ひたすらと、優しさと、純真無垢と…

◆プロローグ

「そうなの~。那覇で乗り換えるだけなの~」

「はあ? ひがちゃん、あんた実家にも寄らないワケ~?」


「沖縄が恋しすぎてガマンの限界なのよ~。で、ほら私、離島には1度も行ったことがないからさ~、一石二鳥って思ってさ~」

「ふ~っ。まあ、申し込んだのなら、しょうがないね~。でも、私との約束は守ってよね?」


「それは大丈夫! いずれは沖縄にちゃんと帰って、めーぐーとビジネスするさ~。東京で最先端のビジネスを学んで持って帰るから、まかせて~」

「はいはい、じゃあ、宮古島の民宿。楽しんできて~」


ひがちゃんは、真新しい受話器を丁寧に置いた。
先週末に買ったばかりの電話は、可愛いプッシュホン式でリダイヤル機能も付いている。

「ハイは、1回でイイや~ん」と小言を言いながら、ひがちゃんはあらためて、宮古島ツアーの日程表を見た。


◆宮古島


佐々木は、うたた寝から目覚めた。
原因は、後ろの座席の若い女性の声。

朝、羽田を発った那覇行きの機内。
寝不足と二日酔いで頭が痛く、読みかけの西村京太郎をあきらめ目を閉じたのだった。

20歳前後と思われるの若い娘が、となりの席の老女と会話をしている。
その声が、とにかくデカイ。

「あきさみよ〜! じゃあ、オバァはやんばる人なわけ~⁈」

当人は大声という自覚がないようだ。
「機内は、おまえの家ではなく公共の場だ」と、いつもなら説教の1つでもするところだが、今は佐々木に、その気力はない。

弾けるように若く、明るく元気な女性は、おそらくは訊ねられてもいない身の上話を、勝手に老女に熱心に語り出した。

「農業体験があるの」
「ホテルじゃないのよ~、民宿」
「あえての民宿って、そこがイイのさ~」
「沖縄本島の実家には寄らないの、時間がないからね~」
「沖縄が恋しくって恋しくって、ガマンの限界」
「高校出て、東京に行ってもう3年さ~。うん、1度も帰ってない」
「はじめての帰省なんだよ~」
「実家じゃなく、宮古島に行くのだから”帰省”って言わないかー!」
「アハハハ~!」

佐々木は思った。
(この娘、同じツアーに参加しているのではないか…)

やはり、このツアーはキャンセルすれば良かったと佐々木は悔いた。
一緒に来るはずだった恋人のカオリが、当日の朝にドタキャンしたのだ。

(母親が倒れたって、本当かなあ?)
(たぶん、ウソだな)
(この前の誕生日プレゼント、けちったのがマズかったかなぁ)

スナックで働くカオリを口説いて、夜を共にしたのが3か月前。
遊びのつもりだったが、今では佐々木の方が夢中になっている。

急成長の販売会社で、同期の中で1番の出世を果たした。もちろん、他人の2倍以上働いた自負がある。結果は3倍出した。
意気揚々と独立起業をしたものの、ついてきた2人の部下に会社を乗っ取られた。全部任せたのが間違いだった。

そこから佐々木の、人生の歯車が狂い出す。

「そもそも、年収2000万円の立場を捨てたことが私には信じられない!」
「あなたはトップの器じゃないのよ」
「会社を辞めるのも勝手に決めて、勝手すぎるわ!」

妻は、そう言って佐々木を責めた。
大ゲンカし、1年間の別居を経て、結局は離婚した。子どもがいなかったのは不幸中の幸いだと思う。
別居中の浮気を、まるで待ち構えていたかのように興信所に調べ上げられ、慰謝料をたっぷりと持っていかれたのだった。

人間不信に陥り、もう、会社を作る気力はない。
なんとか法務局へ行って開業届を出し、個人事業主として営業コンサルタントを始めたが、収入は以前の10分の1に激減。

それから5年が過ぎ、最近やっと、副業のアルバイトが不要になったのだ。

工事現場の路上での警備や、運送会社の仕分け作業。そんなアルバイトをしないと、生活ができなかった。
知り合いに見られたなら恥ずかしいし、情けない・・・。
こんな時に、電車に飛び込みたくなるのかぁと、変に納得した夜もある。

