マガジンのカバー画像

一日一書評

47
ジャンル問わず800字程度の書評を上げるマガジン。漫画は一巻のみの解説とする。2019/8/21より更新スタート。
運営しているクリエイター

2019年8月の記事一覧

一日一書評#11「バイ貝/町田康著」(2016)

人として生活する上で、お金を使用することは避けられない。我々は、時にお金を上手に扱い、時にお金に振り回される。 本作も、お金に振り回された一人の男の物語だ。しかし、その振り回され方には少し特徴がある。ギャンブルでお金を遣い過ぎたとか、そういった深刻な事態ではない。きっかけは誰にでも起こり得るようなことだった。些細な出来事から始まる妄想の類が、完全なる独り相撲を繰り広げ、読み手に奇妙な感動を引き起こす。 約200ページからなる本作は、起きた事象が極端に少ない。庭の草刈りをし

一日一書評#10「『試し書き』から見えた世界/寺井広樹著」(2015)

私は本作の存在を、別の本で知った。とみさわ昭仁さんの「無限の本棚 手放す時代の蒐集論」に載っていたのだ。「無限の本棚」は主にコレクションについての話が記された本なのだが、その中の「どんな分野でもコレクターはいる」という旨の項目に、その名前はあった。世界中の文具店を回り、試し書きに使われている紙を集めるコレクターがいるとのこと。気になった私は、すぐにそのコレクターが書いた本を購入した。それがこの「『試し書き』から見えた世界」なのだ。 著者の寺井広樹さんが試し書きに魅せられたの

一日一書評#9「夏と花火と私の死体/乙一著」(2000)

9歳の夏休み、橘弥生は同級生の五月(さつき)を登った木の上から突き落としてしまう。五月は枝を折りながら落下し、最期に大きな石に背中を叩きつけ、死んでしまう。弥生は罪悪感に震えながらも、二歳年上の兄の健と共に、死体を隠そうとする。 死体を隠すとはいえ、子どもの出来ることなどたかが知れている。隠す場所も、コンクリートの蓋をはがした溝の中や押し入れなど、調べればすぐに見つかりそうな場所ばかりだ。案の定見つかりかけるのだが、健はそのたびに機転を利かせて、見つからないようにする。見つ

一日一書評#8「辞書から消えたことわざ/時田昌瑞著」(2018)

「ムカデが草鞋はく」「情けには鬼のつのも折れる」「トンボの鉢巻き」・・・一体何の造語かとお思いだろうが、これらはかつて日本で使われていた、れっきとしたことわざなのだ。 本書では、今では使われなくなってしまったことわざを数多く収録している。言葉には移り変わりがある。新しく生まれたり、廃れたりする。そう考えると、使われなくなったことわざも数多く存在するのも自然なことだろう。 著者の時田昌瑞さんは、日本ことわざ文化学会の会長で、ことわざ研究の第一人者だ。時田さんは、様々な文献の

一日一書評#7「紙の月/角田光代著」(2014)

日常が静かに崩れていく。それは気付く頃には誰にも止められない。ほんの些細な出来心によって入ったヒビは、もう修復不可能だった。 角田光代の「紙の月」は、長編サスペンス小説だ。銀行員の梅澤梨花が、一億円を着服したという事件から物語は始まる。本編では、一億円を着服するまでの経緯が、複雑な人間模様を交えて描かれている。 ある日梨花は、顧客である平林孝三の孫の光太と出会う。大学生だった光太に誘われ、楽しい時間を過ごした。光太に惹かれた梨花は、ある日の営業終わりに、百貨店で高額な化粧

一日一書評#6「女子が読む官能小説/いしいのりえ著」(2014)

書評の書評なんて聞いたこと無いが、面白かったので書くことにする。取り上げる本は「女子が読む官能小説」。著者のいしいのりえさんはイラストレーター兼官能小説ライターである。官能小説の表紙を描く仕事の依頼をきっかけに、官能小説の世界にどっぷりハマり、月に十作品近くの官能小説を読んできた。 本作では60作品の官能小説を、次のジャンルに分けて紹介している。生々しい恋愛を描いた「ラブ」、女性にスポットを当てた「女」、定番ジャンルの「人妻」と「SM」、そして官能小説とは言い切れないが、官

一日一書評#5「売れるには理由がある/戸部田誠(てれびのスキマ)著」(2019)

テレビや劇場では、毎日多くの芸人がネタを披露している。そのほとんどは、一度披露されると消えていく運命にある。観る側が新ネタを求め、芸人もそれに答えるからだ。そんな刹那的な魅力を含むお笑いのネタを、アーカイブとして残しておきたい、そんな思いから本作は生まれた。お笑い芸人たちが生み出したネタや、その芸人を語るうえで欠かせないエピソードなどを「代表作」として語りつくす。 目次を見ると、爆笑問題の「時事漫才」、ダチョウ俱楽部の「どうぞどうぞ」、古坂大魔王の「ピコ太郎」など、誰もが知

一日一書評#4「パパは今日、運動会/山本久幸著」(2015)

本を買う前に内容をよく確認しないと、思いもよらない勘違いが起こる。ノンフィクションかと思えばフィクションだったといった具合に。 本書を買う際にもそれは起こってしまった。「パパは今日、運動会」は、とある文房具会社が運動会を開き、普段とは違う状況下で社員たちが奮闘する、というのが大まかなあらすじだが、それを実際にあった話だと思い買ってしまった。 多少がっかりしながら(確認しなかった自分が100%悪いのだが)読み進めてみると、その落胆は吹き飛ばされた。個性豊かな面々が織りなす人

一日一書評#3「ギリギリデイズ/松尾スズキ著」(2005)

文章の書き方に制約なんて無い。そんな感想を抱けるエッセイが好きだ。松尾スズキさんの著書「ギリギリデイズ」は、とにかく自由な文体で、日々の出来事を書き記している。 劇団「大人計画」のホームページでの連載をまとめた本作は、松尾さんの日記である。全編通して堅苦しい文章は登場せず、その日起きたことを思い付くままに書いていく。 本書を読んで驚くべきは、松尾さんのインプットとアウトプットの量だ。脚本執筆や連載を抱えながらも、毎日のように観劇や映画鑑賞をしている。それらを簡単なことのよ

一日一書評#2「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア/高野秀行著」(2017)

我々はこの世界のことをどれだけ知っているだろうか。この地球で起きていることの何%を知っているだろうか。 ノンフィクション作家の高野秀行さんのモットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」だ。私はこれまで高野さんの著書を何冊か読んできたが、ここまで興味の惹かれるまま体当たりで行動出来る人は他にいないだろうと思う。 今回高野さんが取材に向かったのは、アフリカ東北部にあるソマリランド共和国だ。無政府状態が続くソマリア連邦共和国内にあるソマ

一日一書評#1「ジェットコースターにもほどがある/宮田珠己著」(2011)

何かマニアックなものを題材とした本は、内容に限らず惹かれてしまう。今回紹介する本も、他の人がまず扱わないようなものをテーマにしている。 この本の著者の宮田珠己(みやたたまき)さんは、旅行記を中心に執筆しているエッセイストで、これまで国内外様々な場所を旅行し、そこでの体験を面白おかしく書いてきた。旅行記の形態を取りながら、大仏や海の生き物など、特定のテーマに特化した本も多数出版している。 今回紹介する本も、宮田さんが特定のテーマについて書いた本だ。テーマはズバリ、「ジェット