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小説未満 新作小説創作途中中継だよ⑥

仕事中は、雑誌の進行と記事作成のことで頭がいっぱいだけれども、
仕事を終えて、小説の執筆を進める時間になると、頭の中がこれから小説でつくろうとする世界のことで頭がいっぱいになる。

プロットを立てていた時に想像が及ばなかった具体的なシーンや、話をすすめるためにどういう順序で物語を進めていったらよいのかなど考えているとまた筆が止まる。

筆が止まるということは、物語の想像やストーリーの組み立てがまだ練り上げられていないということなのだろうと思う。
うーんと悩みながら、どうしたものだろうと、頭の中でいろいろ考えて、筆を進めては消しを繰り返す。
筆を進めて何かを形つくっていくからこそ見えてくる世界があるし、書いたことによって後戻りしずらいなと思うこともある。
そのバランスの難ししさは日々、小説を書いているときに感じる葛藤だ。

きょうも、想定していたより筆が進まなかったなあと思う日も
逆に、きょうは、筆がのって物語が進んだなーと思う日もある。
そんな日々を繰り返しながら、物語を進めていく。

執筆に疲れて、少し休憩と、お気に入りのソファに腰かけてウツラウツラしていると、夢の中でも、書いている物語の描写が出てきたり、夢の中でも、自分がこの物語ではない、あーでもないこーでもないと悩んでいることがある。

夢でも現実でも自分の書いている物語に悩まされている。
「ああ、小説書いてるなー。生みの苦しみだなー」
と独り言ちながら
この苦しさを味わうのであった。


またまた
創作途中中継です。
もっと早く物語かけたらいいのにと思いつつ、ゴールまでの道のりが長く途方もなく感じる。
それが小説を書くことだから、頑張るしかないなと思う。

ーーーーーー

前回書いたのはここまで


―――(ジョアンナ視点)――――

 いつも見る夢がある。
 青い空を飛んで、目下に広がる森林と町が流れていく。気持ちよく身をまかせて、景色がどんどんと流れていく。そしてプツンとすべての景色が消えて真っ暗闇に。ポウッと、光が浮かんだと思ったら、目の前に銀の盃と、そこになみなみと注がれた赤い液体。さわやかな景色からスタートするのに、最終的に真っ暗闇と赤い液体で夢の映像が終わる。
 はっとして、目が覚めるというのが一連の流れだった。
 ジョアンナは、ベッドサイドにおいていた髪留めで、長い髪をまとめて、立ち上がった。髪留めはリアナがもともと着けていたもので、オリーブグリーンのガラス細工と金細工が施されたものだった。部屋にはジョアンナが書いている作業途中の絵がたくさんあった。

