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健さん(2)料亭の美人若女将圭子と健の部屋に

良夫は、合鍵を持っているけれど、それでもドアを開けない。
まずはチャイムを鳴らし、健の反応を確かめる。
しかし、何も反応が無い。

良夫
「寝ているのか、熟睡か」
「それ以外に起きて来られない理由があるのか」
「部屋にいないのか、しかし血痕がドアにある」

ためらう良夫に、今度はひとみが焦れた。
「お父様、もう、心配でなりません、開けましょう」
「管理人の務めです」

珍しく強いひとみの強い声に、良夫が振り返った時だった。

年齢25.6歳の白いワンピースを着た上品な美人女性が声をかけて来た。
「あの・・・もし・・・ここは、藤田健様のお宅でしょうか」
その片方の手には風呂敷包みと、もう片方の手には、お重のような物を紙袋に入れて、下げている。

佐藤良夫は、その女性に見覚えがあった。
「あ、あなたは、すぐ先の吉祥亭の女将さん?」
「はい、ここは、藤田健君に借りていただいているアパートで」

吉祥亭の女将が頭を下げた。
「圭子と申します、あなたは佐藤先生ですね」

ひとみは、こんなやり取りを聞いて、まどろっこしいやら、気に入らないやら。
どうして、父良夫はすぐにドアを開けて、健の様子を確認しないのか。
ドアには血痕までついているというのに、実にまどろっこしい。
それに、こんな上品な料亭の美人女将圭子が、荷物を持って健のアパートを訪ねて来ること、そして父良夫と顔見知りなのも、全く腑に落ちないし、気に入らない。

その圭子は、ひとみには軽く会釈のみ、そのまま玄関の前に立ち、「ああ・・・酷い」と嘆くような顔。
良夫は、圭子に尋ねた。
「圭子さん、もしや、この血痕の事情を?」

圭子は、辛そうな顔で頷く。
「あ・・・はい・・・」
「すみません、健さんは出て来られないのですか?」

良夫は、圭子が何らかの事情を知っている、あるいは関係していると察した。
「開けたほうが?」
つまり、健が出て来ない以上、合鍵を使って開けるべきかを、聞いてみる。

圭子は、しっかりと頷く。
「はい、一刻も早く」

その圭子の言葉とほぼ同時だった。
ひとみは、父良夫の手から、合鍵を奪い取り、ドアを開けた。
そしてアパートの中に入り叫んだ。
「健さん!ひとみです!いますか?」

ひとみが靴を脱ぎかけた時に、良夫が不安気な声。
「うわ・・・血痕が・・・奥まで続いている」

今度は圭子が泣き出した。
「健君!ごめん!」
「ほんと!どこ?」

この時点で、圭子は上品な若女将ではない。
履いていた靴を脱ぎ棄て、持って来た荷物を抱え、血痕をたどり、走り出す。
良夫もその後を追い、ひとみも懸命に追ったけれど、遅かった。

先に部屋に入った圭子の大泣きの声が聞こえて来た。

「もーーー!健君!」
「何で帰っちゃうの!」
「健君!私の命の恩人なんだよ!」
「治療するって!医者を呼ぶって言ったじゃない!」
「あざだらけ、血だらけ、怪我だらけじゃない!」
「死んだらどうするの!」

良夫とひとみも、部屋に入り、倒れたままの健を見た。
確かにあざだらけ、血だらけ、怪我だらけになっている。

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