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マシーナリーとも子EX ~上野の人の店篇~

 ナリタと呼ばれたロシア帽の男。その特徴的な体躯や発する音、徳の低さから見て間違いなく人類だ。ここが池袋であればさほど珍しい光景ではない。だがここは……日本では奈良に並ぶほど人類が少ない地、上野だ。それも労働のための肉としてでなく、店を構えているとは。

「不思議に思った?」

 戸惑うダークフォース前澤にターンテーブル水緑が話しかける。ナリタは不機嫌そうにスパスパとタバコを吹かしていた。

「え、ええ……驚きました……。上野に人類が経営する店があるなんて」
「ナリタの店は品揃えがユニークでね。好事家が上亜商内部にも何人かいたんだ。とくにボスのお気に入りでな……」
「ボスが代替わりしたらこの店もおしめぇーだな」
「……ナリタ、あまり縁起でもないことを言うんじゃないよ」

 タバコを押しつぶしたナリタを水緑がにらみつける。ナリタはその視線を無視し、前澤に向き直った。

「さてサイボーグのお嬢さん、今日はなにをお求めで? きりたんぽか? それともイカ漁船のプラモデル?」
「な、なんですかそれ……。あ、いや違った。えーっと……“鹿退治のさすまたはあるかい?”」

 前澤はおずおずと上司から教わった符牒を口にした。もともと機嫌の悪そうだったナリタの表情が、輪をかけて歪んだように見えた。

「水緑さんよぉ、あんまり無秩序にご新規さんを増やされても困るんだよ。こっちだってコソコソ商売してんだぜ」
「私は案内しただけだよ。合言葉なんて教えてないよ」
「じゃあお前さん、誰から聞いた?」
「えと……。エアバースト吉村さんです。そもそも彼女の紹介で来まして……」
「吉村!」

 ナリタは仰け反ってパンと手のひらで目を覆った。

「あの野郎、死んでてほしかったがまだ元気なだけじゃなく、こうやってまだ厄介事を持ってきやがるのか」
「な、なんかあったんですか吉村さんと……」
「雀将の負けが500万嵩んでる」
「……そりゃお気の毒なことで」
「まあいい。吉村の紹介ってんなら口も硬いだろう。ちょっと待ってな」

 ナリタが机の上のスイッチを押すと天井から電車の吊り革のようなものが降りてくる。それを引っ張ると床下からカカカカカ……となにかが引っかかりながら動くような音が聞こえた。

「オヒャー!」

 後ろから聞き慣れた悲鳴が聞こえるので振り向くと、なんかしらのオモチャを抱えていたパワーボンバー土屋が尻もちをついていた。見ると棚が、外枠だけを残して床下に降りていき、代わりに奥から隠されていたもうひとつの棚がせり出してきていた。そこには銃器や刃物、ブーメランといった武器類がいっぱいに詰められていた。

「なるほど……? 武器販売はこっそりやられてるんですね?」
「いくらボスのお眼鏡にかなうと言っても人間風情にゃ武器販売は危険で任せられないってのが上亜商の見解なんだと。タレこまれたらオダブツだからあんまりご新規さんが増えると困るのさ。さて、どんな武器をご所望で?」

***

「しかしまあ……確かに"変わったお店"ですねえ」

 前澤は適当に棚からけん玉を取り出してしげしげと眺める。

「そいつは狩猟用のけん玉だ。パッと見はふつうのけん玉だが、玉が重さ7キロのゴムボールでできてる」
「確かにずっしりしている」
「ヒモは最大5メートルまで延びるし、2メートルから4メートルの部分にはダイヤモンドの粉がコーティングしてるから相手にこすりつければ斬撃も与えられる万能武器だぜ。10万」
「いやちょっとこれは流石に……。えっと欲しいものがあって」
「聞こう」
「まず、こういう手持ちのものじゃなくてBSSタイプ3ハンガーに対応した武器が欲しいです。どっかにまとまってないですか?」
「フム……。シンギュラリティのサイボーグの背面武装でいちばんポピュラーなコネクタだな。こっちに来い」

 前澤と土屋はナリタに導かれて店の少し奥、ナリタが座っていた机のちょうど裏手にあるコーナーにやってきた。そこにある5つの棚にはなるほど、なんとなく見覚えのある武器たちが並んでいる。コーナー名を示す上部の看板には「エビ玉」と書かれていた。