38歳で、まだまだ男盛り。本来なら働き盛りでもある。

不思議と、離婚後も女が切れることはなかった。長続きするわけではなく、別れてもすぐに恋人ができるのだ。
今の佐々木に金はないのだが、金遣いの荒い、良く言えば気前のイイ男というニオイは残り、漂っているからなのかもしれない。

(きっとカオリも、別れた妻と同じだ)
(オレを好いているのではなく、オレの稼ぐ金を好いているだけさ)
(ふっ。今のオレには金なんてないんだけどな)
(きっと、それがバレたのだろう)

それが佐々木の分析だった。


* * *


青い空とハイビスカスの赤。
関東はまだだが、沖縄はすでに梅雨明けしていた。

太陽の日差しが真上から注ぐ。
空はまるで、ポスターような色をしている。鮮やかすぎる青だ。


スケッチブックを、頭上に掲げている青年がいた。

民宿島袋

と、かなり下手な字で、マジックで書かれていた。


背の高い青年はキョロキョロと周りを見ている。その横に、まるでシーサーみたいな顔の老人がいた。

若い娘がハツラツに動く。
スキップをしている。

「私~、 ひがちゃんで~~~す!」

佐々木は、自分の読みが正しかったと少し得意になり、そして、(喜んでなんかいられないぞ)と警戒した。

(あの娘はきっと、なにかとオレの神経を逆なでしそうな気がする…)

そんなことを思ったとき、「ササキサ~ン、いませんか~!」という呼びかけの声がした。
あの青年だった。一瞬、無視しようかと考えたが、青年の声が徐々に大きくなり、佐々木はあわてて名乗り出た。

「佐々木です」

「わ~! ササキサン、いらっしゃいませ~。長旅、お疲れ様で~す」
青年は愛想よくしゃべるが、となりの老人は無口だった。
ニコニコしている。シーサーが笑うとこんな顔になるのだろうと、佐々木は思う。

「ササキサ~ン、もう1人の方は?」

「あれ? 羽田から電話したけど? もう1人はキャンセルですよ」

老人がニコニコ肯いている。それで若者も納得したらしい。
どうやらこの民宿には【連絡】という概念がない。

(これは先が思いやられるぞ~)
(やはり来るんじゃなかった、羽田でキャンセルすれば良かった)
(なぜ沖縄の海でも見てやるか、なんて思ったのだろうか。くそっ~!)

と、佐々木は心の中で毒ついた。


「あと、田辺さんは~」

「はい。田辺は私です」


「田辺さん! いつの間にいたのですか? 全然気づきませんでしたよ~」

「こんにちは」


「オジィ、みなさんそろったよ」

「んん~」


「みなさ~ん! 僕について来てくださ~い!」

「レッツゴーで~す!」


「ハハハ、ひがちゃんは可愛いだけじゃなく、元気なんですねー」

「そんな、可愛くて美しいなんて、本当のこと言ったら照れるさー!」


佐々木にとっては、ひがちゃんという若い娘が眩しすぎた。
少々、鬱陶しいと思うのだった。


◆ワーゲンバス


民宿の車は、真っ赤なワーゲンバス。

ひがちゃんが、そのワーゲンバスを見て、
「な~に~い! めっちゃカワイイ~んだけど~~~!」と喜んだ。

運転席には青年ではなく、シーサー顔の老人が座る。
青年は、助手席から身体を180度ひねり、話し出す。

「みなさん、今回は僕たちの宿、『民宿島袋』を選んでくださって、ありがとうございま~す」
「僕は、エイショーと言います。よろしくお願いしま~す」

「よろしくね~、エイショーくん」


「ひがちゃん、ありがとうございます~」
「運転しているのが、僕のオジィです」
「宮古島では、”オジィ”は愛を込めて呼んでいる言葉なので、みなさんも『オジィ』と呼んでください」
「ということで皆さん! 民宿までのこの車の中で、自己紹介を済ましちゃいましょう~!」

