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健さん(25)ひとみの「あいさつ作戦」は成功 静香のお願い

翌朝になった。
ひとみが、玄関前の掃除をしながら待ち構えていると、健が出て来た。
ひとみは、その時点で足がすくむ。
しかし、一旦、決めたこと、今さら家の中に戻ることもできない。

「健さん!おはようございます!」
どうして、こんな大声?と思うほどの声が出た。
言い終えて、大声過ぎて、恥ずかしさも感じる。

すると、やはり声が大き過ぎたのか、健は驚いたような顔。
「あ・・・ひとみさん、おはようございます!」
健も、なかなか元気がいい。
そして、珍しく笑顔、そのまま少し頭を下げ、駅の方角に歩いて行く。

ひとみは、ほっと胸をなでおろす。
そして、とても気持ちがいい。
「朝の挨拶をしただけなのに」
「大声になったのは、緊張して、セーブが効かなかっただけなのに」
「健さんの驚いた顔、ほんと、可愛かった」
「あの目が真ん丸で」

そんな爽やかな気持ちで、家に戻ると、父良夫が、いつもの皮肉。
「ようやくだなあ・・・長年かかって、やっと挨拶」

しかし、ひとみは、そんな皮肉はどうでもいい。
とにかく、健と挨拶だけであっても、言葉を交わしたことがうれしい。
そのまま自分の部屋に入り、「明日はもっと可愛い服で挨拶だ」と、服まで探し出す。


さて、そんな「ひとみにとっては大作戦」が終わった朝の9時頃、健の妹静香がひとみを訪ねて来た。
その静香が、「できれば女同士で」と言うので、邪魔な父良夫は排除、ひとみの部屋で相対することになった。

静香はひとみに頭を下げる。
「昨日は、本当に恥ずかしいことを・・・」
ひとみは、笑って首を横に振る。
「いえいえ、気にしないで、私は下町の女、きれいさっぱりなの」

静香はクスッと笑う。
「そういうひとみさん、大好きです」
「すごくやさしくて、包容力があって」
ひとみは、また笑う。
「あら、丸っこいだけでね、ダイエットもできず」

静香は、また少し笑って、本題に入る。
「あの・・・いろいろと、ご心配をおかけしましたけれど」
「健兄さんの説得は、失敗しました」
ひとみは、ホッとするような、静香が可哀想なような。
「そうなの、それはそれは」
ただ、余計なことは言わない。

静香
「あの頑固者は、何を言っても無理です」
「私も、諦めました」
「親にも、長男にも、しっかり報告します」

ひとみは、静香の顔を見た。
「わかりました、それで静香さんはこれから?」

静香は、顔を下に向ける。
「はい、自由が丘に帰ります」
「この佃は大好きですが」
ひとみは、静香の手を握る。
「また、遊びに来て、こんな東京とはいえ、下町の田舎だけどね」

静香は、顔を上げた。
「いえいえ、ホッとします、ここの風、香り」
と、そこまで言って、静香がひとみの手を握り返してきた。
「ひとみさん、お願いがあるんです」
「嫌でなければ・・・聞いてください」

ひとみは、静香のお願いの予想がつかない。
「はい・・・私でよかったら、何でも聞きます」と返す。

すると、静香の顔が赤くなった。
「いえ、そうじゃなくて、ひとみさんでないと・・・」
「ひとみさんに、お願いしたいんです」

静香の目が真剣、ひとみは目をそらすことができない。

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