 エラディンに保護されて、ケラスズ城の城下町に住んで5年経とうとしていた。ケラスズ城に来たばかりは、全く話すことができなかったが、最近、日常会話は支障なくでき、書物も読めるようになっていた。そこまで成長できたのは、エラディンが父親のような厳しさをもって教え、リアナが優しい母親のように見守り、フィリッポが一番身近にいてくれたからだった。現在は自立して一人暮らしをして、ケラスズ城の城下町の住民のひとりとして溶け込んでいる。
 ケラスズ城に来たばかりの、まだ言葉が離せなくて、意思疎通がうまくいかなかったころ、しばらくフィリッポの工房に住んでいた。日中は、洗い物などフィリッポの工房の手伝いをし、夜になると、集まってくる新聞社のメンバーの話している内容をそばで聞きながら眠った。エラディンとリアナが、フィリッポの工房に集まり、取材したピソ職人の記事をどう書こうかなどを話し合っている。フィリッポはピソの生地を捏ねる作業をしながら、時折話に混じり、ピソ職人目線の意見を言った。
 大人たちが仕事をしている場に一緒にいられることがジョアンナにとってうれしいことだった。自分も仲間入りできているように感じられたのだ。しかし、実際のところ、ジョアンナは話すことができないし、また大人たちが過去を振り返り懐かしむような話をしていても、そこに共感することができない。過去の記憶が完全に消えていて、過去を振り返るという経験ができないのが決定的な違いだった。それが苦しくて、夢で見た景色を絵に描く。青空と森と遠くに見える町と。同じモチーフを繰り返し、繰り返し紙に描いた。
 夜、眠っているときに悪夢にうなされていると、フィリッポがジョアンナのそばにやってきて、頭を撫でた。本当は眠りから覚めていたけれど、その大きくてあたたかな手が離れるのがいやで、しばらく寝たふりをしていた。朝、目覚めたときに、フィリッポは暖かいミルクを渡しながら白い歯を見せてジョアンナに向かって微笑んだ。なぜか、恥ずかしくて、その微笑みを直視できなくなりつつあることも自覚した。
 フィリッポがピソをつくっている後ろ姿を見ているのが好きだった。こなれた手さばきでピソをつくって、城の王たちの胃袋を日々満たしつづけている。巨大なボウルにギム粉、水、塩、酵母を図って入れ、両手で力強く生地を捏ね上げる迫力、大きな生地かたまり持ち上げるたくましさに圧倒される。面台にデンと置かれた大きな生地かたまりから、右手にもったスケッパーでカ、カ、カと音を立てながら適度な大きさに生地を分割して、左手に流し、上皿天秤の図りに載せてメモリを見て、生地の量を微調整して、生地が天秤から離れると、その反動で天秤がカチャンと音を立てた。その一連の流れはカ、カ、カ、トン、カチャンと小気味のいいリズムを奏でる。面台の上で、分割された生地のかたまりを手で覆い、くるくるすると、きれいな丸い生地玉ができるのも見事。ピソの種類によって、生地を延ばしたり巻いたり、編んだりする繊細な手つき。窯の火を注意深く調整して、天板に並べたピソの生地たちを窯の中にいれる様子、焼き加減を見極めようと集中して窯の様子見ている真剣なまなざし。
 ずっとフィリッポのピソづくりの様子を見ていて飽きなかった。ひとつひとつの作業の動きが美しく、絵を書いて、その光景を残しておきたいとジョアンナは思った。ジョアンナが成長していく過程の中で書いた絵は、上空を飛んでいる絵と、フィリッポのピソづくりの様子の絵、そしてフィリッポの横顔だった。

 ジョアンナが話せるようになったのは、エラディンの粘り強い教育のおかげだった。マトラッセ王子からの命で、新聞社立ち上げのために奔走して、エラディンは忙しそうだったが、ジョアンナのことを気に描けない日はなかった。ジョアンナが何かのきっかけで故郷について思い出すまでは責任をもって、ジャーニマー国での生活に適応できるように、できることは何でもしたいと思っていたようだ。ピソ新聞社の仕事が落ち着いているタイミングを見計らっては、エラディンはジョアンナに言葉の発音仕方を教えた。人々が話していることは理解できるが、うまく話すことができず、また、文字も読めないという状況だった。
 リアナが書いたエラディンの勇者時代のころの冒険物語を教科書として、エラディンがジョアンナに読み聞かせた。同時にジョアンナも同じ原稿を目で追う練習をした。その後は、その原稿を書き写す作業をした。そんなことを繰り返していく中で数年かけて少しずつ話せるようになり、文字も読めるようになった。
 話せるようになって、周囲とコミュニケーションがとれるようになると、ジョアンナは居場所をやっと確保できたように思った。これまで、どんなに周囲の人間が親切に扱ってくれたとしても、自分はよそ者で、一時的な客人として扱われているような感じがして仕方がなかった。それが、ケラスズ城の城下町に住む人々と話しができ、意思疎通できるようになったことで、自分はここにいてよいのだと思えるようになった。
 ただ、自分が何者なのか、どこから来たのかが思い出せないのは、自分の存在の根本を揺るがす問題だった。自分のことなのに、自分について一番わからない。その状態である限り、ジョアンナの心の中の靄はいつまでも消えない。
 エラディンにその不安を話すと、エラディンはいつもうーんと考えていった。
「そうだな。自分の故郷を探す旅というものを始めてもいいのかもしれないな。言葉も話せるようになったし、ピソ職人の取材に一緒にくるか? 各地にいるピソ職人のもとを訪ねるために、さまざまな場所にいくし、ジョアンナもついてくればいい」
「それは嬉しい、師匠の仕事ぶりを身近に見えるのですね!」
 ジョアンナはエラディンのことを師匠と呼んでいた。言葉を覚えていく中で、言葉を教えてくれるエラディンのことを先生と呼んだりしていた時期もあったのだが、エラディンもどこかムズ痒ゆそうだった。あるとき、エラディンに、師匠とこれから呼んでもいいかときいたところ「そっちのほうがしっくりくるな」と言った。

