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エドワード・ヤン監督「恐怖分子」

 エドワード・ヤン監督「恐怖分子」1986年制作の台湾映画。日本公開は1996年となる。
 ふと目に留まってお正月休みに鑑賞。30年前の台湾映画ということで、異国情緒とレトロ感に包まれてしまう。そして登場人物たちの心情(孤独感)が静かに・・・そう、静かに押し寄せてくるという感じ。
 都会に住む人間たち、それぞれの苦悩や孤独感を描いている。それぞれがばらばらのピースなんだけど、微かな接点で繋がっていく。それが当時としては斬新だったと思われる美しい構図や色彩の映像で象徴的に描かれていく。

 妻と二人暮らしの病院勤務医。職場の病院で昇進を狙っているが思うようにいかない。また、帰宅すれば部屋に閉じこもって暗い顔をした妻が・・。
 妻は結婚前にその能力をバリバリと発揮して働いていた。また文才を生かして小説家としてデビューしていた。しかし結婚して一回流産して以来、小説が書けなくなって苦しんでいた。夫はお金を稼いで妻に好きな暮らしをさせてやっていると信じている。部屋を散らかして髪を振り乱している妻にも優しく辛抱強く接している。しかしそれは妻には伝わらない。
 それぞれに苦悩が深いが、それを理解し合えることはなく、妻は昔の恋人と関係をもつようになる。

 裕福な家の息子でカメラマン志望の青年。家出して狭いアパートで暮らし、写真を撮る毎日だ。家出と言っても、最高級のカメラや機材等すべて親の金で用意したものだし、金が無くなればふらりと実家の豪邸に帰る。
 彼が恐れているのは徴兵通知。(台湾は徴兵制度があるんだね)
 その彼が偶然居合わせたある事件で、犯罪グループの一員である少女の写真を撮ったことで、物語の登場人物たちが繋がっていく

 犯罪グループに恋人と一緒に所属している少女。恋人は警察から逃げて行方が分からない。家に帰れば母親にろくでもない男と付き合うなと詰られる。母子家庭らしい。母親の哀しみや愛、娘の孤独感はお互いに伝わることはない
水商売っぽい母親が煙草をくゆらせながらレコードを手に取り、針を落とす。流れてくる曲がこれ。邦題「煙が目にしみる」Smoke Gets In Your Eyesだ。
 全体として湿度低めな映画だけど、ここだけはしみじみと・・・レトロなヴォーカルが心にしみてきた。

 映像としてもっとも印象的なのは、壁に留められた少女の写真だ。100枚以上のパーツに分割されて引き延ばされた少女の巨大な顔写真。一枚一枚がひらひらと風にはためいている・・・。
 それと、暗い部屋に入ると無彩色な周囲の中にそこだけ光を透けさせている鮮やかなプリントのカーテン。

 そしてラストシーンは衝撃的だ。ちょっと捻りが効いていて印象的だった。

 わたしは映画にメッセージ性を求めない。しかしこの映画を観た後には、人間最後は一人だけど、それぞれの孤独を尊重しつつも「心の内なる思いは伝え合うことが必要だよ、やっぱり・・・。」と心の中で呟くこととなった。