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小説未満 新作小説創作途中中継だよ④

集中できるところにガッと集中して書き進めたい。
集中力はイメージは潜水しているイメージ。で深いところで集中したら、なるべく邪魔されず浮上したくないと思います。

とはいえ、体力や気力のバランスなので
ポモドーロタイマーで、集中と休憩のメリハリをつけながら書くことを意識しています。

創作途中中継です。
プロットがなんとなくできたから、あとは物語を書いていくだけと思って、どんどんと書いている。
ざっと全部書いてから改稿や推敲したい。なのであまり後ろは振り返らず、勢いのまま書いていこうということで
途中、なんか、文章微妙だなっと思っている部分あったり、くどいかなって思ったりする部分はあるんだけど、とりあえず前へ前へ進もうというところで書いています。

いやぁ、間に合うかなーそんな不安と戦いながら物語進めていきます。
がんばろう。
自分がこんな物語書こうかなってふわって思っていたものより長くなりそうで、あせっている。
あせってても仕方ないから、一歩一歩進んでいくしかないんですけどね。



前回書いたのはここまで


パチパチという音と女性の悲鳴が聞こえた瞬間、腕がちぎれていくような鋭い痛みに襲われた。あまりの痛みに気を失うように暗闇に落ちていった。頭がポーっとして、上から体全体に重石が乗っているかのように重く、足が動かない。このまま、存在が消えてしまうのかもしれない。感覚という感覚がなくなっていく。ガヤガヤとした騒音が少しずつ遠くなり、わおわおというくぐもった音にかわり、音がどんどんと小さくとなって、最終的に何も聞こえなくなった。静寂の世界。

 無からの最初の感覚が、匂いなんだ。香ばしく仄かに甘い香り。この匂いを嗅いでいると安心できる。匂いがどんどんと濃密になり、それに反応して、お腹がその匂いのもとを取り込もうとしてグーっと鳴った。匂いに気付いてしまってからは肉体が黙っちゃいない。とてつもない空腹を感じる。あたりは暗闇のまま。食べ物にありつくにしても、光を探さなければ目的にたどり着けない。グワッと重い瞼をこじ開けた。強い光が差し込み、目が慣れるまで真っ白い世界だ。白い世界に色がついていき、見えるものの像がはっきりしたところで、出会ったのは見知らぬお兄さんとおじさんだった。
「え、だれ?」
 そう声を発するけれども、言葉にならない音が漏れるだけだった。
「目覚めたか。お腹がすいているだろう?」
 話かけるおじさんの口の周りから顎にかけて生えている髭が目につく。
「朝ごはんにしよう。最近できたばかりのピソもたくさんある」
お兄さんは白い歯を見せて満面の笑い顔。
「起き上がれるか?」
 おじさんが言って、腕をひっぱろうとしたから反射的に腕をひっこめて、腹筋に力をいれて上体を起こした。
少女はベッドに寝かされていたようだった。部屋を見回してみるけれど、ここはどこなのかが全くわからない。見覚えのない場所だ。
「じゃあ、俺はピソとってくるんで」
 お兄さんが部屋から出ていった。おじさんは少女を観察したままだ。少し気まずいなと少女は思う。
「夜中にうなされていたようだが、大丈夫か? どこか痛むか?」
首を振って、平気だと言おうとするが、口からでてくるのはあーあー、うーうーという言葉にならない音だった。
「そうか、話すことができないのか」
おじさんはそう呟いて、そこから黙った。黙ったまま少女を見つめるのも、気まずいと思ったのか、座っていた椅子から立ち上がり、少し離れたところにあった小さなテーブルをベッドサイトに寄せた。
 しばらくして、お兄さんが、かごに茶色い食べ物をのせて部屋にもどってきた。
「あ、テーブルを寄せといてくれたんですね。ありがとうございます」
そう言って、テーブルにこんもり茶色いかたまりがのった籠を置いた。
「いや、たくさんのせすぎだろ」
「おなかぺこぺこかもしれないじゃないですか」