 部屋のベルが鳴って、エラディンがジョアンナを迎えにきたようだ。スケッチブックとペンをいれた鞄をもって、扉を開けて外にでる。エラディンとリアナが待っていた。
「師匠!リアナ姉!」
 エラディンは、よく着ている襟付きの生成り色のシャツにチャコールのベストをきて、ぴったりしたパンツにブーツを履いている。リアナはオリーブ色のローブにフードを目深にかぶっていて、内側で束ねてなどいるのだろう、金色のつやつやした髪が見えないように隠されていた。ジョアンナはリネンのシンプルなドレスをきていた。
「支度できたか? 記念すべき初の取材」
「はい!師匠!」
「オッケー、じゃあ、今日のガイド役がくるまで、もう少しまって」
「ガイド役?」
「おーい!遅くなってすみません!」
 遠くから呼びかけ、ジョアンナたちのもとに走ってくる人影があった。そばかすがチャームポイントのコゴアミンだった。コゴアミンは、ジョアンナがこの世界での生活で初めてできた友達だった。フィリッポの工房に住んでいたとき、たまに顔を出すピソ職人見習いだった。コゴアミンはギルド地区の中にあるピソ―ラというピソを製造販売しているお店のピソ職にのひとり息子だった。ジョアンナと年齢が近く、仲良くなるのに時間がかからなかった。普段は実家のピソ―ラの手伝いをしながら、認定ピソ職人を目指すべく、他のピソ職人の元で修業している。
「ギルド地区のピソ―ラなら、コゴアミンに案内してもらうのがベストだと思ってな」エラディンが言う。
「はい!お安い御用です!ギルド地区は日々、新しい職人の工房や店ができるので、どんどんと迷路のように複雑になっていきます。普段から歩きまわっているものでないと適切に案内できないでしょう」
 コゴアミンは嬉しそうだ。たまにコゴアミンはジョアンナをつれて、ギルド地区内のピソ―ラを何店舗か案内してくれたことがあった。いつもは、ギム粉などで少し粉がついて薄汚れたたシャツとパンツを着ているのだが、今日はおろしたての、まだ汚れがついていないシャツとパンツを着ていた。そして、かぶっている茶色のキャスケット帽はいつもとおなじみのものだ。
「きょう、はり切っているね。服新しいでしょ?」
 ジョアンナがコゴアミンにだけ聞こえるようにこそっと言うと、
「あたりまえだろ、取材の案内役なんだから」
と言ってコゴアミンは照れくさそうに笑った。
 ケラスズ城が高台にある。そこを中心とすると、城に近いところから城に使える者たちの住居や貴族たちの館があり、町民たちの住居、ギルド地区というふうに、裾野が広がっている。城壁がぐるっと囲み、東西にある門からはメインストリートが通っているが、少し路地を入るともう迷路のように入り組んでいる。ジョアンナの住まいは住居エリアの一角にある。キッチンダイニングスペースに寝室があるだけの簡素な平屋だ。ジョアンナは、市場など買い物へ行く場所、フィリッポの工房やエラディンの住まいなど日常的に用のある場所への行き方は覚えているが、そのほかの新しい場所への行き方はなかなか覚えられなかった。