信じる心が力になる世界
中学生の頃、部活でちょっとしたいじめにあっていた。
同学年の女子部員が、顧問の先生が気に入らないからと集団ボイコットし、私はそれに賛同しなかったら、はぶられてしまった。
それでも、私は剣道がしたかった。
毎日練習に行き、練習相手がいなかったから男子とばかり練習してたら、男好きとからかわれたりした。
それでも剣道を続けられたのは、あのころ「信じる心」が今よりずっと澄んでいたからだと思う。
その頃の私のストレス解消法は、ひとり湯船で熱唱することだった。
歌っていたのは「ゆずれない願い」という曲。
当時好きだった、CLAMPの名作マンガ「魔法騎士レイアース」のアニメ主題歌だった曲で、いま思えば、当時の自分の気持ちに丸々ヒットしていた。
タイトルにもした「信じる心が力になる世界」とは、レイアースに登場する物語の舞台セフィーロという国(世界)のことである。
この世界は魔法の国で、「心」の力が強いほど、強い魔法が使えるという。
車に詳しい方は、車の名前だろうと思うかもしれない。レイアースのなかでは、登場人物や国の名前などに実際の車の名前がふんだんに使われている。例えば、主人公たちが救出するお姫様の名前はエメロードだし、そのお姫様を幽閉しているとされるのはザガートだ。そのほか、ランティス、プリメーラ、アスコットなど。全然車に詳しくない私だけれど、なぜか名前だけは知っている。どんな車かは知らない。
異世界へ召還された3人の女子中学生が冒険しながら成長し、世界を救うというストーリーはとてもワクワクしたし、勇気がもらえる気がした。CLAMPならではの美しい線で描かれる世界観も大好きだった。
初めて「勧善懲悪」ではない物語にふれ、ものすごい衝撃を受けたのもこの作品だったと思う。
「信じる心が力になる世界」というフレーズにやたら惹き寄せられた。
物理的な力ではなく、人の心がうみだす「力」というものに、自分なりに気づいた瞬間だったのだと思う。
「信じる」といっても、誰かや何かを盲目的に信じて、頼って、自分では努力せず他力本願に「なんとなく今よりよくなる」ことを祈っている状態のことではない。
安易に「信じるものは救われる」なんて言いたいわけではない。スピリチュアルな方向でもない。
「信じる」にはいくつか種類があると思う。
まずは自分を信じること。
それから、まわりを信じること。
そして、信じて待つこと。
自分を信じるのってむずかしい。
中学生の頃は、もっと自分を信じることができた気がする。色々と人生経験を積んだ結果、私はだいぶ臆病もんになってしまった。
「自分はこんなもん」と過小評価しておいた方が、本当に失敗したときにダメージが小さい気がする。
仲よくなりたいひとがいても、「裏切られるかもしれないから」「嫌われるかもしれないから」と、ある程度、距離感をたもっていたくなる。
誰かが困難にぶつかっているとき、見守ることができない。「私が行動しないでいたら、あのひとは失敗するかもしれない」とこわくて、ついつい必要以上の余計なおせっかいをしたくなる。
これらは、無意識に覚えた防衛反応なのかもしれない。だけど、自分で枠を作って、予防線をはって、その外側へ向かおうとしないのは最初から可能性をつぶしていることになる。
やりすぎる手助けは、そのひとの貴重な経験を邪魔することになる。
自分で進むべき方向を決め、自分の意志でそれに向かっていく。そして、そんな自分を信じる。
けれど、ひとりきりで進み続けることがむずかしいこともある。だから、まわりを信じる。
家族や友人を信じて、ときには相談し、知恵や元気をもらう勇気をもつ。それは別にかっこわるいことじゃない。
家族や友人が困難にぶつかった時には、信じて待つ。自分ができることは精一杯やり、全力で応援もするけれど、必要以上に干渉しない方が本人のためになることも大いにある。
特に子どもが生まれてから、実感する。
この小さくてふにゃふにゃした赤ちゃんをどうにか一人前の大人に育て上げなくちゃという想いがからまわってしまう。
自分に自信がもてない。
子どもを信じて待つことができない。
どうしたって、お母さんは心配性になってしまう。
なんだか日々気持ちに余裕がないから、友人との距離感のとり方もわからなくなる。必要以上に急に間合いをつめてしまったり、必要以上に遠くからながめてしまっていたりする。
ひさしぶりにひとりで湯船につかっていたら、そんな中学生の頃の思い出と、信じる力について頭にめぐって、ちょっとだけ「ゆずれない願い」を口ずさんだ。
「かっか~?かっか~?」
先にお風呂からあがった二男が私をさがし、お風呂のドアをガチャンとあけて、
「だいすき」
だけ言って、また帰っていった(かわいすぎか)。
ちょっとだけ異世界にとんでいた意識が、現実世界に引き戻される。
ここはセフィーロじゃないけど、ここもまた「信じる心が力になる世界」。
もうすこし、自分を、まわりを、信じてみよう。
自分、まだまだできるって思うのは傲慢なことじゃないよね。
精一杯「ゆずれない願い」を伝えて、静かに見守るって、冷たいことじゃないよね。
信じる勇気、見守る勇気。
この信じる力が、魔法みたいにあなたに伝わりますように。
〈おわり〉
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