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セミの声はするけれど。幸せのしっぽをつかまえて、むしゃむしゃ味わい尽くしてしまいたい。

「これ、なんのおとぉ?」

夏の終わり。

保育園帰りに立ち寄った公園で、3歳の二男がそんなことを言い出した。

周りを木々で囲まれた公園では、ミンミン、ジージー、セミたちの歌謡ショーが最高潮の盛り上がりをみせている。

あら?二男ってセミを知らないの?

「セミの声、かな?」

そうこたえると、セミがどこにいるかみたーい!とやたら大きな声で主張する二男。

長男は先にブランコで遊び始めていたので、私と二男とでセミ探しが始まった。


∞∞∞∞∞


そういえば、あえてセミを探すことって最近なかったな。

ふいに出くわしてびっくりする事があるセミだけど、改めて見つけようと思うとみつからない。

声はたくさんするのに、その姿は見えない。

公園に植えられた樹木を1本1本みて回る。周りから反響するみたいに、こんなにもセミたちの声がするのに、一体どこにいるんだろう?

白いサンダルに細かい砂利が入り込むのもかまわずに、私はセミ探しに夢中になった。


∞∞∞∞∞


(例えば、しあわせとかもそうなのかな?)

唐突に頭に浮かんだ思考を逃さないように、そのしっぽをつかむ。

普段、せわしなく日常を過ごす中で、ふんわりと「幸せな空気」を肌で感じとることがあるのだけれど、それってまさにセミの声みたいなものだ。


たとえば、お風呂あがりに家族みんなで食べるアイスのバニラ味とか。息子たちの口のまわりについたそれが、白いおひげのサンタさんみたいだと、季節外れに笑い転げることとか。

寝る直前、息子たちのかわいい点を私が延々と挙げていく「かわいい大会」を開催するときの、息子たちの照れ笑い。そのうち、静かに眠りについた満足げな寝顔とか。

三男の夜泣きに付き合って早めに起きた日の朝焼けと、思いがけず夫が淹れてくれたコーヒーの、苦くてやさしい味だとか。

三男が最近、ぱちぱちと拍手するようになったのが、胸が苦しくなるほどかわいいこととか…。

『二度と戻れない。くすぐり合って転げた日』

スピッツのチェリーが勝手に脳内再生され、目頭がじんわり熱くなる。思えば、公園の周りの木々は、全部桜じゃないか。


宝くじに当たったり、豪華な海外旅行をしたり、そういう特別だけが幸せなんじゃない。

幸せって日常のありきたりなひとコマ、ひとコマに転がっていて、意識しないとみつからないし、うっかり見過ごしてしまうものなんだ。

セミの声が幸せのしっぽなのだとしたら、セミの体は幸せの本体。

セミは食べられないけれど、幸せは、どんな味…?

きっとそれは、その時々でちがう、様々な味わい。

幸せのしっぽが目の前をふぅわり通り過ぎたら、それをぱしっとつかまえて、全部むしゃむしゃ味わい尽くしてしまいたい。


∞∞∞∞∞


「あっ!いたよ!」

私が木の枝の付け根のところにとまっているセミをみつけ、二男に報告する。

「どこどこー?」

セミは木の幹と同じようなマダラ模様の保護色をしていて、二男にはみつからないみたい。

幸せも、日常の中に保護色をまとってかくれんぼしてるんだな。


そんな二男とのセミ探しにも幸せを感じていたそのとき、ブランコのそばで二男の声がした。

「ここにもいたー」

二男の人差し指が指すのは、木々ではなく、地面だった。

「ああ、これはね…」

駆け寄った私は、言葉を選びながら二男に伝える。

「このセミさんは、もう死んじゃってるね…。セミさんは大人になってからの命が短いんだよ。その間、がんばってこうやって歌ってるんだよ。」

いつのまにかブランコ遊びをやめて近寄ってきていた長男も、そうなんだ…と真剣に聞き入る。

「ぼく、おはかつくってあげる」

長男がそういうと、じろちゃんも!と二男もさけび、2人は近くの草むらから大きめの葉っぱを持ってきた。

足を縮こめて砂利の上に転がるセミの体に、ふんわりと緑の毛布がかけられ、セミの姿はみえなくなった。

二男が、この前行ったお墓まいりのことを思い出したのか、

「お花かざるのー」

と言うけれど、この時期何もみつからず、クローバーをお供えした。

セミの儚い命と、幸せのしっぽが重なって、切ない気持ちが私の胸をよぎる。

子どもたちとのこんな日も、あんな日も、そしてひとの一生でさえも、きっとあっという間に過ぎ去っていくんだろう。


と、そばで

「蚊がいる!」

長男が瞬時に反応し、ぱちんと叩く。

同じ命なのに、その扱いのなんとちがうことか。

私は、その矛盾を説明できず、だまってその場に立ち尽くす。


カナカナカナカナ…

いつのまにか夕闇が迫り、セミの声はひぐらしに変わっていた。

「かえろっか…?」

私は、ちょっと汗ばんだ子どもたちの手を握り、心の中でヒグラシにさよならする。

空が青とピンクを織り交ぜた絶妙な紫色で、送り出してくれた。

〈おわり〉

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