているのだ。そして管理会社が注意しても片付けない。

このHさんは、ほかにもいろいろと問題をおこしている方なのだ。


この問題提起は座間さんだった。

車をぶつけられている方に相談されたらしい。



僕が、インターネットで調べた結果と、管理会社の担当者の意見が同じで、現在多くのマンションでは、賃貸で貸す場合は駐車場の権利がなくなる。それが現在のスタンダードだ。

当然、理事会では「そうしよう」となり、たまたま大規模修繕工事の関係で臨時総会が7月にある。その臨時総会で決をとり承認を得よう、となったのだった。



◆臨時総会

臨時総会の通知書に、この駐車場問題を議論すると、詳しく書いた。

そうしないと、あとから「謀られた!」と騒ぎ出すだろう。普段は、山村不動産も、個人で貸している下畑さんも、総会には出席しない。委任状が提出される。

通知書を読まずに委任状が出る可能性もあるかと思ったが、そのようなことはなく、下畑さんが山村不動産に託された委任状を抱えて出席した。

作業着を着ている。目が血走っている。身体もデカい。明らかに戦闘モードでの参加だ。


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肩慣らしのつもりか、下畑さんは、駐車場問題とは別の議題で発言した。

「これは、運用のことことか決めんと、それもわからんうちに決なんか取れんぞ!」

大声だ。大声で、かつ理屈っぽい言い方だ。理屈っぽい言い方は「オレはバカじゃない。知識も豊富なんだ」というアピールの臭いがした。

ただ、その直前の話を聞き洩らしていた。

「ええ。その通りです。今、業者さんと綿貫さんが話した内容が、まさにそれでした」と、司会を務める僕は、そういうしかなかった。



駐車場の議題になった。この日のメインディッシュだ。

真っ先に下畑さんが発言した。


「おたくらは知らんかもしれんが、オレはマンションの、工事中、に契約したんだ!」

「ほら! 新築時のパンフレットだ!」

「既得権益を叫びたいわけじゃない!」

「俺は、山村不動産と違って、営利目的じゃない!」


僕は、すべてに「なるほど~」「そうですね~」「そうですか~」と必ずYESを返した。

これはなにも、下畑さんが興奮しているからではない。僕が僕に課した【議長の原則】なのだ。

・議長は、自分の意見を控える

・自分の意見と違う意見で決まっても、それで良しとする

・票が割れたときのみ意見を言う

このように、自分に課しているからなのだ。

議長(理事長)が会を私物化するつもりは一切ない、というスタンスをはっきりと表したいから、昨年からず~っと心がけてきた。


ゆかりちゃんは終始うつむいている。

僕とゆかりちゃんと、管理会社の森君が会議室の1番前で、ほかの方たちと向かい合って座っている。いわゆる司会者席だ。

下畑さんの剣幕が、ゆかりちゃんは怖いのかもしれない。

僕は、(これはコントだ!)と思っていた。ツッコミどころだらけじゃないか!

さすがに議長だから、一切ツッコミは入れなかったが、ウズウズしてた。



いつもたくさん発言する綿貫さん。冷静に、丁寧に、しかし自分の意見をハッキリという知性派の綿貫さん。あなたも新築で購入の、最古参ですよね。

なぜだまる?


問題提起した、座間さん。隣が下畑さん。なんか小声で話してますけど、問題提起したのは座間さんですよ~。僕のような空気、作ってませんか?

「法人と個人では、違うかもねぇ」


え?え?え? 

下畑さんと山村不動産を分断させる、そういう作戦?


ただ、この発言で、下畑さんが少しトーンダウンした。

自分が貸す部屋が【駐車場なし】は嫌だ。そして、法人はダメでも個人は可なら自分は助かる。しかし、委任状を託されている山村不動産は法人だ。このまま決まったら、山村不動産に、どう説明すればいいだろうか?

そんなことを考えているように見えた。


「管理組合で、足らない3つの駐車場を借りて【全戸駐車場完備】にした方が良い」という案を、下畑さんはひねり出した。

確かに、そういう方法もなくはない。


僕は、用意していた資料を配った。

「これはあくまでも、世間一般の話です」と繰り返し言いながら配った。

その資料は、駐車場使用細則のヒナ型と、あるインターネットの記事だ。どちらも、読めば『部屋を貸す所有者に駐車場の権利はない』ことがわかる。どちらも、それが前提になっているのだ。それが当たり前になっているのだ。

そのような、前回の理事会で決まったことの妥当性を示す【客観的資料】を配っても、「ならば!」とか「やはり!」とは、誰も言い出さなかった。

再度、目が血走ってきた下畑さんを、ゆかりちゃんがなだめた。

「下畑さんが言いたいのは、敷地内にこだわってるんじゃなく、駐車場なしになると、不動産価値が下がるということですよね。敷地外の駐車場でも、あると【駐車場有り】という物件になりますもんね~」

すると、下畑さんの赤い頭が(下畑さんはほぼハゲなのだ)、ス~っと普通の肌色になった。


なんってわかりやすいんだ! 堪えろじょーじ! 笑っちゃあかん!