「エビ玉?」
「エビの練り物だ。このコーナーは上亜商のボスのお気に入りでね。ここのおかげでこの店はやれてるようなもんだ」
「うぇっ、エビの練り物で、棚5つが埋められるほど商品があるもんなの??」
「あるさ。とくに九州のほうでは各社がしのぎを削っててな……。さて、どんな武器がいる?」
「まず、破壊力が高いこと。そして継戦能力が高いこと。有効射程がそれなりにあること」
「射撃レートは?」
「低くても構いませんが、高くても困ることはないです。色々見られれば」
「こいつなんかどうだ? プラズマキャスター。着弾すると爆発するプラズマボールを発射する。有効射程は30メートル。そこそこ連射は効くぜ」
「ゲッ! これ……吉村さんがつけてるやつ! あんまり見たことないと思ったらここで買ってたのか……」
「そういや買ってたなぁ~」
「嫌というわけではないんですけど、いっしょに戦うことも多いので武装がカブるのはあまり好ましくありませんね……。もっと性格が違うものを」
「じゃあこれはどうだ? イジェクタブルクローランチャー。ビームのかぎ爪を形成し、敵に向かって突っ込んでズタズタにする。あるいは食い込ませっぱなしにしたままビームワイヤーで引っ張ったりすることもできるぞ」
「こんな武器もあるのか……。でもこれ、確かに行ったり来たりを繰り返したら継戦能力は高いんでしょうけど撃ちっぱなしですよね? 弾幕を張ったりとかは」
「クローを射出しなければ小出力のビーム・ガンとしても使える。だが牽制程度で相手にもよるが殺傷能力は薄いな。俺のような人類くらいなら殺せるが……。おたくらなにと戦うんだ?」
「主な対象は人類なので確かにそこまで威力はいりませんが……。そうですね、目安としては象に有効な威力があれば……」
「じゃあこいつはちと力不足だな……そうだなぁ~~……」
「ねえねえ前澤」

 前澤の顔のすぐ横に、土屋のロケットパンチが飛んできてチョイチョイと手招きする。そちらの方向に顔を向けると端っこの棚の前で土屋が腰を下ろし、マジマジと武器を眺めていた。

「なんかいいのあったのか?」
「コレなんかどう? 核ミサイルの代わりでしょ? じゃあやっぱ火力がなきゃでしょ! だったらゴツくないとさ」

 誘われて見に行くと、そこには棚1段いっぱいに詰め込まれた鉄塊があった。この武器に合わせて棚を作ったんじゃないかというほど縦も横もいっぱいにつめこまれており、側面には手のひらを差し込む隙間すらない。パッと見は棚のフタにすら見えてしまうであろう詰め込み具合だった。

「こりゃ……なんだ?」
「おやぁ~、そいつに目をつけたかい」

 遅れてナリタがやってくる。

「高いぜ。メンテナンス用の機材付きで800万」
「これ、なんなんです? 鉄の塊にしか見えないけど」
「折りたたみ式ガンランチャーだ。生成する弾にもよるが発射レートはさすがに低めだ。射程はお前さんの目の良さにもよるが5kmはイケる」
「象は?」
「ドイツの象だってカルタみたいに吹き飛ぶぜ」
「買った」
「えーっ! 前澤買えんの!? 勧めといてナンだけど800万だってよ」
「買える! ワニツバメ討伐でだいぶ臨時ボーナス出るし! あと申請書出せば仕事で使う装備のいくらかは経費で補助出るはずだ!」
「言うて800万だよ! 通るかなあ」
「そのあたりは……ま、吉村さんなら抜け道を知ってるさ」

 それはそうかもしれない、と土屋は頷いた。

「ちょっと試着させてもらっていいですか?」
「いいけどすげえ重いから覚悟しろよ」

 土屋に核ミサイルを取り外してもらい、次いでガンランチャーをハンガーのコネクタにセットしようと土屋が持ち上げる。

「ウオッッッッッ!!!」
「どうした?」
「重い!!!!! ちょっとびっくりするくらい重いよ! 前澤これ大丈夫?」
「いいから、つなげてみてくれ」

 コネクタにガンランチャーが接続され、ドライバが前澤にインストールされる。サイバー脳に機能と使用法がインストールされ、視界に武器のステータスが表示される。が……。

「ゥ重!!!!!!!!!!!!!!」
「ま、前澤ーッ!!!!」

 背中から倒れかけた前澤を、土屋がすんでで支える。重い! 自分の体重を持っていかれんほどの圧倒的重さ!!

