見出し画像

小説未満 新作小説創作途中中継だよ⑦

おおわくの道筋は考えているけれど、
それをどう具現化していこうかと考える過程で悩みは生じるもので。

プロットを考えたときに、この道筋にしようと決意して物語を書き始めているが、実際に、書き進めて具体的な物語が浮き上がってくればくるほど、当初の予定どおりに進めていいものか、もっとよりよい道筋があるのではないかと悩み始める。

うんうんと悩みながら、悩み疲れてうとうとすることも。
リラックスソファに座っていたら、悩み寝落ちをしていること多々。

ここはこうしようと決意したところは筆がだーっと勢いよくすすむこともあるが、
はて、ここまできたが、この後どうしようと悩む。
さらって書き進めるはずだったのに、予想外に盛り上がっちゃったなーとか、間延びしてるんじゃないかなーどうかなー。
もともと予定していたシーン展開だったらつまらないかなぁ、どうかなー
そして悩み寝落ちする。
そんな進行だったな今週は。

最終的にきちんと物語にするんだ。
その決意のもと進められるペースで進めていくしかないなー。


またまた
創作途中中継です。
創作大賞の〆切までにはちゃんと物語を終えたい。
突貫工事で進めてる感じあるから、ざっと書き終えたら推敲もきちんとしたいぞ。



前回書いたのはここまで


 ベラッキオの語りが始まった。
「俺は、親に捨てられて、飢え死にしそうなところ、このギルドのとあるピソ―ラのピソを盗み食いしてひっとらえられたことから、俺のピソ職人としての人生がスタートしている。ピソ職人だけじゃねえ、職人というものは、何か自分が手に職がないと食っていけねえという渇望感があって、技能を身につけていることが多い。職人たちは、貧しい家庭の生まれも多い。自分の手に職を持っているのが大事なんだ。それは、貧しさから逃れられる唯一の手段。王族や貴族など生まれた時から恵まれたやつらにはわからない渇望感だろうな。能力を身につけなければ飢え死にするしかないんだ。自分のできる能力を還元して金にかえるしかねえ。ピソを盗み食いした俺は、しばらく、牢屋に入れられた。俺には身寄りがない。牢屋から出ても、その後の生活をなんとかする術がない」
「親に捨てられたのは何歳くらいだったんですか?」ジョアンナは思わず聞く。
「6歳だ。いまでも覚えている。家に食べるものがなくて、いつも空腹だった。城外の僻地に俺の家はあった。その時は誕生日だった。母親がお祝いをしてやると俺を家から連れ出した。俺にとっちゃお祝いなんてどうでもいい。ただ、腹が減って仕方がないから、何か食べたかった。連れてこられたケラスズ城の城下町のマーケットには肉、魚、色とりどりの野菜が売られていた。見たことのない鮮やかな景色だった。そこには豊かさがあり、日々食べ物に困ることのない満たされた人々がいるってことがわかった。マーケットに並べられた様々な食材を見ているだけで、空腹がまぎれるような気がした。母親が、じゃあご馳走を買ってくるから、ちょっと待っててねと言い残して、俺のもとを去った。俺は、よし今日は腹いっぱい食えると思って楽しみにしながら待ったんだ。でも何時間たっても母親は帰ってこない。そして、日が暮れても戻ってこない。マーケットに出ていた店がどんどんと片付けをはじめる。がやがやとしていた近辺は店が閉まっていくと、急に人通りがなくなり、家に戻る方面もわからない。そこで、ああ、母親が俺を捨てにここに来たんだということを悟った。口減らししたかったんだろう」
「それで、空腹に耐えきれず、ピソを盗んだ」エラディンが、ベラッキオの話の続きを促す。
