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恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その5】

下書きです。
あとで書き直します。


平成18年(2006年)

1.ひまり26歳 ボンドガールにはなれないけど
・2年後、8月

その日は特に暑かった。真夏という理由だけではない。異常な混雑が、その暑さを何倍にもしていた。入国手続きが、通常の3倍以上の時間がかかり、それでもまだ終わらないのだ。

ヒースロー空港のセキュリティーが、最高レベルに引き上げられた。
緊急事態だった。

ひまりに入った情報の中で、信ぴょう性が高そうだと思うのは、テロの犯人が逮捕されたというものだった。しかし、「飛行機に乗り立てこもった」とか、「自爆が失敗だった」などと、情報が錯綜していた。何が真実かは分からなかった。

イタリアのミラノから、ここ、イギリスのヒースロー空港に到着した、ひまりたち【ゆ会】の一行は、ストレスの限界点に達しつつあった。

液体は全て没収された。ノドが乾いても水分補給がままならない。

こんなことは、ひまりにも初めてのことだった。マニュアルにも載っていないし、会社に問い合わせても、誰も対処方法を教えてはくれなかった。対処の方法を分かる者などいないのだ。

「現場判断で何とかしろって、どうしたらイイの?」と、ひまりの口からも、つい弱音が出てしまう。

1人の女性が、ひまりに近づいてきた。

「隊長。ホテルに着けば、化粧水ってありますか?」とひまりに聞いた。

今回宿泊するホテルのアメニティーグッズに、化粧水は無い。これは大変だと、ひまりもも気づき、目をカッと見開いた。この空港でのトラブルを乗り越えホテルに着いたとしても、女性のお客様たちが困ってしまうことが確定しているのだ。

今、何か対策を考えなければ……。

テロ犯が逮捕されたという緊迫の異国において、観光客が個人で移動することは控えさせたい。この状況の危険度を性格に把握できない以上は、ホテルからの外出禁止を伝えることになるだろう。

ひまりは、化粧水の問題と、それに加えて、液体を没収された不具合を考えた。
すぐに、第三の案が浮かんだ。

「みなさ~ん。隊長の声が聞こえるところに集まってくださ~い」と、ひまりはお客様に声をかけ集合を求めた。空港内は異常な混雑で、メンバーは散らばりようがなかったため、すぐに16人全員が集まってくれた。

「ご覧の通り、テロ事件があって、このロンドンは今、大変な状態です。そして、私たちは液体という液体を、全て没収されてしまいました」

「そうだよ~。せっかくワイナリーで買ったあのワイン。楽しみにしていたのに~!」
「空港の検査員たちが、絶対に、あとで飲むのよ。悔しいわ」
「悔しい~!」

アチコチから不満が溢れた。もっともな意見で、ひまりも同意しかない。
「ワインは、本当に悔しいです! そして女性は、化粧水が没収されて大変なのです。男性のみなさん、あなたの愛する妻が、その美しさを失いかねない危機に陥っています!」

「さすが隊長! 良く気づいたね~」
「ホント、隊長、凄いわ」

「任せてください! …って言いたいところですが、気づいたのは鈴木さんです」

「鈴木さん、ありがとう~! でも本当、大変!」
「ホテルに行ったら、化粧水ってあるの~?」

「ホテルのアメニティーグッズに、化粧水はありません」と、ひまりは言い切った。

「ホテル内とか、ホテルの近くに、コンビニとかって、ありますか?」

「今回のホテルの近くには、コンビニもドラックストアもありません。今、真偽は分かりませんが、テロ犯の何人かが逮捕されたという噂うわさがありますので、正確な状況が分かるまでは、ホテルからの外出を控えていただきたいのです」

「え~、じゃあ今夜は化粧水なし~?」
「それは困る~」
「困ります~」
「隊長~、どうにかなりませんか~」

「はいっ! そこで、です!  私たちの仲間の中には、つまり皆さんの中には、私なんかより遥かに知恵のある男性陣が、実にたくさんいらっしゃいます。気配り上手なミセス&レディースも、実にたくさんいらっしゃるワケです。皆さんで、この問題を解決する具体的な方法を考えて、どうか捻りだして欲しいのです!」

困った時には、困りましたと声を上げる。
手伝ってほしい時には、手伝ってと、ちゃんと言葉にして伝える。
経験を重ね、トラブルやピンチを繰り返し、必死で乗り越えて、やっと見つけた1つの真実だった。それは、ひまりの【掟】の1つとなった。