「イエ~イ! イイぞ~、エイショーく~ん!」


「ひと回り目は、名前と年齢だけにしてくださいねぇ~。それ以外の話題はふた回り目以降にしましょう」
「じゃあ、ひがちゃんからどうぞ」

「どうぞって、私から~? 聞いてないさー」
「ったく~。ええっと、私、ひがちゃんです。自分で『ちゃん』を付けて呼んでいますが、これ、本名じゃなくアダ名なんです~。なんでかは、ふた周り目で語るかもしれませ~ん。歳は、レディーに聞いちゃダメなんで~す」
「よろしくお願いしま~す」


「では、次は私が…。私は、田辺憲一朗です。生粋の江戸っ子で、歳は55歳です。あ、江戸っ子って言っちゃった、ごめんなさい」

「え~! あきさみよ〜! ゴメンね田辺さん、私、70歳くらいかと思ってたさ~」


「ひがちゃん、私は年齢を気にする”レディー”ではないので、なんの問題ありませんよ~」
「それに、このガリガリの身体と、この顔のシワでは、私も老人に見えますから」

「わははは~! 田辺さん紳士~ィ! やさし~い!」


「ええっと、最後は僕ですね。佐々木です。下の名前は別にいいでしょう。35歳です」

「え~! 逆~! 30代には見えなかった~、若い~!」


自己紹介がふた周り目に入ろうとしたときに、ひがちゃんが叫んだ。

「海だ~~~!!!」
「ああ~~~、最高~~~!」
「みなさ~~~ん! 海で~~~す!」

それからは、自然に雑談となり、エイショーとひがちゃんがしゃべりまくった。ほかの3人は、ほとんど聞いているだけだ。

オジィは、聞いているのかいないのかよく分からない顔。うっすらと笑顔だ。もしかするとオジィは、真顔が笑顔なのかもしれない。

田辺は、眼を開きシッカリ聞いている。笑顔は少ないが、イヤな雰囲気ではない。楽しんでいるように見えるといえば見える。

佐々木は、さも面白くないという顔をしている。目を閉じることが多いが、時折り会話に反応するから、聞こえてはいるみたいだ。

とある民家の横の、畑に車が入ってゆく。
そして、ワーゲンバスは停車した。


◆農業体験


宿に着いたのだ。

宿といっても、普通の民家。本州の人間には変わった古民家に見えた。
広い縁側が玄関を兼ねているような作りだ。赤瓦がいかにも南国風の味わいで、青い空に映える。

各自の泊まる部屋や、トイレやお風呂などをひととおり案内される。
食事をするのは雨が降っていなければ「畑で」、という説明だった。
都会風に変換すると、「食事は基本、ガーデンで食べましょう」という感じなのだろう。

決して洗練はされていないが、しかし不思議と野暮ったくはない。
それは、南国の雰囲気のなせるわざだろう。

ここは本州から遠く離れ、沖縄本島からもさらに300㎞も南西の島なのだ。


「さっそく、農業体験に行きましょう~!」

エイショーが明るく言うと、


「やったー! これ、楽しみだったんですよー!」

と、ひがちゃんがリアクションを返した。


めずらしくオジィが発言する。

「〇$▼ー※¥◎~◇」


オジィの言葉は、小さくて聞き取れない。
それに加えて、かなり年季の入った宮古島の方言だ。聞こえても意味は分かるまい。もしかしたら、ひがちゃんでも分からないのかもしれない。

エイショーは、少し驚き抵抗を示した。
やがて、どうにか納得したらしい。


「え~、実は昨日、台風が近くを通過しまして、うちの畑のビニールハウスが少し倒されちゃいましたー」

「あきさみよ〜! じゃあ、農業体験はできないの~?」


「大丈夫です。そういうわけで、リアル農業体験でして、これから皆さんでビニールハウスを立て直しまーす!」

「おいおい、本気で言っているのか?」

たまらず佐々木は発言した。


「はい! 本気の本気で~す! これぞ、本物の農業体験! めったにできる体験じゃあ、ありませんよ~」

「冗談じゃない! そんな風に、いいようにタダ働きさせられてたまるか!」


「お~、佐々木さんは乗り気じゃないですね~。他の方はいかがですか?」

「私は体験させていただきます。人生で初めてのビニールハウスの立て直しですから」

物静かな田辺が、小さい声ながらも明瞭に言う。


「私もやってみる~!」

「おお~、ありがとうございます~。佐々木さん、どうされますか~?」


「佐々木さん、手伝ってください! 私は女で力なんてないし、たぶん田辺さんも…。佐々木さんが手伝ってくれないと、エイショーくんの負担が大きすぎるって、そう思うんです」