「ああ、そうだ。腹が減りすぎていたせいかもしれないが、そのとき盗んで食べたピソがうますぎて。牢屋から出ても、またあれが食べたいと思った。俺も馬鹿なんだが、盗みに入ったピソ―ラでピソが食べたいとうろうろしていたら、同じピソ―ラの職人にひっとらえられて、牢屋にまたぶち込むぞと言われた。そこで、俺には帰る場所がなく、なんでもするから、ここで働かせてくれと懇願した」
「それが、ピソ職人のはじまり……」
「いや、そんな単純な話じゃねえ。信頼ゼロ、むしろマイナスからのスタートだ。最初は、厨房はおろか、店内にも入らせてもらえない。変なそぶりを見せたらすぐに牢屋にぶち込んでやると言われ、それで、店のまわりをうろうろしていたら、今度は、お客に不審がられるから、掃除しているように見せろと言われて、箒、バケツ、雑巾をもたされた。仕方がないから店のまわりを掃除した。一日かけて掃除するしかなかったが、ピソ―ラのまわりにずっといて、掃除をしていたら、売れ残ったピソや失敗したピソなどがもらえた。飢えをしのぐには、充分だった。むしろ、城外の僻地の家にいたときのほうが、食べ物がなくて飢えていたことのほうが多かった。暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も関係なく、外にずっとい続けなければならないのは大変だった。だが、少なくとも一日の終わりには食い物にありつけた。しばらく売れ残って痛み初めているピソや、黒焦げになった失敗ピソなど商品価値のないものばかりだったが、何もないよりは、ありがたかった。ピソ―ラの外で掃除すること以外やることがなかったから、合間にピソ―ラにどんな客が来るのかを観察した。どんな客がどれくらいの量や金額でピソを買っているのかを観察した。あの客はいつも来るから、このピソとあのピソを買うだろうと予想してそれが当たったか外れたかを観察するゲームをしたり、客がピソの陳列棚を見てどういう視線の動きで、何を買うのか当てたりする、ひとり遊びをしていた。意識はしていなかったが、そのピソ―ラにくる客層のデータを頭に叩き込んでいた。また、ピソ―ラに出入りする商人たちも観察対象だった。ギム粉やそのほかの材料、調理用具などいろんなものを売りつけていた。表の売り場じゃなく、厨房につながる裏口の扉をノックして営業していくんだ。そこで交わされる会話を聞く。今年のギムの出来がいい、悪い。ギム粉の挽きの粗さでどう風味が変わるか、この職人がつくった調理器具はいいだの悪いだの。裏口に営業にくる商品はこのケラスズ城の城下町で商売をしている者だけじゃなかった。遠方からやってきた商人もいた。俺が掃除していたピソ―ラはこのギルド地区の中でも繁盛しているピソ―ラだった。金が集まるところには人も集まってくるんだなと思った。探し求めなくても商人たちがこれはいい材料だ、いい商品だ、どうですか?買いませんかと提案しにくるんだ。そんな光景を見ていると、儲かることが正しいんだなと刷り込まれていった。ピソ―ラのまわりを掃除して、ピソ―ラに来る人間観察をして過ごすこと1年くらいだったか」
「一年!!」エラディンが驚きのあまり声を漏らす。
「ああ、身寄りのない乞食みたいなもんだからな。ピソ―ラのまわりを掃除して、誰も食べない痛んだピソを食べて腹を満たし、宿もないから、適当に雨風が当たらない場所を探し出して寝た。その繰り返し。それで、ある日ピソ―ラに大量のギム粉や材料などが運び込まれたことがあった。おそらく大口の取引先ができたのだろう。ピソ―ラで働いている職人たちが総出で搬入作業をしていた。その様子をいつものとおり、箒を持ちながら見ていた。すると、ピソ―ラのオーナーシェフが俺のもとまでやってきて、何をやっている?お前も荷物運びを手伝わないかと言ってきた。そのときにはじめて、ピソ―ラの店内や厨房に入ることを許された。荷物運びを終えたあと、また箒をもって外の掃除をしに戻ろうと思ったら、またオーナーシェフが俺の首根っこをつかんで、何をやっている厨房内を掃除しないかと言った。そこでようやく、俺の居場所が店外でなく店内に格上げされたのだ」