自分1人で考え、何とかしようなんて、下らないプライドでしかないのだ。事実、お客様は、知識も知恵も処世術も、ふんだんに持っているのだった。

「どうせ、足止めされてて暇なんだし、イッチョ考えてみるか」と小林さんが言った。

世話好きの渡辺さんが、4人の班を4つ作って、「あなたがこの班の班長ね」と、仕切り出していた。すると、それぞれの班が、まるで文化祭の打ち合わせみたいに、楽しそうに意見を出し始めた。

ひまりは、4つの班を巡回した。法的な観点と、イギリスの慣習などを考慮して、実行不可能な案を潰して回った。無駄を省く目的でもあり、嫌われ役は自分がやるしかないという覚悟でもあった。

渡辺さんが班を作ったことで、この巡回がスムーズに行なえたのだった。
とてもありがたかった。

* * *

ひまりは、ある班の意見を聞いていた。

「うん。やりましょう! 会社に言うと『ダメ』って言われますので、会社へは報告も相談もなしで、やっちゃいます」

「イイんですか?」

「ええ。法的には何の問題ありません。ただ、旅行業界のルールでは、完全にNGです。しかし今は異常事態です。さっき、現場判断で何とかしろって会社に言われたので、この案は隊長責任でGOです」

「なるほど~! 隊長、男前っすね~」


ひまりは、全員に聞こえる大声で言った。

「みなさ~ん。隊長に注目してくださ~い!
 このあと私たちが乗るバスの運転手さんに、『ホテルまでの途中で、スーパーマーケットに寄ってください』と頼んでみま~す!」

「おお~!」
「ナイスアイディア!」
「できるんですか?」

「本来は、ダメで~す!」

「ええ~、ダメなの~」

「そして、ここからが本題です!
 おそらくバスの運転手さんが断ります。何故ならそれは、運転手さんにとってルール違反になるから。
 そこで、みなさん!  今度は、『どうやって運転手さんを説得するか!』です!  これを、各班で考えてくださ~い!」

* * *

バスが空港を出発してから、5分は確実に経過していた。

みんなで考え、練りに練った作戦を、いよいよスタートさせる。練習などできるハズもなく、本番1発のみの挑戦なのだ。

さすがに、ひまりも緊張していた。

ひまりは、後部エリアの座席から立ち上がる。
近くの仲間たちから、アイコンタクトのみのエールが届いた。

運転手に歩みよると、ひまりは、流暢な英語で、
「プリ~ズ。運転手さん。途中、スーパーマーケットに寄ってください。お願いします」と言った。

「No…」と、いたってシンプルな答えが返された。

イギリス人男性の見本のような、ブロンドヘアで、長身でハンサムな運転手に、ひまりは少し圧倒されていた。

何故かとっさに、ホンの少しだけお色気を加えた方が良いかもと、魔が差してしまい、腰がクネクネとかすかに動いてしまった。

ひまりは、あえて空けてあった運転席のすぐ後ろの席に、そっと腰を下ろした。そして目を閉じて、自分の腰の動きには誰一人気づいていませんようにと、神に祈った。

運転手さんには、まず、ストレートにお願いする。
これが『作戦A』だった。

お色気作戦などは、誰一人、提案などしていない。ささやいてもいなかった。スーパーマーケットに寄ってもらうことは、みんなの真剣な、切なる願いなのだ。

ひまりの脳内では、
イギリス人男性、ブロンドヘア、高身長、車(バスだが)、ミッション(スーパーに寄るだけだが)、女性(私だが)、
というキーワードが搔き集められ、無意識の領域で007ダブルオーセブンを絡めた妄想を行なっていたのかもしれない。

私は、ボンドガールに憧れたことがあったな、とひまりは思い出し、反省した。
ここはサッサと『作戦B』に移った方が良さそうだと、ひまりは思った。

『作戦B』の実行担当者は、島田さんだ。

ひまりとアイコンタクトを交わした島田さんは、運転手さんとの交渉のため、ひまりと席を変わった。ひまりは、次以降の準備があり後方に戻る。

島田さんはイギリス英語の達人だった。52歳の男性弁護士で、「説得なら、うちの主人は超一流です」と、奥さんが堂々と太鼓判を押す程なのだ。
ひまりのツアー客、つまり【ゆ会】のメンバーのご夫婦は、皆、夫婦仲が良かった。島田夫妻も、おしどり夫婦なのだ。

島田さんは立ち上がり、運転手さんに話しかけた。
「紳士のあなたに、ひと言だけお話しさせてください」と、それは、とてもキレイな発音だった。その言葉は、とてもソフトな響きで、島田さんこそがジェントルマンだと、ひまりは思った。