目覚める前に嗅いだ、香ばしく甘い匂いの正体はこの茶色の食べ物だったのだ。気が付けば、右手が伸び、その食べ物を掴んで口元に持って行った。
「お、いいですね。遠慮なくたくさん食べて」
 お兄さんが満面の笑みを浮かべながら少女が食べる様子を眺めている。
 ひとくち食べると、口内に香ばしい香りが広がる。えっ!と思ってもう一口、さらにもう一口と食べる。止まらない。噛めば噛むほどに、香ばしい香りとともに、仄かな甘みが優しく広がっていく。がぶりがぶりと、夢中になって食べる。大口を開けて、口の中に詰め込めるだけ詰め込むのに、少し咀嚼したら、溶けるように消えていく。まだ、もっと、食べたい、もっと、もっとと思ってどんどんとかぶりついていく。最初に感じていた香ばしい香りと仄かな甘み以外にも、かすかな酸味と苦みを感じる。より多重的なうまみを感じる。一口ごとに違う表情をみせてくるのだ。これは、と思って目をつぶって味わうと、瞼の裏に黄色く輝く穂がたくさんゆらめくいている。広大な畑が見える。優しく温かい安心する場所だ。身をまかせたい。
 目を開けると、涙が一粒落ちた。
「ねえ、どう? 美味しい?」
 少女はうんうんとうなずいた。
「そっか、それはよかった。あまり噛む力がなくて食べられなかったらだめだと思って、柔らかいものをもってきたんだけど、見ている感じ、もっと食べ応えあるやつでも大丈夫そうだね。これも食べてみて、うまいからさ」
 先ほど食べていたものより、薄い茶色の細長いものを少女に手渡してきた。少女は受け取りながら、お兄さんの太くたくましい腕と、太く力強い指を見た。白い粉がところどころついている。
 食べようと口に近づけている段階から香ばしい香りが漂っている。がぶりと噛みつく。前歯を立てた瞬間は結構硬いなと思ったが、歯に力を入れて噛んでいけばいくほど、どんどんと進んでいき、嚙み切るときに少し弾力を感じた。奥歯で咀嚼すると口の中から畑の香りがした。咀嚼して喉を通って口の中が空になると、また満たしたくて、がぶりと噛みついた。止まらなかった。
「ははは、いい食べっぷりだよ! 嬉しいなぁ。どんどん食べろ。俺またつくるからさ」
美味しさを夢中でかみしめているうちに、涙もなぜだかわからないけれど、ほろほろと流れ落ちた。
「うますぎて、感動しているじゃないか、フィリッポ。これだけ、食べられるのであれば、だいぶ元気になったのかもなあ」
 口の中が完全に空になっているわけではないのに、もっともっとと噛みついて食べていると、食べ物を飲み込むタイミングと呼吸をするタイミングがずれて、盛大にむせる。
 ケホケホとする少女の様子をみて、おじさんがコップを差し出す。コップの中には赤い飲み物が入っていて、少女はひるむ。
「やだなぁ、エラディン殿。さすがに子どもに赤ヴァイリーはだめでしょ」
「すまぬ、つい反射的に手近なものを渡してしまった」
「俺ミルクもってくるんで」
 戻ってきたお兄さんから、ミルクの入ったコップにを受け取ってごくごくと飲んだ。体があたたまり、お腹も満たされて気持ちが落ち着いた。
 少女が落ち着くのを待って、おじさんが尋ねる。
「われわれが話している言葉は理解できるかい?」
 少女はうんうんとうなづく。
「そっか、よかった。私の名前はエラディン。きのう、となりの集落で倒れそうになっているところを保護させてもらった。そして、この素敵なごちそうをふるまってくれたのが・・・」
「フィリッポです。よろしくね」
 お兄さんがまた、白い歯をニッと見せて笑いかける。
「それで、君の名は?」
 少女は名前を言うが、言葉としてうまく発音できない。あーあーという音が漏れるだけ。それでも何とか伝えようと、言葉にならない音を復唱する。
「…えっと、ハンナ? アンナ?」
なかなか伝わらなくて歯がゆい。あ、惜しい。おじさんたちが名前を当てようとするのに対して、表情で応える。
「あ!ジョアンナ?」
少女はぶんぶんと頭を前に振って肯定する。
「そうか、君の名はジョアンナか!」
 名前が伝わったことがうれしい。