 リアナが忙しく筆を走らせている。語り続けるベラッキオの職人人生を記録していく。ジョアンナは、リアナがメモを取っている内容を確認すると、見たことのない言語でメモがつづられている。波のように流れていく形の文字だった。エルフィー族が使っている言語なのかもしれない。
「やっと厨房内に入れたものの、やることはいつものとおり掃除や片付け。厨房内で忙しくピソ製造に動いている職人たちの邪魔になるような動きをすると、怒鳴られた。ピソ―ラがオープンするまえの3時間が一番緊張感のある時間だった。ピリついていて、誰もしゃべらない。もくもくと自分の持ち場の仕事についている。俺も厨房内にいるものの、なるべく気配を消していた。とはいえ、何もしなかったら、洗い物がたまっているとか、掃除ができていないのか、拭きが甘いなどと言われ怒られる。厨房の清掃の合間に、他の職人たちがどのようにピソを作っているのかを見た。製造が落ち着いているタイミングでは、簡単な買い出しに行かされた。買うものを間違って殴られることもあった。ピソ―ラに商人たちが材料を売りにくることももちろんあるのだが、そこで間に合わないものや、緊急で必要になった材料や道具は、都度調達する必要があった。俺がそのピソ―ラで働いている一番年下だったし、というか、まあガキだったし、誰もがやりたがらないこと、めんどうなことは真っ先に俺がさせられた。それで日々食べるものがあって、生きていくことができるのだからなんの不満もなかった。そういうなんでも便利屋を3年くらい続けていた。ピソ―ラにどんな人物や商人が出入りして、足りないものはどこから調達するのか、日々の仕事の中でどんな役回りをしたらよいのか、そんなことをぼんやりと把握するようになった。ピソづくり以外の部分のピソ―ラ運営に関しては、その3年間が一番勉強になっていた。俺もガキだから、大人じゃないし、周囲の人間も油断していろんな側面を見せてしまっていたのだと思う」
「つまり、そこでピソ―ラの店舗づくりを学び、それが後にピソ―ラ経営に生かされているということですかな?」エラディンが尋ねる
「いやいや、まだガキだしな、そこまで頭まわってねぇよ。ただ、なんだろうな、ピソ―ラの現場の空気をそこで覚えたって感じらだろうな。小間使いのような働きをしていく数年を経て、ピソづくりにかかわらせてもらう機会がやっときた。ピソ製造をするピソ職人のうちの主戦力となっていた職人が店を辞めたんだ。ピソ製造の人手で急に足りなくなって、おい、おまえもピソ製造を手伝えって急に言われた。俺も、そんな急に言われてピソをつくれって言われたって、何にもできないよと言ったんだが、おまえもう何年も工程を見ていただろう?いいからやれ!って言われて、あんなにかたくなにずっと触らせてもらえなかった生地を触るようになった。最初は捏ね上げられた生地の分割作業からだった、目分量で生地を均等な重さにわけていく作業。となりで先輩職人も同じ作業をしているんだが、俺が適当に分割していると、馬鹿!量が多すぎる!それじゃ少なすぎるっていっていちいち言ってくる。作業のテンポが遅れるから、さっさとしろと文句を言われれながら作業する。殴られたり悪態をつかれるのは、もう慣れっこだった。その次は丸め作業だ、成形作業だ、窯をやれといろいろ持ち場を覚えていった、最終的に生地を捏ねる仕込み作業をさせてもらうようになったときには、一職人として認められたのかもしれないなって実感した。俺は18歳になっていた。気が付けば俺が一番どの持ち場に対して詳しくなっていた。自分が生きるため仕方がなくピソ―ラにかかわってきたんだが、それでも、目の間にある仕事をもくもくと手を動かすのはきらいじゃなかった。厨房に入ることをゆるされる前は、痛んだピソばかり食っていたが、それから様々な持ち場をまかされていくうちに、商品になるピソを食べて味を確認するようになった。知らず知らずのうちに職人として舌が肥えていった。何がいいピソで、ダメなピソなのかがわかるようになった。商人が、この材料を使ってくれと日々いろんな提案にくる、それを試すことも多かった。ピソだけでなく、他の食べ物や食材の味を覚えたのもその時期だ」