「はあ~、本当にやる気? 正気か?」


「はい! お願いします!」

「ったく、わかったよ。多数決には従いますよ」


「やったー! エイショーくん、全員参加で~す!」

「では、レッツゴーですね~。みなさん、僕に着いて来てくださ~い」


* * *


確かに貴重な体験だ。
オジィが、何かしらの指示を出す。エイショーが、それをみんなに役割分担して伝える。
骨組みを確認し少し直す。ひどく折れた骨が1つあって、それは交換した。

幸いビニールは破れていなかった。外れたところをハメ直せばいい。
とはいっても、この作業はかなりの力仕事だった。

結局、1番働かされたのは佐々木。
ただ、その佐々木の2倍、いや3倍近くエイショーが目まぐるしく動き、働きまくっていたので、佐々木に不満はなかった。

なんなら、その青年に1番頼りにされて、少し喜びを感じている。佐々木はそのことに気づいてはいないが、ときどき笑顔がこぼれていた。


「みなさ~ん! 休憩しましょう~!」
「オジィが、『水飲んで~』って言ってます~!」

畑の横の椅子やテーブルのある場所に、みんなが集まった。


「佐々木さん、ありがとう」
と、田辺が言った。
「佐々木さんが、力仕事をいっぱいしてくれて、メッチャ助かったわ~」と、ひがちゃんが続く。

エイショーが、「佐々木さんがいなかったなら、まだ、半分も終わっていませんね」と付け足した。

オジィが、佐々木に、やかんの水を勧めた。

佐々木は自分で、やかんの水をコップに注ぎ、それを飲んだ。

「ブ~~~ッ!」
「ペッ、ペッ!」
「何、これ~~~っ⁉ 水じゃないゾ~!」


同じやかんの水を、ひがちゃんがおそるおそる飲んでみる。

「オジィ~! これ、泡盛でしょー! なに飲ましてんのよ~!」


エイショーが、
「みなさんの水は、こっちのヤカンですね~」
「そっちはオジィの水です」
「オジィは佐々木さんに、特別サービスのつもりだったよ~です」

と解説した。


若者は続けて言う。
「オジィは、普段の農作業のときも、泡盛の水割りを飲みます」
「薄いので、『これは水だ』と言い張ります。ハハハハー」
「けっこう、高級な泡盛なんですよ~」

みんなが笑うしかなかった。
佐々木も、少し笑っていた。


◆漁業体験

2日目の午前中は、島内観光だった。
ベタな観光地を案内されただけなのだろうが、みんなの満足感はMAX。

どこまでも広がる白い砂浜へ行った。
360度、全方向オーシャンビューの展望台にも行った。
その景色は、まさに絶景だった。
そして『通り池』は、神秘的だった。

真っ青な空。
青い海。
海の青は、いろいろな青があった。

ときどき見かける真っ赤なハイビスカス。
濃い緑色の島バナナ。

ハシャギまくるひがちゃんは、常に、1枚の絵となった。
誰もがその若さに、太陽と同じような眩しさを感じている。

今日は佐々木も、ひと言も文句を言っていない。
宮古島の自然には、それくらいはたやすいことのようだ。


* * *


「午後からは、今度は、漁業体験で~~~す!」

「イエ~~~イ!」

エイショーとひがちゃんのコンビネーションもどんどん良くなった。
ホンの少しだけ、佐々木は変な顔をしたが、その理由は、当初とは違う。

今は、自分の心境の変化が恥ずかしいのだ。
楽しんでしまうのが、なんか恥ずかしい。
最初、不機嫌な態度をとったせいで、今さら素直にハシャぐわけにいかない。そんな心境になっていた。


テンションMAXのひがちゃんは、実はこちらも複雑な思いを抱えている。

(漁業体験って、釣りかしら?)
(海に潜るのかなぁ?)
(女性は私だけだし…)
(更衣室って、浜に、ある?)
(洋服で海に入るのは、沖縄では普通だけど…)
(でも、これ、イイ服なんだよね~)
(着替えてから行くのかしら?)