 エラディンはジョアンナに、旅を終えて帰路についている途中で見かけて保護したことと、あくまで一時的に保護しているだけだから、家族のもとに送りたいということを説明した。それで、どこまで送ればよいのかを知りたいから、ジョアンナについてもう少し教えてほしいと尋ねる。
 しかし、ジョアンナの記憶は大部分が抜け落ちていたし、そもそも、うまく話せないので、互いのコミュニケーションに難航していた。
 ジョアンナが食べ終えた食器類を片付けて工房にもどっていたフィリッポが、部屋に入ってきて、紙とペンを差し出した。
「もしかしたら、文字が書けるんじゃないですかね?」
「たしかに、試していなかったな。では早速」
 紙とペンを渡されたジョアンナは、かすかに残っている記憶を頼りにペンを走らせていく。その時間は3分ほどか。
 そして書き終わった紙を渡すと、エラディンとフィリッポは顔を見合わせた。
「えっと、これは、何を伝えようとしているんだろうか?」
 ジョアンナは、差し出した紙を指さしたあと、自分のこめかみをトントンとたたいた。そして、両手を開いて頭の横でひらひらと振った。
「これは、君の記憶?」
 ジョアンナが紙に書いたのは、文字ではなく、絵だった。黒々と鬱蒼とした森を手前に書き、奥のほうに、小さく町のようなシルエットが描かれていた。
「それにしても、うまいですね」フィリッポが言う。
3分で書いたにしては、うまく描けている。10歳くらいの少女が描いたにしては写実的だった。遠近法がうまく活用されている。
「でも、ここはどこだろうね。景色のアングルから考えるに、どこかの高台から見た景色だろうか。ジョアンナ、他に思い出せることはない?」
 ジョアンナは記憶を探ろうとしたが、あるのは真っ黒い闇だけで、その他に伝えられることがなかった。

(マトラッセとのシーン)

グランディン王に命じられたとおり、エラディンは、翌朝マトラッセ王子の元を尋ねた。
マトラッセ王子は城の中の書物庫にいた。中にある机のまわりを歩き回りながら考え事をしているようだった。
机の上には大量の報告書が並べられており、すべての報告書を読み進めるためなのか、机のまわりをぐるぐる歩きながら書類に視線を落としていた。
「長旅、ご苦労であった」
 書物庫を訪れたエラディンの存在に気付くと、険しい表情から一遍して穏やかな微笑みをむけた。
「集中されているところ、邪魔をしてしまったのではないでしょうか?」
「いや、気にするな。呼んだのはこちらのほうだ」
「勇者たちからの報告書を読まれていたのですか?」
 ジャーニマー国の各地の治安を維持するために派遣されている勇者たち、他国と争っている戦地にいく勇者たち、戦争にならないように交渉事をする勇者たちなど、さまざまな役割の勇者がいた。エラディンは交渉事をする勇者だった。
 様々な場所に派遣されている勇者から、定期的に報告書が城に届くようになっている。
「ああ、そのとおりだ」
「生の報告書ではなく、筆記人たちが整理して記述したものをお読みになったほうが読みやすいのではないでしょうか?」
 勇者から送られてきた報告書は、筆記人という職の者に、内容を要約されて、清書の文書を作成される。その清書の文書が王やそのほか国政に携わるものに渡される。勇者からの生の報告書は筆記人が要約後、書物庫の中に保管される。王子という立場の者が生の報告書を確認する必要はないはずだ。
「筆記人の力量を疑っているわけではないのだが、なるべく一次情報に近いものをこの目で見たいのだ」
「勇者たちも、全員が報告文書の作成がうまいわけではないんですがね。直接陛下たちの目に触れるわけではないと思っているから。また、学のレベルも個人差があります」
「それで充分なのだ。私が読んでいるのは書かれている情報だけではない。報告書からのも勇者の状況というものがうっすらとわかる。筆跡もその勇者の性格が出る部分でもあるしな」
もしかしたら、マトラッセ王子に、エラディンの報告書も読まれていたのかもしれなくて、気まずく思った。
「はは、君の報告書は、他の勇者のと比べるとわかりやすく、字もきれいだから読みやすいものだぞ」
 エラディンの表情を読み取ったマトラッセ王子が心配は無用だと笑った。
「ショックであっただろう?」
マトラッセ王子が改めてエラディンに向きあって言う。
「…ショックというのは、何に対してでしょうか」
「父上から勇者職を降りろと命じられはしていないか?」
「あぁ、えぇ、そのことですね。いえ、お恥ずかしながら十分な務めを果たせていないわたくしの至らなさ故なので…」
「そのことについてだが、父上はそこまできみの働きを認めていないわけではないのだ。というか、エラディンを呼び戻してほしいと頼んだのは私なのだ」
「さようでございますか」
 驚いた。エラディンとマトラッセ王子は以前に直接的な交流があったわけではない。なのに、なぜなのだろう?
「不思議に思うか?まあ、無理もない。先ほど言ったとおり、私はこれまでずっと、勇者たちからの生の報告書をくまなく確認してきた。面識のある勇者の数は多くないが、生の報告書を通じて、どんな勇者たちがいるものかを把握してきた」
「はぁ」
 面識がないのに、報告書の紙切れからどれほどのことがわかるのだろう?と思いながら話を聞く。
「報告書を見ると、書いたその者の能力がうっすらと見える。起きた出来事をどのように消化し、他者に伝えるにふさわしい情報はなにかを考えて取捨選択し、わかりやすくまとめる能力というものが見えるのだ。先ほど言っただろう? きみの報告書がわかりやすかったと」
「それが、わたしを呼び戻した理由につながると?」
「ああ、そうだ。その能力でわたしに力を貸してほしいのだ」
 話が見えない。わかりやすい報告書の書き手であることがどうつながるのだ? そもそも報告書など、勇者自身が書いているとも限らない、他のものに書かせていることだってあるだろう。エラディンの場合は自分で報告書を書いてはいた。報告書とはいえ、どこまで情報をつまびらかにしているかわからない。都合の悪い情報は隠ぺいしていることもあるだろう。それこそ勇者たちがいかようにでもできる。
 また、マトラッセ王子はエラディンの思考を読んで、答える。
「報告書でどれほどのことが判断できるのか訝しがっているようだな。さきほど言っただろう? 私は日々届く報告書にくまなく目をとおしていると。本人が書いたものなのか、他のものに書かせたものかはすぐにわかるし、何かを隠そうとしていることもわかる。都合よく嘘をついていることもな。数年にわたり、同じ勇者からの報告書の履歴を丁寧に見ていくと、そんな綻びはすぐにわかる。それに勇者たちも筆記人以外が自分の生の報告書に目を通しているとは思っていないだろうしな」
「それで、マトラッセ様は書物庫に籠られていることが多いのですね」
 マトラッセ王子が自室の執務室ではなく、書物庫にいることが多い風変りな王子であるという噂はきいていた。
「ああ、兄上たちには、外に出ずしてどうやって国の状況がわかる?と、馬鹿にされるのだがな」
 マトラッセ王子には2人の兄がいる。兄弟でグランディン王の後を継ぐのはだれなのかを水面下で争っている。
「人それぞれ、適したやり方は違うものだからね。父上へのアピールをするために、兄上たちは領土を広げる戦争に赴くか、激しい内紛している地域の情勢を治めて、力のアピールをしている。まあ、父上の性格のことを考えれば、“力”のアピールは大きなポイントであることは否めない。ただそのやり方は私には向いていない。だからこそ、私には私のやり方でできることをするのだ」
 正直に言って、マトラッセ王子を少々頼りなく感じていた。次の跡継ぎ候補の王子の中から誰かに目をかけられるとしたら、影響力の強い他の王子のほうがよかったと思わなくもない。グランディン王政でなくなってからも、他の王子たちのほうが、後を継ぐ可能性が高いと思っていたし、そのほうが自分もいい役職につく可能性が高いはずだ。
「そうだよな、今は頼りなく思うだろうな」
 マトラッセ王子がふふふと笑う。
「いえ、めっそうもございません」
 さっきからマトラッセ王子には思考が読まれすぎているなと思って、エラディンはたじろぐ。自分の表情はそんなにもわかりやすいものなのか?