町の探検をしたいと思ったら、コゴアミンに道案内のガイドを頼んでいた。「ジョアンナは方向音痴だよね」といつもコゴアミンに笑われる。メインストリート沿いに歩く分にはまだよいのだが、少し路地に入って、左や右やなどグネグネと曲がる小道を歩くともうどこにいるのか、どこに向いているのかがわからない。そのときに、上空から町を見下ろせれば話が早いのにとジョアンナは思うのだった。
 一行はコゴアミンの案内のもと、ピソ職人たちが集まっているギルド地区に入る路地に向かう。途中、メインストリートを歩いていると、立派な建物があり、その建物周辺にダダビット族が集まっている。上半身は人間で下半身は馬の四本脚だ。鍛え上げられた筋肉質の上半身に、立派な馬の脚。どの種族よりも早く駆けるという。グランディン王が、ダダビット族をはじめてみたときに、「なんと美しい肉体の持ち主か」と惚れたらしい。ダダビット族の集落をジャーニマー国が統治後、一部のダダビット族がジャーニマー国の郵便や物流にかかわるようになった。
「勇者通信の配達の時間だな」エラディンがつぶやいた。
 ダダビット族の背に大きな荷物が載せられている。
「配達をここから?」ジョアンナが尋ねる。
「ああ、この建物が印刷所なんだよ。勇者通信がここで印刷されている。あとピソ職人新聞も」
 ダダビット族の大きな荷物には大量の勇者通信が入っているらしい。ダダビット族は、積荷がそろったところで、やぁっと掛け声をあげてメインストリートを駆けていった。
「この城下町では、ダダビット族が配達しているの見たことないけど」
「そりゃそうだ、彼らの脚を活かすのならば、遠方の配達が役割だ。この城下町は通常の配達員が配達をしているんだ。ダダビット族の俊足を活かして、ジャーニマー国内の遠方の町、人里離れた集落までも送られる」
 ダダビット族はすでに門を出て駆け抜けているのかもしれない。
「ダダビット族のおかげで、情報の発信先が増えたんだね」
「ああ、確実に。彼らのおかげで、われわれの新聞社も広く情報を届けることができるんだ。ありがたいよ」
 ジョアンナとエラディンの会話をそばで聞いていたリアナが話に加わる。
「わたくしの故郷の近くにダダビット族の集落がありました。我々エルフィー族もダダビット族も人里離れた山の奥深くに住んでいて、自然に囲まれながら静かに暮らすのを求めている種族だからこそ、こんな風に町に出て、新たな役目を果たしているという姿を見ると不思議な気持ちになります」
「……リアナ姉は、故郷に帰りたいと思う?」
「うーん、どうでしょう? 今の暮らしに充足感を感じているので、故郷へ戻ることへの渇望はないかもしれません」
「そっかぁ、わたしはいつか自分の故郷に行ってみたいなって思う。もう記憶が戻らないのかもしれないけれど、自分がどこから出てきたのかを知りたい」
「……ええ、まっとうな望みだと思いますわ。記憶がもどる手がかりが見つかるといいですね」
「ありがとう」