結局は、急ぐことでもないし、ほかの議題も保留だったし、それらすべてを「さらに理事会で検討すべき」となった。


下畑さんも、はじめは完全に決めつけていたと思う。

「おそらくは理事長が、賃貸で貸している者が総会に参加しないことを見越して、その上で強行採決しようとしている」

と、そんなふうに決めつけ、勢い勇んで乗り込んで来たのだろう。

その誤解は、解けたと思う。

少なくとも、「話し合いはちゃんと、民主的に行われていた」と感じてくれたはずだ。

ただ、首謀者は僕、と思っている確率は高い。



◆ゆかりちゃんとの会議

この日の夕食後は、ごく自然に、この駐車場問題が話題となった。

ゆかりちゃんの「笑えて、顔を上げられなかった」という驚きの告白から、夫婦ふたりの会議が始まった。


僕たちの会議は、爆笑だらけだった。以下は、すべてゆかりちゃんの言葉だ。

「なに? 建設中に買ったって? だからなに?」

「パンフ、持ってくる?」

「ヒラヒラさす?」

「既得権益? 叫びまくりやん!」

「営利目的じゃない? 家賃とってて?」


大爆笑だった。

やはり、おなじツッコミを入れてたんだ~。そ~だよなぁ~。


それでも、まじめにどうすると良いか考えて、【居住せず第三者に貸す場合は駐車場の権利を失う】には、賛成者は少ないだろうと考えた。

頼りの、綿貫さんや座間さんが、あんな感じなのだから。

みんな、事なかれ主義なのだ。よく言えば優しいのだ。ま、仕方ない。

ならば、足りない分の駐車場を管理組合で借りる案が、波風立たなくていいのかもしれない。

僕とゆかりちゃんは、「僕たちの意見は、どうしても意見が割れたときのみ言う」を再度確認した。

みんなで決める。それをサポートする。そこに徹するのだ。



◆お待たせしました 今回の理事会

長い長い、前提がやっと終わりました。

ここからが、今回の理事会です。

僕は、上記のゆかりちゃんとの会議、で話した案を、たたき台として提示した。

「管理組合で、足らない戸数の駐車場を借りる。もちろん駐車場代はいただきますが、敷地外になるので、敷地内より少し安価にする。差額は管理組合の負担」という案だ。


すると、綿貫さんが「反対」という。

「私は『居住せず第三者に貸す組合員はは駐車場権利を失う』が妥当だと思います。管理組合が外に借りる必要はない」と言うのだ。

座間さんもだ。



現在、賃貸で住んでいる方はそのまま駐車場を使えるが、居住者が変更すると、新ルールが適応される。これが理事会の結論になった。

お気づきだろう。下畑さんは今期の理事ではない。つまり、理事会には参加していない。


この結論を、3月の定期総会で問うことになる。



◆理事会終了

車に乗ったゆかりちゃんの第一声。

「こっすいわ~!!」


ズルい、とか、せこい、という意味である。


「下畑がいるときに言えよ~」

「結局、理事長のわたしたちが、言わなアカンやん~」

「わたしや、じょーじが、下畑さんに刺されたら、どーすんのよ~」


一気にぼやいた。

僕も、まったくの同感だ。でも、僕はそんなに下畑さんが怖くないので、ゆかりちゃんほど怒ってはいない。

今回、ちゃんと総会に参加した。そして、理屈を言うタイプだ。そういう人は、結構まともだと思う。もし下畑さんが、無口で何を考えているかわからないタイプなら、その場合こそ警戒が必要と考える。

なんせ下畑さんは、頭の色で怒りのレベルがわかるから、だから大丈夫だ。

真っ赤なら逃げればいいのだ。



部屋につき、ゆかりちゃんは

「じょーじ、今日は、良くやった! 飲んでエエでぇ~」

と、そう言って缶ビールを渡してくれた。


お酌はしてくれんの? なんて僕は言ったりしない。思ってもいない。


冷たいビールを渡してくれた、そんなゆかりちゃんに感謝だ。


僕は、僕の前では素をさらす、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。



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