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小説未満 新作小説創作途中中継だよ⑤

プロットを書いて、それを見ながら物語を書き進めていくのだけど、物語の中で勝手にキャラクターが動いたり、プロットを考えていたときには出なかった設定や、新キャラが生まれたりする。
小説って実際に手を動かして書いてみないと見えない部分ってやっぱりあるよなって思う。
広げるだけ広げて収集つかなくなるとかならないように、最終的に取捨選択して物語の書くべきことと、端折るところ最終的には見極めたいと思っている。

あと、小説を書いているときの気分を盛り上げるためにBGMを流すことがあります。
最近よく流しているのは
FFXのオーケストラ演奏と(いや、私ゲームしてないんですが……、何かのきっかけで聞いたサントラを好きになって一時期聞くのはまっていました)
あとロードーオブザリングのサントラですね。
二胡で演奏されているところが特にお気に入り。
まあ、ファンタジー書いているし、気分をこう、盛り上げるために。


またまた
創作途中中継です。
意識せずともペンがするすると進むところと、どうしようかなと悩むところがありつつも、改稿や推敲するときに考える予定だからから、今は、前へ前へ進まなきゃと思う次第です。



―――――――――――――

前回書いたのはここまで


窯から香ばしい匂いが漂ってきて、フィリッポがセカセカと動きはじめる。耐熱ミトンを嵌め、窯の蓋をあける。天板を引き出すと、そこには金色に輝くピソがたくさんある。
「時間勝負なので、エラディン殿、少し失礼します」
 フィリッポは、籠に金色ピソをどんどんと詰めて、あっという間に工房から消えた。
 洗い物を終えた、ジョアンナが紙とペンを持ってきて、何かを描き始める。またさらさらと迷いなく絵が描かれていく。出来上がった絵は、たくましい腕に、捏ねられる生地の様子だった。この日、彼女がフィリッポのそばで見た光景の記憶なのだろう。
「すごいな。すごくうまい。フィリッポが戻ってきたら、見せてやると喜ぶと思うよ」
 ジョアンナは歯を見せて笑った。それはフィリッポの歯を見せて笑う癖に似ていた。
「なにか、故郷や家族について思い出したことはあるか?」
 ジョアンナは首を横に振った。
「うーん、困ったなあ」

 フィリッポが金色ピソを運び終え、城から戻ってきた。ジョアンナが先ほど描いた絵を見せると、奥歯まで見えるくらい大口をあけて、うわぁと声を上げ喜んだ。
「ジョアンナ、すごいじゃない!」
 ジョアンナはニコニコしながら首を上下にうんうんと振って満足げだ。
「さっき、ジョアンナに聞いたんだけど、やっぱり記憶が戻らないようだ」
「それなら、心配いらないですよ。彼女の記憶が戻るまでこの工房にいてもらえばいいですし」
「そんな、迷惑をかけるわけには……」
「いやいや、いいんですよ。俺今日ずっと彼女と一緒にいましたけれど、ピソづくりに興味があるみたいで、ずっと後ろをついて、作業の様子を懸命に見てくれるんです」
「本当にいいのか?」
 エラディンとしても、そのほうが助かる。少女を助けて保護したものの、あくまで一時的ですぐに、帰るべき故郷へ帰せばよいと思っていた。まさか、そのめどが現状立たないのは予想していなかった。それに、旅を終えてからまだ自分の家に帰っていない。
「もちろんですよ。僕の工房にいると思えば安心でしょ? あとエラディン殿もしばらく家に帰っていないでしょ。家族が待っているだろうし早く家に帰られたほうがいいですよ」
 フィリッポの言葉に甘えることにして、エラディンは家族のもとに戻ることにした。
 エラディンの家は、ケラスズ城があるジャーニマー国の中心地の町から、馬を走らせて数時間の町にある。家に到着したのは、日没近くで、当たりが薄暗くなり始めているころだった。通常なら妻が子どもたちのために、料理を作っている時間で、食べ物の匂いが外に漏れでてくるはずなのだが、全くそんな匂いはしない。いくつかある窓からは室内の光が漏れてもよいものの、真っ暗なままだ。
「もどったぞ」
入口の扉を開けてみるが、人の気配はなく室内は暗い。おかしい。
いくつかランプに火をともして、室内の様子が見えるようになった。家具こそ置いたままだけれども、妻と子どもの衣類など持ち物がすべてない。
ダイニングテーブルに手紙が置いていた。エラディンは、それを読んでようやく状況を理解する。
「まじかぁ……」
 手紙に書かれていたのは、妻から離婚しようという話と、子どもたちと一緒に実家に帰るということだった。
 長旅からもどり、エラディンを待ち受けていたのは、勇者職のはく奪と、帰るべき家の喪失だった。
「そんなことある?」
 エラディンから吐き出されたため息が、誰もいない家の中を漂っていた。
 その日は、家で泊まることにした。静まり返った家で、エラディンは捨てられたごみのように自分の存在を感じた。ここには居場所がないのだと悟った。
翌朝、家の中にある自分の持ち物で、当面の生活に必要なものだけ持ち、ケラスズ城のフィリッポの工房に戻った。

