Pアイランド顛末記#3

★Pアイランド

 霧にけむる東京湾。1989年ごろ。
 その沖合いにくろぐろと浮かぶ人工の島があった。通称ペニスアイランド、またはPアイランドという。もうすこしマシな正式名称もあるにはあったがもう誰もおぼえてはいないし、落ちこぼれと死にぞこないの島、ペニスと言えば、誰でもが、ははあーんとごみための様なその島の風景を思い描く。
 当初は大手百貨店系列の画期的なアミューズメント島として建設されたが、パっとしないままに3年で破産し、いまではすっかり見捨てられ、当の百貨店も、この島のことはもう思い出したくない様子だ。

 Pアイランドは、3つの人工の島からできている。
 島をデザインしたのはイタリア人の建築家。名前は忘れた。未来派の舞台美術に想を得てデザインされた流線型の本島は、「希望と英知」を表現したものだというし、本島の端に「宇宙の誕生」をシンボライズした小さな小島と「時間」を表現したやや大きめの小島がそえられているところなど、いかにも芸術だが、できあがった島は形といい島の配置といい、それを見て間抜けな男性器を連想しないものは誰一人としていなかった。

 上空からこの島を見ると、細長いペニスの形の本島と、その一端に円形の小島がふたつならんでぷかぷかとうかんでいる。まるで太平洋にむかってやる気のない射精を企てるかのように。
 島の住民はこの小島の小さいほうをチョコボール島、大きいほうをタコヤキ島と呼んでいる。小島は中が空洞のいってみればビーチボールの様な構造をしている。その表面には螺旋状の滑り台がついていて、その滑り台をセコセコとすべっては東京湾の生ぐさい海中にダイブできるようになっていた。今では滑り台も朽ちはて、サビつき、ひねこびたようにネジ曲がっている。

 この見捨てられた島の、ピカピカの展望台や浜辺のお上品な連れ込みホテルの外壁がそろそろ潮風にくすんできて、すけべな落書きが島の情景を支配するようになると、どこからともなくこの島に流れてくる人間がふえはじめた。
 彼らは小型のコージェネレーションをもちこみ、のらりくらりと街をつくりはじめた。今では1万人ほどの住人が勝手気ままな穴だらけの共同体をかたちづくっている。
 住人のほとんどは死に場所のない、いわくありげな老人たちと、退屈で死にそうな顔をしたティーンエイジャーだ。
 
 島の北の端、ペニスの根元にあたる地帯には、誰かが棄てたものが野生化したらしいアロエが強じんな生命力で密生している。旺盛な繁殖力で直径1キロメートルほどがうねうねと繁ったアロエにおおわれ、海風にしじゅうザワザワと鳴り、季節になると、まっかな花が毒々しく乱れ咲いた。

 この島への主要なアクセス、ヘリポートはアロエの繁みの中心部にある。ヘリポートのまわりには、おびただしい数のカモメが繁殖していて、島をヘリコプターで訪れた人間は、まずこのカモメたちの歓迎にあう。島に近づいたヘリはまたたくまにカモメの糞だらけになり、パイロットは憮然とした顔で着陸の操作にはいることになる。カモメたちはヘリからおりた人間たちにも、無表情に糞をおとしつづけた。

 ペニスの先端にあたる丘には放送局がある。
ひのみやぐらのような、さえない鉄塔の上に、ピンと尖ったアンテナがつったって、そのまわりをカモメの群れがやかましく飛びまわっている。ひのみやぐらには「グレイト フェイバリット ステーション」と書きなぐられていた。

 ステーションでは、島民の数少ない娯楽であるTV番組とラジオ番組が日々放送されている。衛星放送はとうのむかしに廃止になっていたし、島の住人の一番ポピュラーな娯楽といえばこのステーションの番組だった。ロックとヤク、酒、セックスの上に君臨するPアイランドの娯楽の殿堂、それがフェイバリットステーションだ。
 放送事業のみならず、島で売られている幻覚佃煮や命と引き換えに最悪の夢を見させてくれるピースフル・ピルなどは、すべてこのステーションがとりしきっている。いわば、この島の「快楽産業」の総元締めである。

 見捨てられたこの島に最初にわたってきたのがこの放送局の創立者、キッド兄弟だった。フェイバリットステーションは兄弟二人で運営されていたが、いつのまにか片方の姿がみえなくなり、今では弟のマルコムがボスだ。島の噂では、覇権争いのすえマルコムが兄を殺したことになっているが真実は誰も知らないし、そのことに興味をもっている人間もひとりもいない。

 アロエに包囲されたヘリポートからPアイランドの中心街「大東京通り」までは車をとばせば5分ほどで到着する。殺伐とした荒野に続く、崩れかけたアスファルト道路。この荒野はもともと観光用の牧場だった土地だ。今では牧草も枯れはててあちらこちらに点々と牛や馬、羊の白骨がころがっている
 そんな荒野の一本道をしばらく行くと唐突に巨大な自由の女神があらわれる。自由の女神はすりきれた大きな旗をかついでいて、その旗にはうっすらと「TOKIO大好き!!」という文字が読める。

 その旗の向こうが潮風に錆び付いたメインストリート、大東京通りだ。


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