「いや、それは当然だ。わたしのせいで君は勇者職を降ろされたのだからな。君の地位をきちんと守らなければならない。ただ、数年だけ時間をまってほしい。私が王になるまで」
 マトラッセ王子が、自分が王になるということを言うときの言葉が確信に満ちていた。
「昨日グランディン王に謁見した際に、跡継ぎはマトラッセ様に決めているとお話されていました」
「まあ、父上がそう判断するように、日々わたしが誘導している部分ではあるからな。とはいえ、兄上たちがこのまま黙っているとは思わない。それでも最終的に次の王に私がなる」
 話しているマトラッセ王子の声音は落ち着いていて優しい印象だが、「王になる」という言葉には強い覚悟が満ちているのがわかる。
「ときに、エラディン。ジャーニマー国はこれからもどんどんと領土を広げていくべきだと思うか?」
「……そうですね。我が国の権威を示すにはどんどんと拡大して強い国であると示し続けるというのも一つのやり方だとは思います。ただ、我が国が大きくなればなるほどに国内の安定した統治に多大なエネルギーを要すでしょう。やはり、各地で紛争が起きているのも我が国からの独立をもくろむ勢力です。それに、諸外国たちも、我が国が内部から綻びが生じて、攻め入るツキができないものかとうかがっている様子もあります。これからは外交が大切だと思います。」
「諸外国を回っていると感じる部分ではあるか?」
「ええ、我が国の大きさを思うと、表立って敵意を向けてくることはなく表面上は友好的にふるまってくるのですが、隙あらばという思惑はなかなか消えません」
 マトラッセ王子はまた、机のまわりをぐるぐると歩きはじめ、手を顎に当てながら考えている。考えごとするときの癖なのかもしれない。
「そろそろ、このやり方は限界なのかもしれないと私は思う」
「領土を拡大していくことでしょうか」
「さよう。父上は偉大な力の王。天から与えられたその能力を生かして、普通じゃ考えられないようなスピードで領土を拡大してきた。軍の統率力もぴかいち。数十年まえまで、他とかわらぬ小国であった我が国がここまで拡大できたのは父上の功績。しかし、これは長くは続かないだろう。父上は力をもって圧倒し、押さえつけることしかしていない。それは将来的に続かない。必ず綻びがでる。諸外国の狙いどおり内側から蝕まれていくだろう」
「それが、マトラッセ様のお考えなのですね」
「ああ、我が国は力を持ちすぎたのだ。力に依存しすぎている。力には推進力があるが、同時に反発力も生み出してしまう。勢いよく推進してきた分、跳ね返ってくる反発力に我が国がどう対処するかがこれから求められるだろう。きみがタランティー国との和平交渉に時間がかかったのも、そういうことだと思う」
「ええ、何度も何度も訪問し、真正面から行けないのであれば、回り道をして協力者を募りながら忍耐強く交渉してまいりました」
「タランティー国との和平条約を結べたのは大きな功績よ。礼を言う。あの国は魔法族とのかかわりが深いから、敵対関係にしてしまうと非常にやっかいだ」
「ええ、グランディン王からもタランティー国との関係性を最優先にせよという命令でございました」
「あの国は、よい関係を築いていかねばならない。そうだ、知っているか? エラディン。貴族たちがタランティー国の商人たちと取引をしていることを?」
「ええ、ギムやダズル豆を中心に双方の国の穀物類の取引をしているみたいですね」
「あぁ、そのとおりだ。それだけでなく、ピソまでもが輸出されはじめているのだ」