「それが、多種多様なピソの商品開発をして売る原点になっているということですね」エラディンが問う。
「まあそうだな。生き残るすべとして職人になるしかなった。目の前のことに向き合ってきたら、結果そうなったってことよ。ガキの俺がピソ―ラのピソを盗んだのも、何かの運命だったのかもしれない。そして、そのピソ―ラがこのギルドの中で一番儲かっているピソ―ラだったことも」
「もしや、そのピソ―ラを、現在ベラッキオさんが引き継いだということですか?」
「ああ、そのとおりだ。前のオーナーシェフの親父さんが病気で死んじまってな。あとを頼んだぞと頼まれたのが俺だ。親父さんの一人娘と20歳のときに結婚していたしな、当然の流れといえば当然だったが……」
 リアナが手を止めることなく、ずっと筆記しつづけていたのが、ようやく区切りがついた。その様子を見て、ベラッキオは
「もう、かなり話しただろう?取れ高充分だろう?そろそろ仕事に戻っていいか?」と言って、席を立った。
 貧しくて飢えて痩せこけていただろう少年は、日々のピソと豊かな食べ物で腹をでっぷりと大きくさせ、富を得た大男になっていた。今の姿からは過去の姿など想像もつかないとジョアンナは思う。今成功をしているように見える人物であっても、壮絶な過去や、そこから這い上がるための努力というものをしていることがある。過去を気にするのではなく、今どうありたいか、未来はどうしていきたいのかを考えることも大切なのかもしれないなと思った。
「ベラッキオさん、厨房の見学をさせてもらっても?」コゴアミンが、その場を去ろうとするベラッキオに尋ねる。
「ああ、好きにするがいい」
「ベラッキオさん、わたしも厨房見学しながら、スケッチをさせていただいても?」
 ジョアンナもコゴアミンの後に続く。
「勝手にしろ」

 エラディンとリアナは、ベラッキオを取材した内容をいち早くまとめるために、フィリッポの工房に戻っていった。ジョアンナとコゴアミンはピソ―ラの1階の厨房の隅に立って厨房の見学をしていた。
 取材に来たばかりのタイミングは多くの職人が各持ち場で忙しくしていたのだが、ベラッキオの取材が終わったあとは、厨房の忙しいピークが過ぎたのか、少し緊張感が緩和していた。仕事が落ち着いてきただけでなく、オーナーシェフのベラッキオが取材を終えてからどこかに出かけて、厨房にいなかったこと大きいかもしれない。
「このあたりで、ベラッキオ少年は、厨房の様子を見ていたのかな?」ジョアンナがコゴアミンに話しかける。
「……ああ、そうかもしれないね」
 コゴアミンの反応がにぶく、横顔を見た。コゴアミンが真剣なまなざしが職人たちの手元や動きを見ていて、ジョアンナに話しかけてほしくないオーラを出していた。
 仕方ないとジョアンナは思って、コゴアミンのもとから少し離れて、厨房の全体が見えて、壁に持たれかけられるところに移動した。カバンからスケッチブックとペンを取り出し、左手でスケッチブックを抱え、右手で持ったペンを走らせた。職人がピソ作りをしている様子を描くのは慣れている。フィリッポの工房にいたときに、飽きずにフィリッポの様子をスケッチしていた。