 ジョアンナたちより少し前を歩いて先導していたコゴアミンが、立ちどまり、ここの路地を入りますと案内した。路地に入っていくと、日が差し込みにくいのか薄暗く、小さな建物が密集して立っていて、それぞれに、職人たちの工房がある。靴職人が皮を縫い合わせて靴を作っていたり、ミシンをあやつり洋服を作っている職人がいたり、織物職人が機織り機をカチャンとカチャンと操り絨毯をつくっていたりした。
「ここのエリアは衣料品関係のものを作る職人が集まっているギルド地区ですね」
 コゴアミンが路地の曲がり角を何度か曲がっていく。
カンカンカンという音が聞こえてきたかと思えば、少し開けた場所で金物職人が金づちでトンカン叩いて金属を伸ばしている。
「ここの金物職人街では、我々ピソ職人も様々な調理器具を作ってもらってお世話になっています。この前もね、使いやすいように様々な大きさのボウルを作ってもらいました。あと、あそこを見てください」
 コゴアミンが指さした先では、砥石を使ってショリショリと刃物を研いでいる職人がいた。
「あの刃物職人の刃物はすごく切れ味がいいんですよ。ねぇエラディンさん」
「ああ、確かに素晴らしい剣を作ってもらった」
「勇者が持つ多くの剣をあの職人がつくっているんですよ。それだけ腕が良くて」コゴアミンは嬉しそうだ。
「師匠は、まだその剣を持っているの?」ジョアンナが尋ねる。
「いや……、勇者を引退したときに剣は返却したのだ」
 勇者職をはく奪されたことをエラディンはずっと恥じていた。
「かわりに、ペンを持たれたのですよね」リアナが優しくフォローする。
気まずい沈黙が流れる。
金物職人が金づちでトンカントンカン、リズムよく金属をたたきのばしている音だけが周囲に響く。
「コゴアミン、さっきから回り道ばかりしていないか? 目的のピソ―ラまで、メインストリートからそこまで離れていないはずなのだが」
 沈黙を打ち破り、エラディンが前を歩くコゴアミンに話しかける。
「すみません、みなさんにギルド地区の魅力をご紹介したくて。つい、遠回りをしてしまっていました」
「取材時間に間に合うように案内してくれよ」
「時間に間に合うのならよいですよね? あともう少しご案内したいところが!」
「……まったく。遅刻したら、報酬を下げてやるからな」エラディンがボヤく。
「まぁ、まぁ、よいではありませんか。わたくしギルド地区の様子を初めて知るので、とても興味深いです」リアナがなだめる。
 ギルド地区を案内するコゴアミンのテンションはいつものとおりだなとジョアンナは思う。ピソ職人だけにかかわらず、何か手に職をもって極めている職人に対して、コゴアミンは強い敬意を抱いているのだった。
 コゴアミンが最後に案内したところは、野菜や魚、穀物、香辛料など食料品が並んでいるマーケットだった。
「ピソ―ラに行く前に、これは特に見せたいものです。こちらの粉ひき小屋をご覧ください」
 コゴアミンが指さした小屋の奥で、石臼でゴリゴリと何か穀物が挽かれて粉になって出てくる様子が見える。粉ひき小屋の屋根の上に、風車が回っており、その風の力で石臼がまわり粉が挽かれるという仕組みだった。
「これは、ちょうどギムの実を聞いてギム粉をつくっているところなんです。これがなかったらピソはできませんからね。この挽きたてのギム粉をもとにピソをつくると、より香りが強いピソが出来上がります」
 コゴアミンにギルド地区を何度か案内しもらったことがあったが、製粉されギム粉ができる光景はジョアンナもはじめて見た。少し黄色がかった粉だ。あれが捏ねて生地になり窯で焼かれると、金色に光るのが不思議だ。何の変哲もない粉なのに、熱を帯びると、輝きだす。石臼がゴロゴロと周り、ギム粉が周りに山を作りながら積もっていく様子は、いつまでに眺め続けていられそうだった。
「では、みなさん!そろそろ取材の時間が迫ってまいりましたので、目的のピソ―ラにまいりましょう」
 コゴアミンが、案内するところをすべて案内し終えたのだろう、ギルド地区の奥からメインストリート方面に向かって一行を案内していった。
「コゴアミンめ、ひとたび案内を任せると、調子がよいな。結局、メインストリートの近くまで戻るじゃないか」エラディンがため息をつく。
「いいじゃないですか、逆に今日の報酬額は上げたらどうですか? ピソ―ラ案内だけでなく、ディープなギルド地区のガイドをしたガイド料として」リアナが言った。