 フィリッポの工房に戻り、事情を話すと、フィリッポは焼き立ての金色ピソをエラディンに渡した。
「え、これは、陛下の食事の分ではないのか?」
「ひとつくらい、いいですよ。いつも大量に作っているからわからないだろうし。これ食べて元気だしてください。心の痛みが和らぐ効果がある材料もいれておきました」
 フィリッポは王たちの食事のピソの配達を終えて、また工房に戻ってきたときは、赤ヴァイリーも開けて一緒に飲んでくれた。
「まー、人生長いこと生きていれば、そんなこともありますよ」
「いろいろと自分から消えていくのは、精神的にこたえるものだな」
「うーん、何かが消えるってことは、かわりに新しい何かが生まれるってことじゃなんですかね。新しい役目を任されたことですし。わざわざ呼び戻されるということは、エラディン殿にマトラッセ王子が大きな可能性を感じられたということでしょう。定期的にマトラッセ王子に会うのであれば、その真意というものを探ってゆけばよいのではないですかね」
 フィリッポのいうとおり、覚悟を決めるしかない。
 フィリッポの紹介のもと、ケラスズ城内の空き工房をエラディンの住まいにすることにした。マトラッセ王子との定期的な謁見があったので城の近くに住んだほうがよかった。ジョアンナに関しては、記憶が戻るまで、フィリッポの工房で生活することになった。ジョアンナはフィリッポがピソづくりをしている様子をずっと飽きずに眺めているし、ときおり、フィリッポの作業風景を熱心に模写していた。ならば、しばらく、「自分の工房にいればいい」と言ったフィリッポの厚意に甘える形になった。
 エラディンは自分がジョアンナを保護した責任から、フィリッポからの提案を遠慮しようと思ったのだが、何よりもジョアンナがフィリッポのそばにいたがっていることが伝わり、それを止めることはできなかった。親子ほど年齢が離れているエラディンよりも、少し年上のお兄さんのような立ち位置のフィリッポのほうが心を開きやすいのかもしれない。

 マトラッセ王子への謁見は週に1度ほどあり、会うのはいつも書物庫だった。マトラッセ王子がエラディンの過去の報告書を見ながら、質問をしていく。実際にどんな出来事があったのかを事細かに聞いていく、エラディンがその当時の記憶を思い出しながら話していく。書物庫にはマトラッセ王子とエラディンのほかにも、もう一人、筆記人がいた。マトラッセ王子は「一番信頼できる筆記人だ」と評す人物だった。
筆記人はマトラッセ王子とエラディンから少し離れた場所に座っていて、ふたりが話す内容のメモを取っていた。筆記人がメモをとった内容は翌週には、伝記のようにまとめられていた。エラディンはマトラッセ王子との謁見のあと、筆記人から受け取ったその伝記の原稿を読み、そこに赤字をいれて修正指示をするという宿題を出された。それをまた翌週のマトラッセ王子との謁見の際に、筆記人に戻すという作業を繰り返していく。最初は筆記人の書く伝記の原稿がよくまとまっていて、修正すべきところがなく、赤字をほとんど入れずに返却していた。しかし、この伝記原稿をチェックする作業を毎週毎週反復して繰り返していくうちに、あれ、これはこういう風に書いてほしいなと少しずつ、赤字の修正を入れることになった。自分の旅の記録を、簡単にまとめられたくないという風に思ったのと、実際に書かれた原稿の温度感と、自分が実際の旅で感じた温度感の差が気になるようになったのだ。
「さいきん、君からの返却原稿に赤字が増えてきたな」とマトラッセ王子が笑いながら言った。
「そうなんですよ。最初はよくまとめられているなと思ったのですが、いや、これは自分の物語だぞと思うと、もっとより良い描き方をしてほしいと貪欲になり始めました」
「よきよき、その調子だ」マトラッセ王子は嬉しそうにうなずいた。
 筆記人もエラディンの増えていく赤字に適応するようになったのか、どんどんとエラディンに提出する伝記の原稿の精度があがっていく。以前よりも、報告書めいた文章ではなく、細やかな状況描写、エラディンの心情の丁寧な描写が増えていき、読みものとして面白く感じるようになった。
 頃合いを見て、マトラッセ王子が言った。
「そろそろ、エラディンの旅の記録がまとまってきたし、新しい記録をしていきたいんだ」
 マトラッセ王子が新しい記録をしたいといったのは、ピソ職人の日々の記録だった。エラディンは週一度のマトラッセ王子との謁見の日以外は、ケラスズ城周辺にいる、ピソ職人との交流を持ち、ピソづくりの実態を調べておくようにと命じられていた。
「それで、日々、エラディンがピソ職人のもとに行くときに、きみも同行してほしいんだ」
 懸命にメモをしていた筆記人が、筆をとめ、「え?」と聞き直す。
「そう、きみにも手伝ってほしい。エラディンとピソ職人との交流の記録。ゆくゆくは、ピソ職人のための新聞のたちあげの手伝いも」
 まさか、自分に話を振られると思っていなかった筆記人が面食らう。
「わたくしが、でしょうか?」
「そのとおりだ。よいな」
 断ることができない空気で、筆記人はうなずくしかなかった。

