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あしたの転機予報は? #14-醒めた頭で昨晩のことを反芻する-

三戸さんとふたりでアパートを出る。
よく晴れた朝だ。
よく知らない町の住宅街。

「あ、スマホのバッテリー瀕死だわ。三戸さんのスマホ生きてる?」

画面の電池マークの隣が3%と表示されている。

「はいはい、道案内ですね」

グーグルマップを起動させて三戸さんは答える。

「あー、早くメイク落としたい。顔洗いたい」あくびをしながら私は言った。

「ほんまそれですね。女子宅ではないし、さすがにメイク落としできませんもんね。もともと紺野さん宅にいくはずでしたよね。てか、なんで、水上さん宅に行くことになったんでしたっけ?」

「三戸さんが行こって言ったからですよ」

「ええ、私じゃないです。紺野さんが言ったんですよ。タクシーに呼び寄せたのも紺野さん」

「いやいや、たしかにタクシーに呼び寄せたのは私ですけど、水上さん宅に行こうっていうたのは三戸さんですよ」

しばらく、言った言わないの問答が続いて、酔っ払い同士の記憶なんてあいまいで、
「まあ、よかったじゃないですか。なんか楽しい夜だったし」と話が収束した。
そこから、ふたりで見知らぬ住宅街を黙って歩く。
早朝で人通りの少ない道を歩くのだが、なんだか、非日常感を感じて楽しい。足取りがなんだか、軽い。
沈黙が重くない。
私は昨晩のことを反芻する。水上さんに掛けられた言葉や、触れられた感触など。異性として意識させられた出来事を。

「なんか、意外でしたね」
沈黙を破ったのは三戸さん。

「意外ってのは?」

「勝手なイメージですけど、なんていうか、もっと潔癖なイメージでしたもん。これはこの所定位置とか、部屋を勝手に汚すんじゃないよって神経質に言うかと思ってました」

「幻滅しました?」

「いやいや、なんか、普通の男の子の部屋って感じで安心しました」

「ははは、どんなイメージやったんですか。格好つけたり、ちゃんとしている感出してるのん、仕事だからですよ。プライベートはまあ、あんなもんでしょうね。うん、確かに私も親近感感じました。適度に散らかってて」

「突撃お宅訪問でしたからねー。でも紺野さん嬉しかったんじゃないですか?」

「何が?」

「プライベートスペース入りこんだの」

「どういうことですか?」笑いながら尋ねる。

「紺野さん、たぶん知りたいだろうなって。あ、そうそう、すごい写真取られてましたよ、飲み会のとき」

「知ってます。酔ってるしメイクくずれてるし嫌だから攻防してました。しばらく。てか、三戸さんも水上さんと肩組んで写真とってたじゃないですか」
あのとき横目で見たときの、嫌だなと思った感情を思い出す。

「そう! そのとき、おかしかったんですよ。最初、スマホのインカメラで私と一緒に写真撮ろうとしてたんですけど、はいチーズってした瞬間にインカメラをアウトカメラモードにくるっと変えて、また紺野さん撮ろうとしてたから」

水上さんの不可解な行動を知る。

「ええ、そうやったんですか」

「そうそう、もう、おかしくて。どれだけ紺野さんの写真に撮りたいんやって」
三戸さんがクスクス笑う。

「あと、寝るとき、ベッド借りたらよかったじゃないですか」
三戸さんが続ける。

「いやーさすがに無理でしょ。気を遣う」

気を遣うもそうだが、普段水上さんが寝ている寝具に包まれるというのは、そこに彼の香りなんかを感じてしまいそうで、それはなんというか恥ずかしい。
そして、朝、体に掛けられていたダウンベストの存在をまた思い出す。寝具ではないが普段身につけているだろう服に体を包まれていたのだ。

「それもそうだけど。なんか、いろんな女の子と一緒に寝てそうですもんね。私、それが生生しくて嫌やったんですけどね」

三戸さんの発言に冷や水を掛けられたような気分になる。

「あー、そっか、水上さん、おモテになりそうだしねー。女の子を連れ込んでてもおかしくない」

と言いながら、悲しい気分になる。

「そうそう、合コンよくやってるみたいだし。特定の彼女がいないのならやりたい放題でしょうね。猫をダシに家につれこんだりとか」
三戸さんが話し続ける。

一軒目から二軒目に行くまでの間の猫画像をめぐってのやりとりを思い出す。なるほど、その他大勢女子と同じ扱いかもしれない。かわいいとかきれいとか言ってたけど、それはいつも女の子に言っている習慣で口から出たのかも。お酒が入っているし。ただの女好きなだけやん。そして身近にたまたまいたのが私ってだけで。
そんなことを考えて、安易に喜んでしまった自分に自己嫌悪を感じる。

三戸さんよ、悪気がないかもしれないがグサグサときついよ。

「でも、あの猫ちゃんはかわいかったですねー」
話題が猫に移っていき、心のざわめきは少し落ち着いていった。

しばらく歩いて、駅につき、電車で途中まで三戸さんと一緒に帰った。


家について、身支度して、まだ足りない睡眠をうつらうつらしながら補って、ダラダラと休日が過ぎていく。

昨晩の出来事をいろいろと反芻しながら、気持ちがほわんとしたり、落ち込んだり、ああペースを持っていかれているななんて思う。

お礼だけはしなきゃと思って、LINEする。

――きのうはありがとうございます。お宅までお邪魔しちゃいました。あのあとゆっくり休めましたか?

お礼のLINEはしばらくして返ってくる。

――おお、おつかれ。うん、ゆっくりできたよ。楽しかったな。あと、佐々木と嶋の事情聴取せなあかんな。また。

一次会で返った部下たちをダシに使って、水上さんはトスを上げてくる。
これは答えねばと思って返す。

――警部! 事情聴取いつにしましょうかね?

水上さんはまた次の回の日時を指定した。

ペースを握られているなあと自覚しながらも、もう少し水上さんのことが知りたいと思う私は、また次回の機会をウキウキと楽しみにしているのだった。

……to be continued



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