 目的のピソ―ラにつくと、店内に入りきらない客が外まで行列を作っていた。
「すごい、人気のピソ―ラなんですね。行列ができているピソ―ラを初めてみました」リアナが驚いている。
「裏口からまわろう」
 エラディンがそう言うと、コゴアミンが「こちらです」とピソ―ラの裏手へ案内した。表はピソを買おうとする人々であふれていたが、裏手はギム粉が10kgずつ入った麻袋がたくさん置かれている。
「すごいね、人気店だから、大量にギム粉を消費するんだろうね」ジョアンナがつぶやいた。
「このギルド地区で1、2を争う人気店だからね」コゴアミンが答える。
 裏口が見つかり、エラディンがその扉をノックしようとした、そのとき麻袋が大量に置かれている一角から鼻をすすりながら泣いている声が聞こえてきた。ちょっと待ってとジョアンナがエラディンをとめ、声が聞こえる方向にいくと、ジョアンナと同じ年ごとの青年が麻袋に隠れるようにしゃがみこんで泣いていた。
「あの、大丈夫ですか?」
 ジョアンナがその青年の肩をポンポンと叩いて呼びかけると、びくっとした後にジョアンナたちのほうに振り返った。
「……何用でしょうか?」
「泣き声が聞こえてきたので、つい」
「ほうっておいてください。ピソの購入なら表に回っていればできますので、そちらへ」
「いや、そういうわけにはいかず、このピソ―ラのオーナーに取材する予定で」
 青年はポケットからハンカチを出して、涙を拭き、鼻をチーンとかんだ。
 エラディンが「オーナーに取材にきた旨伝えてほしい」と言って青年に名刺を渡した。
 青年は名刺を一瞥する。
「……ピソ職人新聞社の方々ですか。マスターを呼んできますので」
 青年が裏口の扉をあけて、オーナーを呼びにいった。しばらくして、怒号が飛んできた。
「また、てめぇ、分量間違えやがっただろう? 全然膨らまねえ。廃棄する商品ばかり増やしてどうする?えぇ?」
 あの青年が叱られているのだろうか?しばらく怒号が続いたあとに、青年がまた裏口の扉をあけ、エラディン達を呼びに来た。
「マスターが、上がってきてと言っています」
 エラディンたちは顔を見合わせ、大丈夫だろうかと目線を交わしながら、厨房内に入った。
 厨房内では、たくさんの職人見習いたちが、生地を捏ね、分割成形し、窯で焼いていた。それぞれの持ち場があるようで、忙しく働いている。青年が厨房から2階へつづく階段を上るようにエラディンたちに言った。1階の厨房はとてもじゃないが、エラディンたち取材クルーがいると、作業の邪魔になりそうだった。2階へあがると、簡単な炊事スペースと作業台がある部屋だった。作業台の周りに複数の女性たちがいて、ピソを籠に詰めたり、リボンなどでラッピング作業をしていた。
 奥のテーブルに座っていた男が立ち上がり、
「ピソ職人新聞社の方々、こちらです」とエラディンたちを呼んだ。
 太い声が聞こえてきて、体格のいい大男だった。この大男がピソ―ラのオーナーらしい。ピソ職人には珍しい長髪で、後ろで髪を束ねてくくっている。口のまわりや顎に無精ひげを蓄えており、肉付きのいい貫禄のある体格だった。
「ピソ職人新聞社のエラディンです。本日はお忙しいところご協力くださいまして、ありがと……」
 オーナーは、エラディンが話すのを遮って、手を差し出した。
「えっと……」
「協力金。取材協力金。」
「……あ、はい、そうですね。先にお渡ししますね」
 エラディンはカバンの中から、懐紙に包んだ取材の謝礼金を渡した。オーナーは、目の前で懐紙を広げ、中身の金額を確認してまた包みなおした。気まずい沈黙が流れた。
「まぁ、大勢できたもんだねぇ。まあいいや、そこの椅子に掛けてくれ。じゃあ、時間もないんで、早速すすめてくれる?」オーナーが言った。
 エラディンたちはオーナーに言われたとおり、椅子にかけた。ピリついた空気が流れている。
「はい。こちらが今回の取材でお話を伺いたい内容の質問表です」
 エラディンはリアナに目配せをして、それにこたえたリアナは質問する事項をまとめた紙をオーナーに渡した。
 オーナーはふんと鼻をならし、紙を一瞥した。
