没プロット『よつば荘の請負人』

『よつば荘の請負人』
大学2年の橋田美月は高校時代から付き合っていた男と共に上京し、同棲生活を送っていたが男の浮気により別れることになる。
新しい部屋を借りるお金もないため実家に助けを乞う美月。そこで紹介されたのは叔母夫婦の節子と幸太郎が営む小さなアパートだった。優しい叔母夫婦と住人達に安堵する美月だったが、入居して3日後、このアパートに住む人間は叔母夫婦の副業を手伝わなければならないことを告げられる。そのくらいなら…と了承する美月はアパートの住人の1人、桶川彩香に仕事の説明を受けることとなる。「実際に見た方が早い」と現場に同行させる彩香。そこで美月が見たのは、人を殺す彩香の姿だった。驚愕する美月と笑顔の彩香。
アパートへと戻った美月はアパートを出ると宣言するが、ほかに住む場所がなく、ここで暮らすことを余儀なくされる。叔母は改めて、住人達の職業を説明する。『穿ち屋』千田優一、『沈め屋』桶川彩香、『括り屋』竹中孝作、『謀り屋』海藤優木。そして、自分たち夫婦は『仲介屋』であるという。仲介屋である夫婦は仕事を受ける段階でターゲットがしに値する人物かを判断する。4人はそれぞれ依頼人の希望する死因によって仕事に当たる。…細かい説明を受けても受け入れることができない美月。その様子を見た叔母はこれから3ヶ月、全員の仕事を見学した上でどんな職に就くかを決めればいいと提案する。半ば強引に納得させられる美月。
S#1穿ち屋、千田惣一
美月がアパートに住み始めて1週間ほど過ぎたころ、大学から帰宅すると、節子がにこやかに笑いながら美月に明日の予定を尋ねた。明日の昼初めての仕事の依頼が入ったようだった。行きたくないという旨を節子の伝えようとするが有無を言わせない節子の雰囲気に言い出せない美月。
全員で夕食を取りながら節子は依頼について話している。しかし、美月の耳にはほとんど入らない。「さぁ、今回はだれが行きたい?」節子が尋ねると、千田惣一が勢い良く手を挙げた。
美月は昨晩緊張で眠れず、目をはらしている美月。上下共に真っ黒な服装で指定された駅前のビル、4階にある喫茶店の窓際の席に座る美月。この中の誰を殺すのか挙動不審ぎみに辺りを見回す美月。不意に美月のスマートフォンがメッセージを受信する。千田からだった。「駅前の広場。モニュメントの近く見てて。」短く書かれた文章を読み、指定された通りモニュメントを見る。人ごみの中に白のパーカーを着た千田の姿があった。何気なく歩く千田。突然、千田が通り過ぎた場所で男が倒れた。男を中心に人ごみにぽっかりと穴が開き、男が徐々に血に染まっていくように見える。何が起こったのかわからず、広場を凝視する美月、そこに千田が現れた。全く血を浴びることもなく、数分前に人を殺したとは思えないほどにこやかに笑う千田。美月の向かいの席に座ると、カプチーノをとケーキを注文する。雑談をしながらケーキを食べる千田が腕時計を見て急に立ち上がる。「さ、次の仕事だ」笑顔の千田と蒼白する美月。
たどり着いた先は小さな劇場だった。美月は客席に入っておくよう言われ、その場に取り残される。所在無く、仕方なしに地下の劇場へと入る。わけもわからず、舞台を見ていると数組の芸人たちがネタを始めた。小笑いを繰り返す客席とテンションに身を任せたネタをつまらなそうに眺める美月。飽き飽きしていたころ、本日最後の芸人が呼ばれる。舞台に現れたのは千田とその相方だった。流れるように楽しそうにネタを披露する2人を呆気にとられながら眺める美月。
帰り道。楽しそうに話している千田とぼんやりと歩く美月。美月がふと尋ねる。「どうして人を殺すの?」

