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「何を今更、命を守るために、とかキレイゴトをいうのか?」:『現代思想』5月号抜き書き

現代思想2020年5月号を買った。色々な言論が寄せ集めになっていて、分かるものも、理解を超えたものもある。ただ、何か大きな事件が起こるたびに、それを理解したくて特集を読んでみるようにしている。あの、シャルリ・エブドの事件とか。

今回も多くの切り口があり、哲学的思考(フーコーの生政治多め)から、社会学的観点からの警鐘、エイズ文学考、マスクの歴史、疫病の歴史、結核罹患者のコロニーの歴史など、私が自分で手を伸ばせる範囲を超えた様々な言論が集まる。「意見や論説が集まる」という点ではネットメディアも定期購読していて「ナマモノ」感が面白いけれど、こちらは「錨を下ろした船からの定点観測」感があってずっしりしている。

目次はついていない。考える手がかりになる記事がいくつかあったので、該当記事のタイトルと、印象的な部分を抜き書きしつつコメントをつけておきたい。

たったひとりにさせない/ならないために(山家悠平)

p.247-254

…経済的損失への補償を具体的に定めないまま自粛要請を繰り返す無責任な政府や、町に出る若者へのバッシングの高まり、強権的な決定を待望するような声が高まっていること、外国籍住人への差別的な言論の氾濫など、現時点で論じるべき問題は多々あるが、もう少し広い視野から考えると、今回のウイルスをめぐる混乱が突きつけているのは、この社会が、人間を、労働を、どうとらえてきたのかという根源的な問いである。
…そうだ、この政府や社会は、非正規労働者をとっくに見殺し続けてきたじゃないか、といいたかった。それが何を今更、感染を広げないために出歩くなとか、命を守るために、とかキレイゴトばかりいうのだ。人間の命をさんざん軽視してきたのに、どの面を下げて、あなたの行動が人を殺すのだといえるのかーー恨み言を書きつけてみると、頭の中の靄がはれてくる。新型コロナウイルスをめぐる議論で感じていた気持ち悪さは、それだった。
…生活支援への具体策もない状況で、家を持たない人や、家にいることのできない人への想像を欠いたまま繰り返される自粛要請とは、つまり「欲しがりません、勝つまでは」なのだと、ああ、この国は何も変わっていないのだと絶望的な気持ちにおそわれる。…ウイルスは階層にかかわりなく経験されるのではない。ウイルスは対象を選ばないが、社会は犠牲者を選ぶのだ。

そう、政府の呼びかけや「Stay Home」というタグ、パチンコ屋をめぐる報道やネットの盛り上がりを見ていても何となく感じていたモヤモヤが、山家氏の原稿で焦点を結んだ気がする。そして、非営利業界にいる私すら「家にいることができない」「持つべき安定を持てない」人たちの存在を肌で感じにくい中、たとえば普通に正社員として企業に籍を置き、通販で生活必需品を取り寄せることのできる人たちの感覚はどうだろう、と思う。「それらしい言葉」を吐くときに、謙虚でありたいと改めて感じる。私が命令できるのは私自身のみであり、他へ干渉する際には想像力、対話、そして時に支援が必要なのだ。


パンデミックで人々を破滅させてはならない(ヴィジャイ・プラシャド+マヌエル・ベルトルディ/粟飯原文子訳)