「女性たちが、化粧水を没収され困っているのです」と、「女性たちが」の後で、充分な間を取り、話した。

「おお、それは気の毒だ」と、運転手さんは言った。

染谷そめやさんが、島田さんの隣にスタンバイしていた。
染谷さんは30代前半の美しい女性だ。ストレートの黒髪も美しく、常に天使の輪が見える。ジャパニーズビューティーの代表と言っても過言ではなかった。このツアーには夫婦で参加していて、この作戦は染谷さんのご主人が発案だった。

染谷夫人が動いた。『作戦C』の実行だ。

「これは私からのチップです」と、10ポンド紙幣が手渡された。
「安全運転をお願いね」と、キレイな英語で語られ、ジャパニーズビューティーの爽やかな笑顔もプラスされた。

すかさず数人が、「私もチップをあげたいね」などと言い出した。「チップ」「チップ」という声が、アチコチから聞こえる。この時、島田さんと染谷さんは素早く、かつ、さり気なく席を交換していた。

すぐに、『作戦D』を実行する。
後方のひまりが、大きな紙袋を持って運転手さんに近づいた。

「どうぞ、日本製のお菓子です。これは私達から、お子さんへのプレゼントです」と、明るく爽やかな英語で言った。ひまりは『作戦A』の推敲中に、運転手さんの家族写真を発見したのだった。それで「お子さんへの」というアドリブを加えたのだ。

ひまりは、上手に袋の中身をチラと見せて、それから紙袋を渡そうという素振りを行なった。源氏パイ、コアラのマーチ、うまい棒、サブレやフィナンシェなど、そのカラフルなパッケージを、運転手さんは、チラリと見た。

冷静さを取り戻したひまりは、今度は、素晴らしいアドリブ能力を発揮したのだ。

ハンドルを握る運転手さんが、大きな紙袋を受け取れるハズもなく、困惑するのは計算済みで、「後ろの席の私が預かります。最後にお渡ししますね」と、運転席の後ろに座っていた染谷さんが、タイミングよく声をかけた。バックミラー越しに運転手さんとアイコンタクトも交わしている。

運転手さんが、「コク」っと頷くのを見て、ひまりは紙袋を染谷さんに渡し奥へ移動した。

日本製のお菓子は、ここロンドンでも「とても美味しい」と評判なのだ。知る人ぞ知る、外国人ウケが最も良いお土産は、日本製のお菓子だった。

子どもが喜ぶ様子を、運転手さんはイメージしたことだろう。その表情が変わり、明らかに喜んでいるのが見てとれた。
運転手さんは、ひまりの腰には食いつかなかったが、日本製のお菓子には食いついたのだ。

「しかし、ルールがあるのだ」と、運転手さんが呟いた。

ひまりは、このツブヤキを聞き、逆に、イケると思った。

『作戦F』が行われた。

島田さんが運転手さんに近づき、「ミスター、ブラウン」と、運転手さんを名前で呼んだ。きっと目ざとく、ネームプレートでも見つけたのだろう。

「この女性たちの、ヒーローになって欲しいのです」

「Hero?」

「イエス」

「・・・」

この「Hero」という単語が決め手となった。

「OK、スーパーマーケットに寄ってあげよう」

バスの中が歓声に包まれた。
ダメ押しになってしまったが、『作戦G』も行なわれた。

ジャパニーズビューティーの染谷さんに、みんなが続いて、——本当はあらかじめ準備してあったのだが——全員分のチップが集まったのだ。
それがブラウンさんに渡された。小さな紙袋に、ポンド紙幣が、それなりに入っていた。

「これがチップかい?  ワイロのような金額だ」

「いい、ジョークですね!  でもこれは、私たちからのささやかなチップです」と、島田さんが、丁寧に説明した。

* * *

一行は無事に、ホテルに到着した。
途中、寄ることのできたスーパーマーケットで、各自、必要なモノは購入済みだ。みんなニコニコしていた。

それは、化粧水や、その他必要なものを購入できたという安心感と、自分たちは不可能と思うほどのミッションを、見事クリアーしたのだという高揚感とが入り混じっていた。
初めての複雑な快感に、ひまりは少し戸惑った。

全員が、バスを降りるときに、ブラウンさんにお礼を述べた。
最後に、染谷夫人が大きな紙袋のお菓子を渡し、ブラウンさんは、それを大事そうに抱えた。

ブラウンさんも、満面の笑顔だった。

* * *

一行は、4日間のイギリス観光を終えた。

バスでの移動が多く、その場合のバスの運転手は、常にブラウンさんだった。
途中からはブラウンさんも、ほぼ、【ゆ会】のメンバーとなっていた。奥さんのナタリーは、背の高いスラっとした正統派の美人で、一人娘のオリヴィアを溺愛しているなど、そういう情報は、メンバー全員が知っていた。