 マトラッセ王子が話を終えて、書物庫から出ていき、エラディンと筆記人が部屋に残された。
「急な話だったが、大丈夫か?」
「ええ、平気です」
 筆記人とふたりきりで話すのは、はじめてだった。凛と透き通った声だった。
 筆記人はいつも、マトラッセ王子とエラディンが話している席から少し離れた場所におり、なるべく存在感を消していた。オリーブ色のローブをいつも着て、フードを目深にかぶっていて、あまり顔が見えなかった。
 そして、筆記人自体もなるべく目立たないように、その場の空気に徹していて、おいそれと話しかけられなかったのだ。
「原稿を介してしか、交流がなかったので、いまさらで申し訳ないのだが、名前を教えてくれないか」
筆記人は目深にかぶっていたフードを外した。
 あっ、とエラディンは息を吞んだ。フードから金色に輝く長くまっすぐな髪がぱさりと広がり、上に突き出すように伸びた耳があった。
「はい、こちらもずっと名乗らず、失礼しました。リアナと言います」
 うまく返事できずに、エラディンが固まっている。
「驚かせてしまうことが多く、普段はフードを目深にかぶっております」
 驚いた。エルフィー族と出会うのは初めてだった。エルフィー族は山の奥地の人がなかなか立ち入らない秘境に集落を作り住んでいると聞く。まさか城に出入りしているエルフィー族がいるとは思わなかった。
「失礼した。リアナ」
「驚くのは無理もありません。城内で私の正体を知る者は多くないのです」
「城で筆記人として働いて長いのか?」
「そこまでは長くないですが、あなた様が城に帰還する数年前からです。ちょど勇者通信がスタートしてしばらくしたころでしょうか」
 勇者通信というのは、ジャーニマー国の勇者たちが各地でどのような任務を行い、その成果は何かなど新聞としてまとめたもので、国民に不定期に配布されている。
「わたくしがこの城に来たのも、あなた様と同じよう、マトラッセ様からお願いされたからです」
エルフィー族は中立な立場で、どの国とも協力関係や主従関係を結ぶことがないと聞くのだが、どういうわけだろう。
「わたくしの書いた小説をお読みになって、熱心に手紙をくれたのです。」
 リアナによると、リアナはエルフィー族の暮らしや思想をもとにした小説を書いていたという。その小説はあくまでエルフィー族内でうちうちで楽しむ娯楽小説だったらしいのだが、同じく森の秘境に住んでいるダダビット族の友人にその小説を貸し出したら、いつの間にか、マトラッセ王子のところにも届いて、目に留まることになったらしい。活字中毒ぎみなマトラッセ王子のことだ、エルフィー族の小説というものは大変興味をひかれたのだろう。
 ダダビット族とは、上半身が人で下半身が馬の体をもつ種族だ。ダダビット族の住む森をジャーニマー国が制圧してから、一部のダダビット族はジャーニマー国の運送や郵便業を請け負うようになっていた。
「ほんとうは、政治にかかわりたくはなかったのです。ただただ物語を書いて生きていたいと思っていたから、何度もマトラッセ王子のお願いは断っていたのです」
「なのに、なぜ、気が変わったのだ?」
「物書きとしての好奇心が抑えられませんでした。わたくしはエルフィー族の静かな環境しか知らないのです。あまりにも限られた世界。物語の世界を広げたいって思っていました。手紙を届けてくれたダダビット族も私の友人だったので、マトラッセ王子がどんな王子なのかの話もきいて、総合的に判断したのです。家族の反対もあったのですが、外の世界を見たいというわたくしの気持ちが上回りました」
「なるほど、マトラッセ様はきみの好奇心をうまく活用したというわけか」
「筆記人の仕事は各地の勇者が見た景色を知れること、また、あなた様の冒険の話も記録しているのが面白うございました」
「ということは、今回のピソ職人の取材同行の件も、きみの好奇心をくすぐる?」
「ええ。新たな世界を知りとうございます。ただ……」
「ただ?」
「外の世界を知りたいと思いますが、わたくし自身はあまり目立ちとうはございません。なるべく黒子のような存在でおりたいのです。この世界では、このような髪と耳はあまりにも目立ってしまいます。失礼を承知のうえのお願いですが、フードをかぶったままの姿でいさせていだだけると助かります」
「うーん、まあ、それでもいいんじゃないかな。いつもの筆記人としての姿で。マトラッセ王子のこの話の進め方で予想される君の立場だけど、ただのピソ職人の取材の筆記は、1回限りではないと思う。私はこれからピソ職人のための新聞社をつくるよう命じられているんだけど、その新たな役割の手伝いも担うことになると思う。それでも、大丈夫?」
「新聞社の記事を書くことは楽しそうで、それはやりとうございます」
「わかった。新聞社立ち上げの仕事仲間にだけは、きみの本当の姿を紹介したいのだけど大丈夫?」
「ええ。大丈夫です」
「よし、決まり。じゃあ、よろしく」
 エラディンが手を差し出すと、リアナも恐る恐る手を差し出し握った。