S#2括り屋、竹中孝作
夏の終わりのある日、大学の長い夏休みが終わり美月は非常に機嫌が悪かった。元彼を大学で見なければならなかったからだ。学部こそ違えど、キャンパスが同じで同じ講義もいくつかとっている。合わないはずがないのだ。隅っこの席で顔をしかめている美月は絶句した。そこには同棲部屋に連れ込んでいた女とは違う女を連れて講義を受けていたからだ。再び、依頼が舞い込んできた。きちっとしたスーツの男は会社で横領を行っている男を自殺させてほしいという依頼を持ち出した。男はスーツケースを持ち出した。中には大金が入っており、鉄仮面のままこれでお願いしますと頭を下げずに言う。節子はにこやかな笑顔のままお金は依頼を受けるかどうか審査を行ってから決めますのでとスーツケースを押し返した。少し節子を見た後、男は目を閉じ、そうですかと答え、アパートを出た。
後日、審査を終えた結果、男は死に値するという判断が下された。殺し屋たちが共同スペースに集められ、いつものように節子が説明をする中、孝作が前に出て、メガネを吊り上げながらおやと声を上げた。この方うちの会社の方ですね。孝作は言う。では、この依頼私が受けます。孝作は表情を変えることもなく言った。
共同スペースに残った美月と孝作。居心地が悪そうな美月。明らかに苦手なタイプなのだろう。恐る恐る、知り合いを殺すことに抵抗がないのか尋ねる美月。同僚だからこそ油断してくれるじゃないですか。と事もなげに言う。

S#3謀り屋、海藤優木
夏の終わりのある日。美月がアパートに戻ると、節子が若い女と話していた。女はヒステリックに泣いている。依頼は浮気した彼の殺害だった。タイムリーな話題に表情を変える美月。節子が希望する死因を尋ねると女は「自らの手で殺したい」と話した。困った表情を浮かべる節子だが、ソファに座って話を聞いていた『謀り屋』海藤優木は笑みを浮かべていた。
後日、節子と幸太郎の『審査』により、死に値する人間であるという事が決まる。共同スペースに集められた住人達の前で節子がだれがこの依頼を受けるかを話している。手を挙げたのは優木だった。そして、悪戯っぽく笑う優木は振り向くと美月に言った。「今回は『見学』だけじゃなくて『協力』してもらうからね」たじろぐ美月。
節子の資料をもとに調査を行った優木は資料を並べ美月と話している。やり口は美月がターゲットに接触。依頼人の女がその場を目撃し殺すというベタなものだった。協力しターゲットに接触する美月。1週間後、ターゲットの部屋へと招かれた美月。そこにナイフを握りしめた依頼人が現れ、男を刺そうとするがその場でへたり込んでしまう。すると、男の部屋のクローゼットから惣一が現れる。「おれは保険だ」言いながら、惣一は男を一突きにする。-後日談。

沈め屋、桶川綾香
夏が終わり、季節は初秋をむかえる。空気は肌寒くなりはじめた。
最後の1人となった桶川綾香は次の依頼が入るのを待っていたが、依頼はなかなか入らない。
次の日、美月は病院の待合室にいた。
特に病気と言うわけでもないのだが、講義終わりに綾香に呼び出されたのだ。なぜ、病院なのかと、疑問を浮かべながらも美月は辺りを見回し、綾香を探す。
不意に後ろから声をかけられ、振り返ると看護師姿の綾香がいた。彼女の本職らしい。いつものよつば荘の綾香からは想像も付かない真面目そうな姿に驚きを隠せない綾香。今終わるからちょっと待ってな。そういうと綾香は振り向いて歩き出した。車椅子に乗ったおじいさんににこやかに対応する綾香。
その夜、綾香と美月は居酒屋の個室にいた。雑談をする2人。美月と彼氏のこと、大学のこと、よつば荘のこと…綾香は人に話させるのが上手く、ついつい自分のことを話すだけになってしまっている美月。それに気づいた美月は質問をする、どうしてあたしのことを殺し屋に向いていると言ったのか。綾香は答える。そして、美月はいつも通りの質問をする。どうして殺し屋になったのか。妖艶に笑い、グラスの酒を飲み干すと殺し屋になることができたから。と答える。
後日、ついに新たな依頼が入ってきた。依頼人は初老の女性で入院中の旦那を殺して欲しいとの依頼だった。恐い話もあるものだと呆れる美月。しかし、依頼内容について話すうち、依頼人は涙を流し始める。不思議に思う美月。後日また、と依頼人は帰って行った。例の審査の期間である。
さらに後日、共同スペースに集められた殺し屋たち。ターゲットについての説明がなされる。田辺京一、アルツハイマー、事故により下半身不随、入院中。絶望的な状況を説明され、顔をしかめる美月。審査の結果は可。美月はおどろく、その人、死に値しますか?美月はつい言ってしまった。節子は美月ちゃんと笑顔で言う。私たちの仕事には特例があるのだと、それがターゲットの為の死であるなら依頼人に悪意がない限り審査は通るのだと。何も言わずに座る美月。綾香が手を挙げる。この依頼、あたしが受ける。だって、このおじさんが入院してるのウチの病院だし。会議は終わる。殺し屋たちが散って行く中、美月か座りっぱなしだった。
後日、綾香の病院にいる美月。一応持ってきた見舞いの品を弄びながら、待合室で待っていると綾香がやってくる。ついてきて。短く言うとある病室へと連れて行かれる。病室のなかには京一と依頼人がいた。世話をする依頼人にどなたか存じませんがありがとうございます。と、頭を下げる。泣きそうな顔をする依頼人。2人に気づき、病室を出ようとする依頼人。すれ違いざま、綾香が低い声で今夜実行します。アリバイは保証しますが、念のため誰か人と会っていて下さい。依頼人は一瞬驚いた顔をするが、すぐに力なく笑い頷いた。
深夜の病院、霊安室に隠れさせられた美月は綾香に呼ばれ、出てくる。どうやって殺すの?短く訊ねる美月。私は沈め屋、眠らせるんだよ。短く答える綾香。
病室に佇む2人。ベットには京一が静かに眠っている。この人の為の死ってなんですか?美月が問う。死ぬときに依頼人に想われていることだ。綾香が答えながら、注射器を取り出す。綾香は京一に近づき、京一の腕を一度優しく撫でた。おやすみ。小さくつぶやきながら、注射器を刺す。
黙って見ている美月。それでもやっぱりそれは死を望む側のエゴだと思います。美月は思うのだった。