「みなさ~ん! 僕の友達で~す! 紹介しま~す」
「ほら、挨拶して」

「リューセーです!」
「カイトで~す!」

「追い込み漁をしますので、助っ人を頼みました~!」


「あきさみよ〜! 追い込み漁をやるの~!」

「はい~! ひがちゃん、追い込み漁、やったことある~?」


「ないないない。で、水着に着替えるの?」

「ん? ああ、ご自由にどうぞ。僕たちは、このまま入ります~」


結局、全員着替えることなく海に入った。
田辺の「郷に入りては郷に従いますか」というひと言で、そういう流れになった。

オシャレ着のひがちゃんも、海に入ったらキャッキャキャッキャと大騒ぎ。

追い込み漁は、みんなの想像以上に長い網を使い、まずは広がり、徐々に範囲を狭めていく。

範囲が広い時は感じなかったが、狭くなってくると大漁なのが分かった。
若い男3人とオジィは、冷静で、かつ機敏に動き、泳ぎ、そして潜った。

オジィの泳ぎは、もの凄く達者だった。

客の3人は、ただ網を持っているにすぎない。しかし、興奮は抑えられなかった。気分は圧倒的に、自分たちの漁。そして大漁だ。

「スゲー! 大漁だ~!」
「こんなに獲れるの~⁈ すご~い!」
「ホント、凄いですね~」


* * *


魚は焼いて食べた。

オジィが、手際よくウロコを落とし塩を振った。その塩加減が最高で、焼き加減も絶妙なのだ。

単なる魚の塩焼きが、こんなにも美味しいとは、これには沖縄出身のひがちゃんでさえ驚いた。

そのまま庭でバーベキューとなり、それが晩ごはんとなった。
デザートのマンゴーの美味しさには、佐々木と田辺が唸ったほど。


助っ人のエイショーの友達が帰った。

そのお開きする少し前に、ほかの誰にも気づかれないように配慮し田辺は、エイショー含めた青年3人に、ぽち袋を渡す。
チップをはずみ、青年たちは気持ちのイイ笑顔で、小声で喜んでくれた。


◆慟哭(どうこく)


バーベキューの炭が、まだ燃えていた。
夏でも、夜の炎というのは独特な魅力を放つ。

自然と、みんなが、遠巻きながら火を囲んでいた。
オジィは、いつもの笑顔で泡盛をロックで飲んでいて、それがスゴク美味そうに見える。

各々が、好きなお酒を飲んでいた。

「自己紹介の、ふた周り目をしましょ~」と、エイショーが切り出す。


エイショーが、ひがちゃんにアイコンタクトを飛ばす。

「え~、また私から? ま、イイかぁ」
「実は~、私は~、沖縄出身なんです~!」


みんな呆気にとられる。
少し間があって、苦笑いに変わった。

「ええ? な~に~? もしかして気づいていたワケ~? シンケン~?」

「隠していたつもりだって、そっちに驚くよ。ひがちゃん、那覇までの飛行の中でも大声でしゃべっていて、実家に寄らないとか、初の帰省だって、そんなことまで僕も田辺さんも知ってるぜ~」

エイショーも、
「まさか、内地の人を演じてたのですか?」と小声で言う。


「あきさみよ〜! だって私、標準語で話してましたよね~?」

「その、沖縄の方言も、なんども言っているじゃん。あとイントネーションは、完全に沖縄のイントネーションだし」


「あら~。じゃあ私、ふた周り目で話すことなくなっちゃったさ~」

「私は、ひがちゃんの、夢や目標が聞きたいです」


「夢~⁈ ジェントルマン田辺氏の、たってのお願いだから、語るかー」
「私は、東京でビジネスの経験を積んで、やがて沖縄に戻ってきて~」
「親友と起業するの!」
「お金儲けがしたいのではなくて、私が、内地と沖縄をつなげる感じ」
「内地の良さと沖縄の良さは、それぞれ別なんだよね」
「そういうのを、沖縄の子どもたちに、ちゃんと伝えたいなぁ」
「って、まだ、漠然としているんだけどね~」