 マトラッセ王子から新たに命じられたことと、新たな仲間を紹介するべくフィリッポの工房に行った。
「焼き立てのピソみたいに美しいですね!」
 フードを外した金色の髪のリアナを見たフィリッポが感嘆の声を上げた。
「その褒め方はどうなの?」とエラディンがつっこむ。
「これ以上の賛辞はないですよ! 俺の仕事は、食べて美味しい、活力になるピソをつくることが仕事なわけで、その理想のピソの美しさ、金色の輝きといったら! なあ、ジョアンナ?」
 フィリッポのすぐ近くにいたジョアンナは、急に話を振られて、驚いたものの、うんうんと大きく頷いた。
「彼女はエラディン様の娘さんですか?」リアナが尋ねる。
「この子はえっと、一時的に保護している子なんだ。話せば少し長くなるんだが……」
「それに、エラディン殿は最近、奥様とお子様に捨てられて傷心中なのですよ」
「傷口をえぐるな、フィリッポ」
 そうなのですねと慰めるような表情でリアナが見つめる。
「家族とはいえ、すれ違ってしまうことはあるのですよ。わたくしも、筆記人になるために故郷を捨てました。家族からは縁を切ると言われてしまいました。だけども、自分の使命や行くべき道筋が見えてしまったのであれば、仕方ありません」
 そうだ、リアナはエルフィー族の里から、ひとりでケラスズ城にきたのだった。
「ジョアンナも、記憶をなくしてしまって、故郷に帰れなくなってしまっているのですよ。われわれが一時的にお預かりしています。今は俺の工房で手伝ってもらったりしてね」
 リアナはジョアンナをじっと見てつぶやいた
「彼女からは何か感じる不思議な雰囲気がありますね……」
「いやぁ~、神秘さはリアナさんからも感じますけれどね」
 フィリッポが白い歯を見せながら笑った。
 勇者職を失い、家族に捨てられ、何もなくなったエラディンは、ピソ職人のための新聞社をつくるという新たな役割と、それを一緒に進めていく不思議なチームを手に入れた。これまでの旅とは毛色が違うまた別の旅がはじまろうとしていた。

―――第一部 完  帰還と新たなチーム ―――

―――(ジョアンナ視点)――――

いつも見る夢がある。
青い空を飛んで、目下に広がる森林と町が流れていく。気持ちよく身をまかせて、景色がどんどんと流れていく。そしてプツンとすべての景色が消えて真っ暗闇に。ポウッと、光が浮かんだと思ったら、目の前に銀の盃と、そこになみなみと注がれた赤い液体。さわやかな景色からスタートするのに、最終的に真っ暗闇と赤い液体で夢の映像が終わる。
はっとして、目が覚めるというのが一連の流れだった。
ジョアンナは、ベッドサイドにおいていた髪留めで、長い髪をまとめて、立ち上がった。髪留めはリアナがもともと着けていたもので、オリーブグリーンのガラス細工と金細工が施されたものだった。部屋にはジョアンナが書いている作業途中の絵がたくさんあった。

