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ニューヨークの夕焼け空に響く、毎晩7時の拍手喝采

夜7時。今日もあの時間がやってきた。

どこからともなくパチパチと拍手が聞こえたかと思うと、あちこちから新たな拍手が上がり、そこに歓声が加わる。

最前線で戦ってくれている医療関係者や、エッセンシャルワーカー(流通、インフラ、交通、防犯、消防、食料品、薬剤、介護、警備などの業界で働く人々) と呼ばれる人たちへの感謝を、住民たちが拍手によって表明しているのだ。

3月の最終週あたりから、私の近所でも聞こえてくるようになった。ヨーロッパ、イギリス、インドなど、世界のいろいろな都市で起こっているようので、ご存知の方も多いだろう。ハッシュタグ #ClapBecauseWeCare (クラップ・ビコーズ・ウィ・ケア*) で検索するとその様子がうかがえる。

(*) Clap = 「拍手」、Care =「気にかける、大事だと思う」。つまり、私たちは (毎日戦ってくれている方々のことを) 気にかけ、(彼らの功績を讃えて)拍手をする、という意味。

住んでいる街で、世界中で、今日もたくさんの人々が命を落としている。この嘘のような現実を前に、一人でも多くの人を救うため、または住民の生活を支えるために、文字通り命がけで必要不可欠な役割に従事してくれている人々がいる。

聞こえてくるのは、拍手喝采だけではない。口笛や楽器の音も聞こえるし、鍋のようなものを叩いているのか、カンカンカン、という金属音も混ざっている。何か言葉を叫んでいる人もいる。ルーフトップで踊り出す人が見えたりもする(ブルックリンのうちの近所の場合)。花火が上がるところもあるらしい。

救急車、消防車、パトカーが近くを通れば、サイレンを鳴らしてそれに応えてくれ、相乗効果でさらに盛り上がる。周りの一般車両もクラクションを鳴らして参加するものだから、日によっては、たくさんの声や音がうねりながら共鳴する壮大な光景となる。

近所の一帯が、ニューヨークの街が、一時的にちょっとしたオープンスタジアムのように熱をおびる様子は圧巻だ。音とエネルギーの渦にのみこまれてしまいそう。

マンハッタンの映像を参考に:

病院の近くで、医療関係者の皆さんが拍手に応える場面:

毎日新聞の隅支局長のビデオレポートの中では、日本語でその様子が取り上げられている:

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拍手のいっときは、医療関係者やエッセンシャルワーカーの功績を讃えるための時間であると同時に、私や近所の人たち、拍手をする側にとっても大切な時間であるように思う。

近くに住む者同士で、苦しい時期を乗り越えるためのモチベーションとゴールを再確認し合っているように感じるからだ。

外界がこれほど大変な状況になっていることにも、不安や不自由の多い生活を強いられていることにも、気分が滅入ってしまいそうになる。たまたま体調が影響を受けていないだけで有難い、家にいられるだけで有難い、と心底思うが、それでストレスが無くなるわけではない。

しかしながら、拍手に参加することで再確認するのだ。たくさんのことをあきらめて家にこもっているのは、すでに高い感染リスクの中で仕事を続けてくれている人たちを、これ以上の危険に晒さないため。守れるはずの命を犠牲にしないため。

家にいるだけで、問題に加担するのではなく、解決に貢献することができている。

無力感や罪悪感に苛まれたときには、このことを何度でも思い出したい。

また、夜7時は、他人との接触を絶たれた1日のハイライトでもある。それぞれの家で隔離生活を送るニューヨーカーたちが、お互いのエネルギーを感じられる、唯一の時間だからだ。

ストリートで見かける人の数は減った。でも、みんなちゃんといる。家の中にいる。心の準備も、仕事や生活の準備も、何もできないまま、いきなり放り込まれたゴールが見えないマラソンを、それでも同じ方向を向いて、一緒に走っている。

大勢の人たちの心の叫びが、拍手や歓声となって夕焼けの空に響くとき、自分と同じ状況にいる仲間達の存在を感じて、胸がいっぱいになってしまう。お互い無事でよかったね、頑張ってくれてありがとう(*)、と思う。

拍手や歓声がひときわ大きかった日、向かいのビルの最上階の窓に、手を振りながらこちらに向かって叫ぶ女性が2人いた。

「ヘーイ!そこから私たちのこと、見える〜?」

「もちろん見えるよ〜!」と答えると、
「身体に気をつけてね〜!また明日ね〜!!!」と明るく返してくれた。

この街の人々に、友人や家族に、一刻も早くまた会えるように、私はこの隔離生活を続けている。

先行きの見えない日々の中で、心が迷子になりそうなときは、このことを何度でも思い出したい。

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P.S.

毎週木曜日の拍手のあと、みんなで合唱をするという企画も出ているそうだ。FBのニューヨーク情報共有グループで教えてもらった。先週はこの街のアイコンとなっている曲のひとつ、フランク・シナトラの「ニューヨーク・ニューヨーク」だった。うちの近所では合唱は聴こえなかったが、「THANK YOU HEALTHCARE WORKERS」というデジタルサインを掲げたトラックが、大音量で「It's up to you, New York, New York~ 」と流しながら街を走っている映像を見かけた。

(*) ニューヨークでは不要不急の外出は禁止とされてはいるが、個々の判断で外出ができる状態が続いている。

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