 ピソ―ラで働く職人たちの様子を描きながら、時折、手元を拡大したアングルでスケッチをし、職人たちが製造の工程。フィリッポはやっぱり職人目線として手元とどんな道具を使っているかが気になるし、手元のスケッチがほしいと言われた。技術的な説明をするときに、具体的なイメージがほしいそうだ。エラディンからは、お店全体の様子がほしいと言われた、スケッチしてほしいのは、厨房の全体図、売り場の全体図、あと、人気の商品のスケッチ、お店の外観と言われていた。
「描くもの多い、大変。みんなすぐに描けると思って簡単に頼むんだから……」
 ジョアンナがスケッチする対象物の多さにため息をついているころ、コゴアミンは、厨房の隅からいつの間にか、職人の真横に行って聞きたいことを尋ねてている。最初は何者だろうと警戒心を抱いていた職人たちは、コゴアミンの正体も職人であることを知ると、逆にコゴアミンにこういうときはどうしているかという職人同士の会話をはじまった。最終的には会話だけにとどまらず、いつの間にか他の職人たちと一緒に生地を捏ねている。
「ベラッキオさんが戻ってきたら、怒られちゃうよ」ジョアンナが心配のあまりコゴアミンに言うと
「大丈夫だって、怒られるなら怒られるし。悪いようにはしないよ」
 職人同士で、すぐに打ち解けてしまう様子を見ると、うらやましいなとジョアンナは思う。フィリッポとコゴアミンもそうだ。フィリッポと知り合ったのはジョアンナのほうが先だし、フィリッポと一緒に暮らし長い時間過ごしていたのにも関わらず、ポッと出の、ピソづくりの勉強させてくださいと突然、フィリッポの工房に顔を出したかと思えば、すぐにフィリッポと打ち解けている。
 コゴアミンがすごいのか、それともジョアンナがフィリッポと打ち解けられていないのかどっちなのだろうと悩んだこともあった。コゴアミンにそのことを話すと、「そりゃね、同じピソづくりに向き合っている職人同士だし、そこの共感はベースにあるよ。多くを語らずとも、ピソづくりの手の動かし方、厨房での動きを見ていたら、おのずとその人の性格というか、本質が透けて見えてくるんだよね」とコゴアミンは笑いながら答えた。
 あるとき、フィリッポとコゴアミンが生地を捏ねて仕込み作業をしているときに、ジョアンナが「わたしも手伝う!」と言って一緒に生地を捏ねたことがある。材料を混ぜ合わせるところまではできるのだが、フィリッポとコゴアミンのように生地を捏ね上げ粘り気のある状態からプルンとした状態になるまで力強く捏ね上げることができない。同じ時間捏ねていても。ジョアンナの生地はベタベタのままなのに、ふたりの生地は表面がプルンと弾力のある生地が出来上がっていた。
「きみは、腕に力がないし、ピソ職人には向かないよ」とコゴアミンが何気なく言ったことをずっと忘れられずにいた。ジョアンナは自分もピソ作りができるようになれば、フィリッポの見ている景色が見られるのではないか、より近づけるのではないかと思った。でもそんな簡単な話ではなかった。
 厨房内のスケッチをあらかた終えたので、厨房を出て、ピソ―ラの売り場に出た。取材にきたばかりのタイミングよりは客が少なくなっており、外の行列がなくなっていた。ピソ―ラの外観をスケッチする。
「やっぱりうまいな。うちのピソ―ラだ」
 話しかけられて驚く。スケッチに集中していて、ジョアンナのとなりにベラッキオがいつの間にか来たことに気付かなかった。
「……ありがとうございます」
「描くスピードも速いんだな。迷いがない」
 ベラッキオがしばらく、ジョアンナがスケッチしていく様子を眺めている。沈黙が落ち着かなくて、ジョアンナが尋ねる
「厨房にもどらなくてもいいんですか?」
「ああ、俺がずっといたら、職人だちが気を張りすぎてしまう、それでいいピソが作れなくなったらいやだからな。こうして俺の目が届かないタイミングをあえてつくっている。厨房に入ったら入ったで、俺、黙っていられないし。もう一人の連れのピソ職人見習いはどうした?」
「厨房の職人たちと、ピソづくりについていろいろと楽しそうに話しているみたいです」
「なおさら、俺がじゃましないようにしないとな」
 インタビューをしていたときに話していた声音よりずいぶん優しくなっている。
「そのスケッチいくらなら売ってくれる?」
「これは売り物じゃなくて、ピソ職人新聞の挿絵のために描いているんです」
「とはいえ、すべてのスケッチを使うわけじゃないだろう?」
「まあ、そうですけど……」
「まあ、いいや、今度うちのピソ―ラの看板を描いてくれよ。報酬出すから。この屋根の今の看板と同じ大きさのもので、店で販売しているピソの絵もつけて。いくらでやってくれる?」
「ですから、わたしは、そんな仕事を受けていないんです。今日は取材のサポートできただけで」
 ベラッキオが鼻で笑いながら言う。
「いいか、お嬢さん、自分の技能ってのは、値をつけてアピールしたほうがいいんだぜ。でないと、せっかく換金できる自分のスキルが無断で使われるか、安く買いたたかれるんだ」
「そんなんじゃありません!私はスケッチをしたくて描いているんです。お金を稼ぐためにやってるんじゃないです」
 ベラッキオが取材のスタートから今に至るまで、金のことばかりを考えて口に出すのが不快だった。
「今日の取材のアシスタントやらは日当いくらだ?その確認はきちんとしているか?あのピソ新聞社は王からの命で設立された新聞社だろ?大人たちは十分な報酬をもらっているかもしれない。でもお嬢さんみたいなこどもはどうだ? 働きに即した報酬はもらえているか? その確認をしているか? さっきから、俺がずっと金、金、金とうるさいなと思っているだろう? でも大事なことだ。そうじゃないと搾取されんだぞ?」
 バタンとスケッチブックを閉じた。
「師匠はそんなんじゃないです!侮辱しないで!」
 スケッチブックとペンをかばんにしまって、ベラッキオのもとから離れる。
「……親元を離れて、働きに出ているってことはなんか事情があるんだろう? 自分の身を守れるのは自分だぞ。この世界で生きていくならもっと賢く生きたほうがいい」
 離れていくジョアンナの背に向かってベラッキオが要らぬアドバイスを投げつけた。
ジョアンナはピソ―ラの裏口から厨房に入り、コゴアミンを呼んだ。
「帰るよ!コゴアミン!」
 顔を赤くして怒っているジョアンナに驚いたコゴアミンは「大丈夫? 何かあった?」と尋ねる。「なんでもない、早くわたしたち戻らなきゃ」とだけ言ってピソーラを離れた。
 親元と離れてというけど、そもそも私には親の記憶がないんだ。余計なお世話だ!搾取されるも何も、師匠たちはむしろ命の恩人だし、育ての親だ。それをなぜ否定されなきゃならない? ベラッキオと同じ親に捨てられた可哀そうな子どもとそして自分が見られなきゃならない。
 帰り道もずっと怒りが収まらない。コゴアミンはそんなジョアンナの気配を察して、黙ってフィリッポの工房まで連れていった。

 フィリッポの工房に帰ってくると、エラディンとリアナが記事のまとめ作業をしている。どんな取材の話があったかをフィリッポに共有し、フィリッポはピソの生地の捏ね作業をしながら、意見を述べている。
「なるほど、商売という観点で、そのピソ職人の言っていることは興味深いですね。俺は陛下たちの食事にピソづくりを中心にしているから、オペレーションも違いますしね。勉強になります」
「あ、おかえりなさい」
ジョアンナとコゴアミンがフィリッポの工房に戻ってきたのを確認してリアナが言った。
「コゴアミン、今日はガイドありがとうな。これガイド料」
 エラディンが紙に包んだ報酬をコゴアミンに渡した。
「ありがとうございます。たすかるっすー」コゴアミンがニカっと笑った。
「お、ちゃんと仕事してきたんだな、コゴアミン」フィリッポが、肘でコゴアミンを小突く。
「フィリッポ兄さん、何か手伝いましょうか?」コゴアミンが袖をまくる。
「報酬は出ねぇぞ」
「何言ってるんすかーいつも出ないじゃないですか」
「その会話の流れだと、俺がひどい奴みたいじゃないか」
「違いますよ。フィリッポ兄さんのピソ職人の後ろ姿が語ることを感じとっているんですよ」
「なんだそれ」フィリッポが笑う。
「でも、コゴアミン、フィリッポは認定ピソ職人様なんだから、そんな人の技術を時折見られるこの状況に感謝するんだぞ」エラディンが言う。
「エラディン殿、俺を持ち上げるのをやめてくださいよー」
「いやいや、大真面目。フィリッポがいないとこのピソ新聞社の権威というものが全くもってないからな。ピソづくりに関して全くわれわれは素人だから、きみがいてくれるからこそ成り立っている」
「俺はただただ、好き勝手ピソづくりやピソ職人が話したことに対して好き勝手コメントしているだけなんですけれどね。あ、コゴアミン、そろそろ窯に入れているピソが焼きあがるから、出してもらえるか」
 コゴアミンはお安い御用ですと言って、耐熱手袋をして、熱々の窯の蓋をあけ、ピソが並べられている天板を引き出した。
「うわぁ、さすが、兄さんいい焼き色と香りです」
「陛下のもとへ、そろそろ配達に行かないとだ。コゴアミン、ここの生地、あそこの発酵室にいれといてもらえるか?」
 コゴアミンが捏ね上げられた生地をボウルから取り出し、平たく四角い大きい容器にいれて、発酵室と呼ばれた小さな部屋に運んだ。その合間にフィリッポは金色のピソを、バスケットにいれていった。
「陛下にピソをお届けしたら、僕はその足で自宅に帰ります。みなさん、新聞の仕事があるでしょうから、そのままここ使っていただいて大丈夫です。また、お休みになられたいときはとなりの寝室を使っていただいても大丈夫なので」
「あれ、自宅に帰るのか?」
「ええ、妻が待っているので」
「ふふふ、新婚はいいねー」エラディンが言った。
「まあ、朝の仕込みもあるので、また明け方戻ってきますけれどね」
両手でバスケットを抱え、フィリッポはニカっと白い歯を見せて会釈したあと、工房を出ていった。
 ジョアンナは、カバンから、今日描いたスケッチブックをテーブルの上にドスンと捨て置いた。
 リアナが心配そうにジョアンナの顔色を窺った。
「ジョアンナも、今日はありがとう。助かったよ。このスケッチの中から、いくつか記事に使えるものを選ぶよ。これ、お礼ね」
 エラディンはジョアンナにも今日の報酬を渡した。ジョアンナは黙ったままペコっと礼をして受け取った。
「あれ、体調悪いか? 今日は長丁場だったし、帰って休んだらいいよ」エラディンが言った。
 コゴアミンは発酵室から出てきて、俺帰りますねって言ったから、コゴアミンと一緒に帰ればいいよとエラディンが言おうとしたら、リアナがそれを遮った。
「ねえ、ジョアンナ、せっかくだから、この新聞の原本を印刷所に一緒に持っていこうか」
 リアナが誘ってくれたのも、あとで二人きりになって話そうよという思いやりというものが感じられたから、ジョアンナはうんと答えた。
 コゴアミンは工房から帰り、ジョアンナはリアナの仕事が終わるのを待った。
エラディンとリアナが記事の詰め作業と、挿絵にするスケッチをどれにするかの相談を少し離れた場所からぼんやり聞いた。
 記事の詰め作業が終わると、エラディンは少し休もうかなと言って、工房の寝室に眠りに行った。あたりは真っ暗になっていた。

いいなあと思ったらぜひポチっとしていただけると喜びます。更新の励みになります。また今後も読んでいただけるとうれしいです。