 エラディンは話を続ける。
「我々ピソ職人新聞社は、全国各地のピソ職人の方々向けの情報発信をしている新聞社です。マトラッセ王からの命により創刊されました。ピソ職人たちのためになる情報を収集し広めることで全国のピソ職人の技能の向上を目指しています」
 マトラッセ王が王位についたのはちょうど一年前だ。ピソ職人新聞の発刊の増やせと命じられている。
「ふーん、ピソ職人新聞社にピソを作れる人間がいるのか?」
「ええ、認定ピソ職人のフィリッポが情報発信の監修をしております」
「はん、認定ピソ職人のフィリッポねぇ」
 吐き捨てるようにフィリッポの名前を言ったオーナーの様子に、ジョアンナはカチンとくる。そのジョアンナの気配を察したリアナが、ジョアンナの手首を触り「落ち着いて」と制した。
「認定ピソ職人様からみたら、俺みたいな野良ピソ職人上がりのピソ―ラオーナーが話すことなんて、聞きたきゃなかろうに」
 様をつけることで、より尊大に感じて、ジョアンナは怒りで震えた。リアナが落ち着けとジョアンナの手首を握っている手の力を強めた。
「ピソづくりにかかわる職人を目指す人の間口を広げるというのが、われわれ新聞社の目的の一つでありますから、これほどまで人気のピソ―ラを経営されているベラッキオさんのお話もきかせていただきたいのです」
 エラディンは丁寧なインタビュアーの姿勢を崩さずに話を進める。
「俺、あんた達の立場など忖度せずに思ったままのことしか話せないけれどそれでもいいか」
「ええ、もちろんです。それがピソ職人の声なのですから」
「そもそもさ、認定ピソ職人制度ってものがいらないよね。さっき、あんたが言った、ピソ職人を目指す人の間口を広げることを目指すなら、認定ピソ職人制度を廃止すべきだと思う。認定ピソ職人っていうのも、王家の食事を支えられるように、選りすぐりのピソ職人を集めんがために機能している」
「ええ、その側面はあるでしょうね。ただ、実際に認定ピソ職人が作ったピソを食べていたのは王族だけではありません。ジャーニマー国の軍隊を率いる勇者をはじめとする兵士たちの食料として広く食べられました。そのおかげで強力な軍隊ができ、ご存じのとおり昨今のジャーニマー国の拡大につながったのです」
「王族だとか、勇者だとか、そういう特権階級の人間のことなんざ、俺は興味がないね。むしろ、そういう特権階級の奴らがいるせいで、何者でもない一般市民や、はては奴隷として扱われている最下層の人々は搾取されている部分があるだろう? 貧富の差だよ」
「そこをこれから、マトラッセ王は是正していこうというお考えです」
「やはり、王の命でできた新聞社さんだよ。いい部分しか見てやがらない。はん、マトラッセとやらは、グランディン王の三男坊だろ。あの一番細っこくて、弱そうな王じゃないか。ジャーニマー国も先行きがしれている」
 今度はエラディンが怒りでこめかみがピクピクしている。リアナが、ジョアンナを抑えている手とは逆の手で、エラディンの膝を押さえた。
 ベラッキオはその場にいる者たちをイラつかせる才能があるようだった。
「では、本題の取材をさせていただきたいのですが……」
 エラディンは、ベラッキオの店の売りのピソについての話や、製法で工夫していることを聞いていく。それをリアナが静かにメモしていく。
 取材の始まりでは、ベラッキオの醸し出す威圧感のある空気に圧倒されてだんまりを決め込んでいたコゴアミンが、店のピソについてや、製法の話になると、目を輝かせながら話を聞いている。ピソ職人見習いとして、ベラッキオが話すピソづくりの話の内容が面白いのだろう。熱心にきくコゴアミンの姿勢に、少し警戒心を解いたのか、徐々にベラッキオが饒舌になった。
「ピソづくりの一番大事な工程は生地を捏ねる工程。そこが失敗したらその後のリカバリーがきかない。だからこそ、うちの店で生地を捏ねる工程を任せるのは数年うちの厨房で修業したやつにしか触らせない。生地づくりがうちの店のクオリティーコントロールにかかわる。生地が不味ければ、どんなにいい温度で焼き上げてもすべてが台無しだ」