この、『起業』というワードに、佐々木が過敏に反応してしまう。


「そんな、甘い考えはやめた方がイイ」
「起業は甘くない」
「手痛い目に会うゾ」

(何をオレは言っているのだ)と思っているのに、佐々木は発言をやめられない。

「安定した、公務員の男でも捕まえて、さっさと結婚しな」
「永久就職ってヤツさ」
「起業して成功することや、利益を出すことは、簡単じゃないんだ」


ひがちゃんが泣いた。
涙ぐみ、鼻をすすっている。

いきなり、頭ごなしに、夢を否定されたのだ。
悲しくなって当然。

佐々木は、自分の発言を悔いた。
なんと言ってごまかそう? いや、謝るか? でも、間違ったことを言ったつもりはない。

しかしまさか、泣かれるとは思わなかった。


「ありがとー、佐々木さん」

「え?」


「心配してくれて、本当にありがとう~」
「佐々木さん、イイ人~」
「ただ旅行で、偶然一緒になっただけなのに~」
「こんなに本気で心配してくれるなんてー」
「まるで、お父さんみたいだ~」
「嬉しい~~~」

「え? あ、ああ…」


佐々木は、(完敗だ)と思った。
悪意があるとは思わなかったのか。否定されたとは取らないのか。

自分が起業で苦労したから、つい、八つ当たりをした。
佐々木は、それが分かっていながらも、言葉を吐き切ってしまったのだ。

ひがちゃんに、なんと言おうかと考えた。


そのタイミングで、田辺が口を開く。

「私の自己紹介。ふた周り目の自己紹介ですが、語ってもイイですか?」

「どうぞどうぞ」とエイショー。


「私はガンなのです。末期ガンです」
「医者からは、余命3か月と宣告されました」
「それが、先月のことです」
「もしも、その通りになるのなら、私はあと2か月しか生きられません」

田辺の声は、小さい。
しかし、ちゃんとみんなに届いた。

悲壮感はない。
だからなのか、深刻な雰囲気にはならなかった。

田辺の言葉にはウソの欠片かけらも感じない。
そよ風までが、その音をひそめた。


「今思うのは・・・」
「もっと、やりたいことをやれば良かった・・・です」
「・・・たった3ヶ月ですが、私は、やりたいことをやると決めました」
「・・・みなさん」
「どうか、本当にやりたいことを、今すぐやってください」
「人生は短い」


佐々木の頬からアゴをつたって、涙が、畑の土に落ちた。

ひがちゃんは、ぐしゃぐしゃに泣いていた。
声がこぼれないように、必死でこらえた。

何もできないのだろうが、でも、何かをしてあげたい。

ひがちゃんは、田辺の隣に移動した。
田辺の膝の上にある、田辺の手に、ひがちゃんは自分の手を添えた。

田辺と目が合う。

言葉はない。

田辺が泣いた。

「くっ、くく・・・」

声を上げて泣いた。
ひがちゃんの肩にすがって泣いた。

田辺が慟哭した。






その1 了



その2に続きます。
その2です。


その1からその7という、全話を、1つの記事にまとめました。
かなりの長文です。
こちらです ↓


『ぷち伝記小説』ってなに?
と思った方は、これらのリンクをご参照ください。


◆「#2022年のいっぽん」に参加

ハスつかさんの企画に、参加するための投稿です。
企画の詳細はこちら ↓


明日の23:59が締め切りです。
なので、慌てて投稿しました。

本来は、過去記事そのモノに「#2022年のいっぽん」を付けるだけ。
そのようなルールでした。

しかし、僕は、読者の読みやすさなどを考え、コピペして再投稿という形式を選択。
同時に、ホンの少しだけ編集しました。
本文の修正はごくわずかで、本文の前と後の書き直しがほとんどです。

一応、まんまの記事のリンクも貼っておきます。
こちら ↓


本文は、今日の記事と97%同じです。99%同じかも。
僕の、今年イチの、渾身の記事です。

いつものエッセイとは異なり、小説です。


この企画を知ったのは、恵子さんのこの記事。
こちら ↓


恵子さん、ハスつかさん。ありがとうございます。






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