「まさか、それは我が国で禁じられているはず」
 ピソがあってこそ、ジャーニマー国は繁栄してきた。ピソがあるからこそ力が得られる。ピソを食べれば勇者はより勇気が増進され能力が開花する。ジャーニマー国の強力な軍隊ができたのもピソのおかげだ。ピソを食べることによって、他の国の軍隊ではありえない力を得てきた。通常のピソでも大きな力になる。加えて、権力者は焼き立ての金色ピソを食べることによって、その者が最も得意とする能力を数倍開花させていたる。それほどまでに強力な食べ物だからこそ、ピソを作れる職人を認定制にしていたし、他国への流失は厳しく禁じていた。
「手を変え、品を変え、巧妙に隠して他国に流している。そのことによって得られる富がとてつもなく莫大なのだろう。いくら取り締まろうとももはや止めることができない流れだ。もちろん摘発したものは厳しく罰して貴族職から降ろし、財産を没収し貿易権のはく奪もしていっているのだが、取り締まりのスピードが追いつかない」
 机の周りを歩きまわっていたマトラッセ王子がたちどまり、笑って言う。
「そもそもピソはうまいからな。力を宿すという特徴に注目が集まりがちだが、そもそも食べ物としてあれほどうまいものはなかなかない。あれを一度でも食べれば、もう一度食べたいと思ってしまう。美味しい魔力がある。金色ピソでなくても、冷めて黄色くなったピソでも美味しい。認定ピソ職人でない、のらピソ職人も増えたな。城下町もギルドものらピソ職人が多いではないか。おかげで、ピソを食べられるのは我が国民の権利のようになってしまったが。国力自体が上がることにもなるから、それは悪いことではない」
「そうですね、ピソ職人の認定制度も形骸化してきているのかもしれません」
「認定制度は権威でしかないからな。職人の本質はその道の探求心だろう。認定がなくたって、うまいピソが作れて、それを食べた人を美味しさで唸らせることができるのであれば、それが本望のはずだ」
 認定ピソ職人のフィリッポのことがエラディンの頭をよぎる。
「それで、ようやく本題。ピソ職人のための新聞社をきみにつくってほしいのだ」
「ピソ職人のための新聞社!?」
 まさかの提案で、エラディンは数秒固まる。
「きみはフィリッポと旧友ではないそうか、フィリッポとタッグを組めば、ピソ職人のあれこれは書ける。きみは現役を引退した元勇者。勇者の力はピソを食べるからこそ、そのピソをつくる職人は勇者のミカタであり欠かせない存在。きみたちの立場だからこそ発信できる情報がある。この新聞社はにピソ職人のための情報をとどける」
 えっと、話がどんどん見えなくなってきた。エラディンは戸惑う。
「待ってください!恐れながら、その新聞社をつくる必要性が、私にはわかりません」
 ふざけるな。勇者職を降ろして、何をさせるかと思えば、新聞社をつくれと。そんなこと聞いたことがない。
「だよなぁ。まぁ、話をきいてくれ。水面下でピソが他国にも流れている現状をふまえると、遅かれ早かれ、他国もピソをつくる技能を習得する可能性がある。そうなったときに、我が国のように急激に力をつけて、戦争をしかけてくるようになるはず。そうなる前に、我が国内でのピソ職人たちの技能との全体的な向上をはかりたい。連帯しておきたいのだ」
「我が国内のピソ職人全体にピソ職人のためになるような情報がとどき、ピソ職人の連帯感が高まったとして、それが他国の脅威からどう守ることにつながるのです? それに新聞を介して広まるのであれば、それこそ他国へ情報が漏れやすくなるのではないですか」
