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閃光

「本日のお天気は〝閃光〟。本日は閃光です。ため込んだお洗濯物を干すチャンスです。また、海水浴などにお出かけするのもいいかもしれませんね」
 閃光の予報を聞いてマナミは小さくガッツポーズをした。今日はミッチと海に行く約束をしていたからだ。
 先週ショッピングモールで買った新しい水着が着られる。フリルがついたかわいい水着だ。

 駅でミッチと待ち合わせして、モノレールで海へ向かう。終点の二駅手前で景色が開け、車窓に海が広がる。雲一つない閃光。今日は夏のいい思い出になりそうだ。
 ホームへ降りると潮のにおいに包まれる。ああ、海に来たんだな、と実感する。
 駅前を水着姿で歩く人がいる。しかし、そんなことは全然気にならない。ここは海だ。海岸通りを歩く足並みも早まる。
 舗装路はいつの間にか砂混じりになり、波の音が聞こえてくる。そうなると、マナミとミッチは顔を合わせ、砂浜へ駆け出した。
 砂浜へ着くとすぐに服を脱ぎ捨てる。下に水着を着てきたから大丈夫。
「マナミ、日焼け止め塗ったほうがいいんじゃない?」
「うん。でも今日、閃光だよ」
「あー、なら平気か」
 閃光は雲一つない快晴のような天気だが、紫外線はそれほど強くない。また、風もなく湿気も少ない。なにをするにしてもベストな天気だ。
 ビーチボールを膨らませていると、二人組の男の子に声をかけられた。一緒に遊ばないかって。
 悪い気はしなかったけど、お断りさせてもらった。今日は女の子二人だけで遊びたい気分だった。それに、この閃光の天気は外見に補正をかける。ぼんやりキラキラして、いい感じに盛れる。それは、相手も同じで、後日会ってみたらイマイチで、お互いにがっかりしてしまう、なんてよくある話。閃光マジックというやつだ。
 パンパンに膨らませたビーチボールでラリーを楽しむ。マナミとミッチは相性抜群で、風のない閃光の天気も手伝って、永遠にラリーを続けられる気がした。
 海水浴場のスピーカーからFMラジオが流れる。「今日は閃光。絶好の海水浴日和です。それではラジオネーム四日坊主さんのリクエスト、海にぴったりのナンバーをお届けします」
 おなじみのイントロ。夏になれば何度も耳にする曲だ。海に来てよかった。
 ラリーにも熱が入る。
 マナミがトスする。
 ミッチが返す。
 マナミが返す。
 ミッチが返す。
 マナミ。
 ミッチ。
 マナミ。
 ミッチ。
 マナミ。
 ミッチ。
 マナミ。
 ジュ。
 ビーチボールが、砂浜に落下した。
 ミッチが、いない。
「曲を中断して、おしらせします。さきほど閃光が発射されました。強い光の信号が計器に捉えられました。繰り返します。閃光が発射されました」
 誰もミッチがいなくなったことに気づいていない。それもそのはず、あまりにも一瞬の出来事だったから。
 閃光は局地的な天気ではない。全世界で同時に閃光の天気になる。だいたい丸一日。世界はぎ、ゆりかごに包まれたような穏やかな一日となる。ただし、必ず世界で一人が閃光に照射され、一瞬で消え去る。
 確率でいえば八十億分の一。強風や雨、真夏の酷暑に比べれば、〝いい天気〟ということになるのかもしれない。
 閃光で消え去るのは一瞬で、跡形も残らない。きっと痛みもないだろう。ある界隈かいわいでは、理想の人生の終わり方などといわれることもある。また、外国の物好きな金持ちが、閃光によって消え去った人の家族に、三代にわたって遊んで暮らせるほどの大金を支払うという噂もある。
 それでも、マナミは思う。ラリーをもっと続けたかった。ミッチと一緒に帰りたかった。
 空気中に舞うキラキラ。その一部にミッチはなった。

 了

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