「……それは、ぜひ工程をみたい」
 コゴアミンが口走っていた。頭の中で流れていた言葉が、思わず口から急にあふれてしまったようで、本人も口走ったあと両手で口を押え、しまったっという顔をした。
「おまえも、ピソ職人見習いか……。その腕を見る限り、生地も捏ねているな」
 ベラッキオの視線がコゴアミンの上腕に注がれている。
「ベラッキオさん、ぜひとも、後でお時間が許す限り厨房の様子を見学させていただきたいです」コゴアミンがあらためてベラッキオにお願いをする。
「まあ、気配をけしてだったらな。邪魔すんじゃねえぞ」
「……やったぁ!」コゴアミンの無邪気な喜びがインタビューの空気を柔らかくした。
「というか、頭で聞くんじゃねえ、実際に俺の店のピソを食ってみて確かめてみろ。どうせ、あの外の行列じゃ、うちのピソを購入して食べられていないだろ」
 ベラッキオは、そばの作業台で、ラッピング作業をしていた女性スタッフに、取材協力の金を渡して、これだけあるから、適当に見繕ってきてといって、売り場のピソを取りに行かせた。
 エラディンたちが取材をしていたテーブルに女性スタッフが持ってきた大量のピソが並べられた。焼き立てではない黄色いピソのさまざまなバリエーションのものが並べられた。フィリッポがいつも作るような、丸い形のものや、細長い形のもの、あみあみした形のものなど、ベーシックなピソもありつつ、ピソの生地の中にベリーやクルミなど具材が練り込まれてっているもの、パテが塗りつけられたもの、ベーコンが一緒に巻き付けられたもの、サクサクのクッキー生地のようなものに、クリームやフルーツがトッピングされたもの、キャラメリゼされたものなどがあった。王に献上されているベーシックなピソとは異なる見たことのないピソがたくさんあった。見た目も形も彩りよく、美しいものが並んでいて、見ているだけで目が楽しい。町民たちがピソを買い求めんと殺到するのもよくわかる。
「気になるものを食べてみろ」
 ベラッキオに進められて、エラディンたちは各々が気になるピソを手にとり食べた。
「おお、これは味わったことがない味だ。何が入っているのだろう?」
「この色は何の食べ物が繁栄されたものだろう?」
 いろいろ疑問が口に出るのに対して、ベラッキオが答えていく。
「一度、低温でやいて、具材をのせてから仕上げにやくとそんなおかずになるピソができる」
「疲れたときに、その疲労感をいやす柑橘の酸味を隠し味にいれている」などと話す。
 リアナが、もぐもぐピソを食べながらも、メモをする筆を止めない。また、ジョアンナも見たことのないピソを記録しておこうと、スケッチブックにそれぞれのピソを描いていく。
 それをちらっと見たベラッキオが、「おまえ、絵がうまいな」とめずらしく褒めた。
「見たことのないピソばかりだ。このようなピソのバリエーションのイマジネーションはどこからくるんでしょうか?」エラディンが取材を続ける。
「イマジネーションか、そんな生ぬるいもんじゃねえな。これは、俺の生への欲望だ。死にたくない、その一心から生まれた」
 
ベラッキオの語りが始まった。
「俺は、親に捨てられて、飢え死にしそうなところ、このギルドのとあるピソ―ラのピソを盗み食いしてひっとらえられたことから、俺のピソ職人としての人生がスタートしている。ピソ職人だけじゃねえ、職人というものは、何か自分が手に職がないと食っていけねえという渇望感があって、技能を身につけていることが多い。職人たちは、貧しい家庭の生まれも多い。自分の手に職を持っているのが大事なんだ。それは、貧しさから逃れられる唯一の手段。王族や貴族など生まれた時から恵まれたやつらにはわからない渇望感だろうな。能力を身につけなければ飢え死にするしかないんだ。自分のできる能力を還元して金にかえるしかねえ。ピソを盗み食いした俺は、しばらく、牢屋に入れられた。俺には身寄りがない。牢屋から出してもらっても、


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