エラディンに保護されて、ケラスズ城の城下町に住んで10年経とうとしていた。ケラスズ城に来たばかりは、全く話すことができなかったが、最近、日常会話は支障なくでき、書物も読めるようになっていた。そこまで成長できたのは、エラディンが父親のような厳しさをもって教え、リアナが優しい母親のように見守り、フィリッポが一番身近にいてくれたからだった。現在は自立して一人暮らしをして、ケラスズ城の城下町の住民のひとりとして溶け込んでいる。
ケラスズ城に来たばかりの、まだ言葉が離せなくて、意思疎通がうまくいかなかったころ、しばらくフィリッポの工房に住んでいた。日中は、洗い物などフィリッポの工房の手伝いをし、夜になると、集まってくる新聞社のメンバーの話している内容をそばで聞きながら眠った。エラディンとリアナが、フィリッポの工房に集まり、取材したピソ職人の記事をどう書こうかなどを話し合っている。フィリッポはピソの生地を捏ねる作業をしながら、時折話に混じり、ピソ職人目線の意見を言った。
大人たちが仕事をしている場に一緒にいられることがジョアンナにとってうれしいことだった。自分も仲間入りできているように感じられたのだ。しかし、実際のところ、ジョアンナは話すことができないし、また大人たちが過去を振り返り懐かしむような話をしていても、そこに共感することができない。過去の記憶が完全に消えていて、過去を振り返るという経験ができないのが決定的な違いだった。それが苦しくて、夢で見た景色を絵に描く。青空と森と遠くに見える町と。同じモチーフを繰り返し、繰り返し紙に描いた。
夜、眠っているときに悪夢にうなされていると、フィリッポがジョアンナのそばにやってきて、頭を撫でた。本当は眠りから覚めていたけれど、その大きくてあたたかな手が離れるのがいやで、しばらく寝たふりをしていた。朝、目覚めたときに、フィリッポは暖かいミルクを渡しながら白い歯を見せてジョアンナに向かって微笑んだ。なぜか、恥ずかしくて、その微笑みを直視できなくなりつつあることも自覚した。
フィリッポがピソをつくっている後ろ姿を見ているのが好きだった。こなれた手さばきでピソをつくって、城の王たちの胃袋を日々満たしつづけている。巨大なボウルにギム粉、水、塩、酵母を図って入れ、両手で力強く生地を捏ね上げる迫力、大きな生地かたまり持ち上げるたくましさに圧倒される。面台にデンと置かれた大きな生地かたまりから、右手にもったスケッパーでカ、カ、カと音を立てながら適度な大きさに生地を分割して、左手に流し、上皿天秤の図りに載せてメモリを見て、生地の量を微調整して、生地が天秤から離れると、その反動で天秤がカチャンと音を立てた。その一連の流れはカ、カ、カ、トン、カチャンと小気味のいいリズムを奏でる。面台の上で、分割された生地のかたまりを手で覆い、くるくるすると、きれいな丸い生地玉ができるのも見事。ピソの種類によって、生地を延ばしたり巻いたり、編んだりする繊細な手つき。窯の火を注意深く調整して、天板に並べたピソの生地たちを窯の中にいれる様子、焼き加減を見極めようと集中して窯の様子見ている真剣なまなざし。
ずっとフィリッポのピソづくりの様子を見ていて飽きなかった。ひとつひとつの作業の動きが美しく、絵を書いて、その光景を残しておきたいとジョアンナは思った。ジョアンナが成長していく過程の中で書いた絵は、上空を飛んでいる絵と、フィリッポのピソづくりの様子の絵、そしてフィリッポの横顔だった。

ジョアンナが話せるようになったのは、エラディンの粘り強い教育のおかげだった。新聞社の仕事が落ち着いているタイミングで、エラディンが言葉の発音仕方を教えてくれる。当時は、人々が話していることばは理解できるが、うまく話すことができず、また、文字も読めなかった。リアナがエラディンの勇者時代のころの冒険物語を書いていたので、それを教科書としてエラディンが読み聞かせ、ジョアンナも同じ原稿を目で追う練習をした。その後は、その原稿を書き写す作業をした。そんなことを繰り返していく中で数年かけて少しずつ話せるようになり、文字も読めるようになった。

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