紫式部日記第16話いま一間にゐたる人びと、

(原文)
いま一間にゐたる人びと、大納言の君、小少将の君、宮の内侍、内侍、中務の君、大輔の命婦、大式部のおもと、殿の宣旨よ。
いと年経たる人びとのかぎりにて、心を惑はしたるけしきどもの、いと断り理なるに、まだ見奉りなるるほどなけれど、類なくいみじと、心一つにおぼゆ。

※いま一間:産所の隣の一間。
※大納言の君:中宮彰子の従姉妹。中宮の女房。
※小少将の君:中宮彰子の従姉妹。中宮の女房。
※宮の内侍:内裏の女官ではなく、中宮付き女房内の役職。
※内侍:「内侍」は内侍司の女官。中宮の女房と兼職している。
※中務の君:中宮の女房。
※大輔の命婦:中宮の女房。
※大式部のおもと、殿の宣旨よ:中宮彰子と道長の女房を兼ねた女房。道長家の宣旨女房。

(舞夢訳)
産所の隣の間に控えていたのは、大納言の君、小少将の君、宮の内侍、内侍、中務の君、大輔の命婦。大式部様は、道長様の宣旨係です。
長い間、中宮様にお仕えなされた方ばかりで、それ故に、中宮様の御身を心配して、気を揉んでいる様子については、それは当たり前と思うのです。
この私も、まだまだ中宮様にお仕えして、慣れるほどの期間ではないけれど、とにかく一大事であると、心中つくづく思うのです。

紫式部の、正確で丁寧な記録である。
中宮彰子が天皇の皇子を出産するにあたり、「誰がどこにいて、何をしたのか」を正確に、丁寧に記録している。
「何故、そこまで正確、丁寧に?」の理由としては、次の一大事に備える目的があるから。
古代では、「先例主義」というものがあり、「先例を守ること」は、とにかく重要視された。
先例に反するだけでも、不安や反感を持たれ、失敗でもしようものなら、手酷い批判や失脚もある。
それを防ぐために、日記に正確、丁寧に記録を残す。
ただ正確、丁寧に書きたいから書いているわけではなく、自らの身を守るための大事な記録作業だったのである。

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