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心のコップの水位について考えてみた

昨日、こんな記事を書いた。
心の状態をコップの水位に見立てる話(水位が高いほど余裕がなくなる)。
けれど、そもそも私って日常的に高い水位で生きてるよな…と気付いた。
果たして私の心のコップの中には何が入ってるのか。考えてみた。

1.普段から緊張度が高い私

毎日会社で緊張している。これは社会人14年目になっても治らない。
心をコップに見立てるなら、普段から水位4位で生活しているイメージだ。

ペースの速い人に急かされるのも苦手だし(早く回答ださなきゃ!と力んでしまう)、周囲が忙しくてイライラしている時はその空気が痛いほどわかり、私には関係ないのに焦る(何か役に立たなきゃ!と力んでしまう)。周囲の人のその日の気分、にもとても敏感だ。朝から不機嫌だとなんだかソワソワする。

いやいや、業務に集中しようよ、というつっこみが聞こえてきそうだが、もうこれは治らないんだろうな、と最近諦めの境地に入った。辛いことは辛いが、もうそういうものだと思っているし、死にはしない、と開き直ってる。

2.心のコップには何が入ってる?

このように普段から周りの情報がどんどん心の中に入ってきて、それが私の心のコップの水位を高い位置で保っているようだ。
周囲の"気"に敏感で、その中での自分の立ち位置を常に調整しているイメージ。慣れない環境・気の許せない相手ではそれらがノイズとなり、余計に私を疲弊させる。

3.各々が固有の能力を駆使してオフィスでサバイブしてる

人それぞれ、いまの環境の中でどう生き残るかを無意識に模索しているのだと思う。自分の持っている個性を最大限に使って。
その中で私の生存は周囲との人間関係構築に左右される、ようなのだ。
自分のやるべきことに集中し、目標に向かって独力で直進するタイプではなく、周囲とコミュニケーションをとり、協力しあって物事をなしえていくのが私の生存に適しているのだろう。先日ストレングスファインダーを受けて、やっぱりね。と腑に落ちた。

4.コップが溢れる前に何ができるか

コップの水位が日常的に高いのを受け入れ、無理に水位を下げようとしない。これが大前提。(いさぎよく諦めるってことね。)
その上で何ができるか。

シンプルに、一人になる時間を意識的に取るということだろう。
一人になる、とはスマホからも遠ざかることだ。voicy、podcastの音声メディアはもちろん、画面をみることも避ける。
毎朝会社の最寄り駅から会社まで15分ほど歩く。そこで何も聞かず、何も読まず、ただ空を見上げながら歩く様にしている。
いろんな考えや気持ちが交差するが、ここは私の時間だし、空は青いし、イチョウがきれいだ、と思うと心の水位がそっと下がっていく感覚になる。

そして、こんな私でもなんだかんだありながら37年間生きてきたという事実がそんな私でも大丈夫、という絶対的な根拠になっている。家族といる時間が幸せだし、毎日よく食べてるし、よく寝てる。だから、コップから水が溢れても、またいつか下がるから大丈夫。ようやく最近思える様になってきた。


それでは、仕事いってきます。
(雨が強いけど今日も歩くぞ)
よい一日を。



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