 先ほどまで、国内外の動向の話とそれに対する分析を聞いていて、マトラッセ王子を頭の切れる者だと思っていたが、今の話は到底飲み込めない。やはりどうも、ついていこうと思えない。
「ピソづくりの技能自体は遅かれ早かれ漏れてしまう。交易が始まってギムさえ手に入れば、他国でもピソをつくる者もあらわれるだろう。どんどんと漏れていく情報を統制しようとするのではなく、その情報を広めることで、我が国と他国との融和政策につなげていきたい。さきほど言っただろう? 力でおさえつける時代はそろそろ終わりだと。」
「はぁ」
「配達は今、勇者通信を全国各地に配っているダダビット族の配達網を活用すればよい」
「はぁ」
 どんどんとマトラッセ王子の話が進んでいく、それに対する反論をする気も、もはや起きなくなっている。
「新聞社をつくれと言われて、今日明日でつくれるものではないということはわかっている。そこも、私と相談しながら進めようぞ」
 マトラッセ王子は書棚からまとまった紙束を取り出し、机の上に置いた。それは、エラディンが勇者の任務中に報告してきた報告書の束であった。
「定期的に君の話を聞かせてほしいと思っている。報告書では求められる情報のみを提出していたと思う。報告書すべてに目を通している。いろいろと聞きたいこともある。私には君が旅で見てきた景色をそのまま伝えてくれないか。世界のリアルが知りたいのだ」
 そして、エラディンは、マトラッセ王子と定期的に会うことと、近い未来、新聞社をつくることを命じられて、その日の謁見は終了した。

 フィリッポの工房に戻ると、フィリッポは生地をこねながらピソ作りをしていた。その横の洗い場では、ジョアンナが洗い物の手伝いをしていた。
「おかえりなさい、エラディン殿」
 フィリッポがいつもの歯を見せて笑いながら向かい入れてくれる。
「ジョアンナも元気になったのか」
「ええ、俺止めたんですけど、手伝うと言ってきかなくて。まあ元気であるならいいかなと思って」
「そうだな。体力が回復しているようでなによりだ」
 エラディンはフィリッポにマトラッセ王子との謁見の様子と、フィリッポと一緒に新聞社をつくれと言われたことを話した。
「突飛な話でありえないだろう?」
 話しているうちに、憤りがとまらない。同意を求めてフィリッポに尋ねるが、フィリッポは、うーんと考えて、答える。
「どうですかね? 俺はそこまで悪い話じゃないと思うんですよ」
「ほんとうに?」
「国政のことは、俺はそんなにわからないんですが、いちピソ職人としては、他のピソ職人の技能やどんな思いでピソ作りをしているかは知りたいですけどね。それが、どのように、国の平和につながるかはピンとは来ないのですが。ピソづくりという日々の仕事が、誰かの力になっているということは誇りです。まあ、地位向上という下心もありましたけれど、陛下たちの力に食事面で貢献できていることは純粋にうれしいです。俺は認定ピソ職人ということで陛下にお仕えしていますが、同じ認定ピソ職人でも貴族たちに使えているものもいますし、権力とかに無関心なピソ職人は、ピソ―ラの店を出していたりしていますね。権力者かどうか関係なく、俺らがつくるピソを食べてくれる人がいるっていのはどのピソ職人もプライドをもってやってる仕事ってことです。それを広めてくれるってことでしょ?俺は嬉しいですけどね…」
 窯から香ばしい匂いが漂ってきて、

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