島田さんも、運転席に置かれていたブラウンさんの家族写真を見つけ、それについて色々と会話を膨らませた。その情報がみんなにも共有されたし、多少の英語ができるメンバーは、ブラウンさんに気さくに話しかけた。

ブラウンさんも、みんなにドンドン話しかけてきて、途中からは、状況が許す場合は、観光施設も一緒にまわってくれた。ブラウンさんのガイドは、とても評判が良かった。ユーモアたっぷりの解説をしてくれるのだった。

そんな旅が終わり、バスはこれからヒースロー空港へ向かう。

出発前。
ブラウンさんは、ひまりに、こんなお願いをした。

「空港で見送りをしたい。みんなを降ろしたなら、バスをパーキングに止めて、僕は見送りに行く。あなた達のドライバーができて、僕は、本当に楽しかった」
「パーキングに停めるなんて…」

「ああ、ご心配なく。パーキング代は自分で払うさ」
「そうではなくって、ルール違反でしょ?」

「ハハハ~! スーパーマーケットに寄るよりは、罪が軽いよ」
「ナイスジョーク! 分かったわ。サンキュー、ブラウン」

「あなたの、ひたむきさに、僕は心を打たれたんだ」
「…ひたむき」

「Thank you」
「to you too」

ひまりは、ありがたい、と思った。
ドライバーさんが見送りに来てくれるなんて、こんなことは初めてだった。

胸の中心が、ジワ~っと熱くなる。鼻の奥がツンとして、あわててブラウンに手を振り、クルリと背を向け歩き出した。

* * *

空港に着いた一行は、スーツケースを預けるための列に並んでいた。数人は、もう預け終えている。
染谷夫人の荷物は、追加料金が必要となり、仲間たちから「買いすぎだ~!」とか「セレブ買いだ~!」などとイジられていた。いじられている染谷夫人も、そしてご主人も、とても楽しそうに笑っている。

そこへブラウンさんが現れた。なんと、奥さんとお嬢さんも一緒だった。

「妻のナタリーと、娘のオリヴィアです」と、ブラウンさんが紹介した。

皆がワーッと、ブラウンさん家族を取り囲んだ。
おそらく、皆、感動していたのだと、ひまりは思った。そんな空気に包まれていた。

オリヴィアちゃんは、きちんとドレスアップしていた。
髪は、濃い茶色のボブカット。天然パーマらしくクルクルしている。
ひまりのヘアスタイルに、よく似ていた。
ナタリーさんは、まるでモデルか女優のようだった。高いヒールが良く似合っていた。

「かわいい~」
「オリヴィアちゃん、いくつだっけ?」
「確か6歳だよ、バスの中でそう聞いた」
「クルクルの髪の毛が可愛い!」
「奥さんも、超~美人~!」
「奥さん、背が高い!」
「脚が長い! 隊長も脚長いけど、もっと長いね~」
「美男美女のカップルだね~」
「お似合いだわ~」
「オリヴィアちゃんが、可愛いワケだ~~~!」

女性陣を中心とした絶賛が続いた。
島田さんは、さり気なくブラウンさんとナタリーさんの間に入って、みんなの日本語を通訳していた。

「オリヴィアちゃんが、みんなにお礼が言いたいそうです」と、島田さんが言った。

ブラウンさんにうながされて、オリヴィアちゃんは1歩前に出た。
英語で、「日本のお菓子が、とても美味しかった。みなさん、ありがとう」と、照れながら言った。

パチパチパチと、自然に拍手が起こった。オリヴィアちゃんは恥ずかしそうに、ブラウンさんの脚に抱きついた。

ひまりが、オリヴィアちゃんへ駆け寄った。しゃがんで、片膝をついて目線を合わせた。オリヴィアちゃんの手を握る。

「ありがとう。私たちは、あなたのパパに助けてもらったの」と言った。

ひまりは、視線を上げて、ナタリーさんを見つめた。青い瞳が美しいと思った。
ナタリーさんが羨ましいと思った。なぜか幼なじみの恵のことを連想した。色は違えど、2人とも美しいストレートのロングヘアーだ。

もう一度、オリヴィアちゃんと眼を合わせた。

「あなたのパパは、私たちのヒーローなの」と、笑顔で伝えた。

オリヴィアちゃんは、ブラウンさんを見上げた。
そして、はにかみ、ひまりと目を合わせ、「Thank you」と言った。

2度目の拍手が起こった。





その6へ つづく


※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第1532話です
※僕は、妻のゆかりちゃんが大好きです


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