「や、やべーっ! これは……! 歩いて帰れるか!?」
「ハハ……おもしろいことしてるな」

 適当に店をぶらついていた水緑がニヤニヤしながらやってきた。

「重たいかい? ダークフォース」
「ヤベーッ重たいです! 欲張りすぎたかも……」
「まあそう言わず、ピンと来たなら持って帰ってあげな。今は無理でも、徳が高まれば軽く感じる。それに武器ってやつは使い込めば使い込むほど徳が貯まるもんさ」
「で、でもマジで歩けないくらいヤバいんですけど……」
「若いねえ。重さで歩けないと思っている。要はバランスさダークフォース。なあナリタ。七十七式スタビライザーの在庫はあるかい?」
「あるけど高いぜ。15万」
「構わないさ。私が出す。かわいい後輩への餞別さ」
「えっ、あ、あ、ありがとうございます……! でも、ただでさえ重いのにスタビライザーなんて……」
「逆側につければだいぶ楽になるはずさ。まあ騙されたと思ってつけてみな」

***

 かくして左肩に大型ガンランチャーを据え付けたのに加え、右肩にはロケットランチャーに加え新たに羽型スタビライザーまで備えたダークフォース前澤は、ガチャガチャと不格好ながら自らの脚で歩けるようになった。

「……すんげ~~疲れますけど確かにこれならなんとか帰れます……」
「オー! いいじゃん前澤! カッコいいよ!」
「そうか? でもこれ、池袋支部の廊下に引っかからないようにするのが大変だな……」
「池袋支部には前にも翼をつけたサイボーグがいたよ。そいつはちゃんと空が飛べる2枚羽根だった。きっとだいじょうぶさ」
「ハァ……。いや、水緑さんなにからなにまでありがとうございます。助かりました」
「いいってことよ」
「おい緑髪のサイボーグの嬢ちゃん」

 苦労して歩行テストをしていると、店の奥に引っ込んでいたナリタが出てきた。

「こいつをやるよ」

 なにやら小さなものを投げ渡してくる……。受け取るとそれは、コンピューターチップだった。

「初回でデカい買い物してくれたサービスだ。オマケでつけとく」
「そりゃどうも……。これは?」
「シンギュラリティ製、スレーブユニット用のメモリーチップだ。96Ggrtある。人間がそいつを仕入れるのはなかなか大変なんだぜ。大事に使ってくれよ」
「96G? ずいぶんフンパツしたねえナリタ」
「正直なところあのガンランチャーはだぶついてたし棚卸しのたびに邪魔だったんだ。なくなってくれてせいせいしたよ」
「あ、ありがとうございます……! スレーブユニットか……!」
「いいなー! 前澤、なにに使うの? バウムクーヘン?」
「バカ、なんでわざわざ食べ物を相棒にしなきゃいけないんだ……」
「えーいいじゃん、かわいいじゃん」
「やーだよ。しばらくは悩んでおくさ。オマケでもらったもんだしな……。あ、じゃあ私ら買い物も終わったし、なにより背中が重すぎなんでこれで御徒町から帰ります!」
「おー、そうしな。また来るときは私に声をかけなよ」
「ほんとうに……いろいろありがとうございました水縁さん。ぜひお願いします。あと……ナリタ、さんもまた来させていただきます」
「武器のことはあまり言いふらさないでくれよ」
「はい。では……」
「おつかれでーす!」

 前澤と土屋が去っていく。その姿を水縁とナリタは黙って見守っていた。
 扉が締り、数秒の沈黙。やがてナリタが口を開いた。

「妙に優しく扱ってたじゃねえか、水緑さん」
「後輩に優しくすることがそんなに珍しいことかね」
「いつものアンタならあんなに柔和ってことはないだろ。装備まで奢るなんてらしくないぜ」
「気まぐれってことではダメかね」
「ここが上野じゃなけりゃ俺もそのくらいニブチンでいられたんだがね」

 水縁はポリポリと頭を掻き、深いため息をついた。

「……ま、なんだ。最近は上野も色々と……あるからな。なんというか新しい友だち、コネクションになりそうな枝は作るに越したこたあないんだ。東京のシンギュラリティはまだ再編成が終わってないしな」
「そんなに急な話か? ひと月もすりゃ代わりが揃うだろ」
「いつ"なにか"が起こるかはもうわからない状態だ。ボスの姿をここ最近見たか?」
「……1ヶ月以上来ねえな。おかげでエビ玉の廃棄が増えてる」
「つまりそれくらい忙しく動いてる最中ってことさ」
「N.A.I.L.か? でもワニ野郎も上野には立ち入らなかったしわざわざ上野に立ち入ろうなんて気概はあいつらには……」
「ここ最近、上野に魚が増えたと思わないか?」
「…………」
「そして魚屋は減っている」
「…………まさかだろ? 大西洋?」
「東京湾だって大西洋とはつながってるし、隅田川も不忍池もある。ヤツらが来るには不自由しないさ」
「…………ボンベでも仕入れるか」
「ヤツらにその必要はないと思うけどね。シンギュラリティとは違うけど技術もあるからね」
「……騒がしくなりそうだ」
「ああ、騒がしくなりそうだ……」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます