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「まひる野」9月号特集「歌壇の〈今〉を読む」⑥小塩卓哉歌集『たてがみ』評

生き抜くためのユーモア

  久納美輝

  センタッキ―・フライドチキンと言いながら洗濯物を干す妻ぞよし
  スキップをしているのかと思ったら道が熱くてたまらぬワンコ
  「あけおめ」と子に言わるれば「ことよろ」と少し威厳をもちて答える 
  もう少し余韻があるかと思ってたコンサート見て立ち上がる時

 日常がたまらなくおかしい。「センタッキ―」はただのダジャレだが、軽妙に家事をこなす生き生きとした「妻」が浮かぶ。「ワンコ」も足をバタつかせている様子が人間くさい。自身もまわりに順応しようとしているが、どこかぎこちなく滑稽だ。とはいえ、空気が読めない訳ではない。むしろ、自分を取り巻く環境と自分の内面の動きに敏感であり、変化の少ない日常の差分を巧みに書き分けている。変に卑屈めいたところがなく笑いやすいのも魅力だ。

  しっかりとやらねばならぬ時だからたてがみくらい生やさねばならず
  自分では見えないけれど黄(き)と白のコントラストで行く並木道


 自分にはたてがみはないが、あるつもりで気合を入れるというのが、男の弱さ、強さの両面を表現している。雄々しさに傾いていないところがよい。また、視力が悪化しても前に進もうとしている。こうした現実と向き合いながら自分をユーモアで癒しているのであって、決して楽観的な性格ではない。笑いは作歌により後天的に会得した精神の回復力(レジリエンス)なのである。

  恋ダンスちょっと踊ってみようかな今にも星が降りそうだから
  一日に二度ほど使う大型のパンチくらいの自己肯定感
  エビデンス、エビデンスと言う人は大きな鯛でも釣ってみたいか

 その観察眼は社会にも向けられており、流行にも敏感だ。若者の文化は積極的に取り入れつつ、「自己肯定感」や「エビデンス」といった過剰に求めれば排他的になりかねない言葉は、慎重に扱っており、バランス感覚もよい。

  振り初めし雨にはいつも気がつけど知らず止みたり人付き合いは
  蝶結び片側のみが大きくていびつなままに壮年終わる


 さよならの訪れは、にわか雨が上がるときのように突然やってきて、知らないうちに縁が切れているものだ。また、他人を助けてあげたいがなんとか自分の格好を繕うだけでも背一杯。きれいに蝶結びすることさえままならない。これらの比喩は言い得て妙だ。
 スマートに生きられるのに越したことはないが、何事にも動揺しながら必死に生きていく様は決して無様ではなく、人間らしい。また表現の幅広さに心を打たれた。
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