p.216-218

…今回の危機がもたらす結末を見定めるのは並大抵のことではない。しかしかつて世界を襲った危機、たとえば2008年から09年の金融危機などを振り返ってみると、富裕層はほとんど痛手を負わなかったということがわかる。現行システムにおいて力を持ちえないものたち、大多数の人びとが、結局のところ自分たちとは関係のない危機のツケを払わされるのだ。
■社会主義の指針:この危機をどのように理解して、どのように前進していくかという国際的な議論が進む中、国際人民会議と三大陸・社会調査研究所は「民衆中心のグローバル・パンデミック対策」と題された16カ条の指針を打ち出した。これは全世界の大陸に広がるあらゆる政治運動との議論から生まれたものだ。絶えず更新されていく文書であり、さらなる対話を促すもの、進む方向がよりはっきりすれば改めて発展させるべきものである。次にあげる16カ条をぜひ一読していただきたい。
1. 賃金を保障したうえですべての就労を即時停止する。ただし、必要不可欠な医療や物流、食料や生活必需品の生産・流通を除く。隔離期間の賃金は国家が負担すること。
2. 医療、食料供給、治安を組織立った方法で維持する。緊急食料備蓄をただちに貧困層に分配すること。
3. 全教育機関を休校にする。
4. 感染危機の進展中、収益を懸念する必要のないように、病院・医療施設を早急に国有化する。すべての医療分野の知的財産権を廃止する。
5. 製薬会社をただちに国有化し、ワクチンおよび簡易検査キットの開発に向けて国際的な協力を促す。医療分野の知的財産権を廃止する。
6. すべての人びとの検査を即時に実施する。早急に検査を行き渡らせ、パンデミックの最前線にいる医療従事者への支援をおこなう。
7. 危機対応に欠かせない物資(検査キット、マスク、人工呼吸器)の生産をただちに加速させる。
8. 国際金融市場を即座に閉鎖する。
9. 諸政府の財政破綻を防ぐために一刻も早く資金を調達する。
10. すべての個人債務をただちに帳消しにする。
11. すべての家賃及び住宅ローンの支払いを即時停止し、立ち退きをやめさせる。これに加え、基本的人権として適切な住居を提供する。住居の確保は全市民の権利として国家が保障すること。
12. すべての公共料金を即座に国家が負担し、水道、電気、インターネットへのアクセスを人権の一部として提供する。こうした公共設備の利用が限定されている場合には、一刻も早く普及を実現させること。
13. キューバ、イラン、ベネズエラなどの国々を痛めつけ、必要な医療品の輸入を妨げる、一方的で犯罪的な制裁や経済封鎖をただちに解除する。
14. 農民への緊急支援を実施する。農民が健康的な食料を増産し、政府がそれを直接分配できるようにする。
15. ドル国際通貨体制を停止する。国連は国際共通通貨にかかわる国際会議を緊急に招集せよ。
16. 全ての国で最低所得保障をおこなう。これによって、失業、極度の不安定終了、零細自営で困窮している何百万もの世帯への国家の支援が保障される。現在の資本主義システムは数え切れないほどの人びとを正規労働から締め出している。国家は雇用と尊厳ある生活を保障しなければならない。最低所得保障の財源は、防衛費、特に武器購入予算の削減で確保できる。

「なにを過激なことを」、と資本主義社会を生きる「先進国」の私たちは笑うだろう。しかしそれは世界の一面であって、「私たち」が見えないところに、こういった社会を求める弱者がたくさんいることを忘れてはならない。国際人民会議と三大陸・社会調査研究所は、「議論」「対話」を志しているという。こちらは、どうだろうか。


コロナから発される問い(塚原東吾)

…科学技術は今や、市民をエンパワメントする知性ではなく、全体主義的な監視社会を成り立たしめる道具に成り下がっている。
…だから大事なのは、文明論的な大所高所に立ったところから、根拠のない楽天主義や、人類の感染症に対する勝利などという旧来の物語を振り回すことではない。むしろここではハラリの逆手をとって、科学を「どのようにして市民の手にとりもどすことができるのか」という問いを立てることが必要だ。科学はどうしたら市民のエンパワメントのために使えると考えられるのか。さらにそれと同時に、どのような、何のための国際連帯に、われわれは、今手にしているなけなしの時間や思考のためのエネルギーを投入するべきか。誰もが連帯というのだが、いったい、どのプレイヤーに賭けたらいいのだろう、という問いも発せられなければならないはずだ。

ほか、いくつかの重要な問いがなされている。「自然との共生」というが私たちが語る「自然」とは何なのか、どういう形のものを念頭に置いて安易にバランスを語ろうとしているのか、という痛烈な突っ込みも(手付かずの自然なんてものは最早ほぼ存在しない)。

ネット上やNHKで流れたユヴァル・ノア・ハラリの発信(とてもわかりやすいし、重要な発信である)と対をなして広まるべき指摘と思う。


立川昭二を読み終えたら、またページを繰りたい。今回は、このへんで。

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