エピローグ
美月は惣一が運転する車の助手席に乗っていた。レンタカーのハイエースの後部座席には優木が乗っている。
車内での会話。
しばらくして車は旧同棲部屋へと着いた。しばらく鞄の中に奥に埋まっていた鍵を取り出すと美月は2人とともに中へと入る。彼氏の姿はない。その時間を狙って来たのだから当たり前だが。
後から入ってくる2人は両手に未使用のダンボールとビニール袋をかかえている。さっ、さっさとやっちゃお。笑顔でいう美月。自分の私物や、そろいの食器がそっくりそのまま残っていたことを少し嬉しく思い、鬱陶しく思う。
いらないものはビニール袋に、いるものは千田と優木に渡す。後ろで2人はそれらをダンボールに詰める。
流れ作業のように作業を進める。
会話をしながら進めて行くと作業は彼氏が帰ってくる時間よりだいぶ前に終わった。
箱を車に詰め込んだ後、優木が言う。なんか逃げてるみたいだ。ははっと笑うとそうだね。と答える美月。
千田が本棚に近づく。手早く本棚の本をひっくり返し出す千田。こんなんどう?笑顔で振り返る千田。うわーくだらねー。優木が顔をしかめる。さらなる復讐を提案し始める。千田が返す。真剣な2人に笑う美月。そして、美月も提案を始める。
しばらく話すと玄関の扉が開く。
あちゃ、と小さく声を漏らす千田。
彼氏が帰って来た。
戸惑っている彼氏。
しばらく顔を見合わせた後、美月を見る千田と優木。
帰ろっ?美月は笑顔で言う。
彼氏の横をじゃっ。と短くいいながら通り過ぎる。2人か続く。
帰りの車の中。
よかったの?と聞く優木。
よかったの。と答える美月。
そりゃよかった。と笑う千田。
時刻は18時を過ぎている。
よつば荘ではそろそろ美味しいご飯ができているはずだ。

エピローグその2、もといプロローグ
食後のよつば荘、共同スペース。
さて、美月ちゃん。節子が切り出す。決断を。聞かせて?と続ける。
美月は静かに言う。わたしは殺し屋にはなれません。
全員の表情が変わる。
美月は続ける。と言うよりも、なれません。わたしに人を殺す度胸はありません。皆さんに殺されていく人を見る度にわたしが感じたのは疑問と憎悪でした。でも、だからこそ、わたしにもなれるものがあると思った。わたしは生かし屋になりたい。
驚いた表情の一同。
皆さんが殺した人たちにだって改心する余地があったはず。生きるべき場所があったはず。死んでもだれも悲しまない人なんていないんだから。
待ちなよ、美月ちゃん。遮ったのは千田だった。
それぞれの殺す理由を否定していく美月。
だから、わたしが目指すのは正しい罰を受けて正しく生きて正しく死んでもらう。そんな殺し屋です。
でもそれは、この百戦錬磨の殺し屋たちと敵対する道だ。
成り行きとはいえ入り込んでしまったこの世界で真っ直ぐ正義を貫く彼らを見て、わたしもこう生きられたらと思ったのだ。
詭弁ですかね…?
ヘラッと笑う美月に
ようこそよつば荘へ!
と笑顔を返す殺し屋たち。





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