マシーナリーとも子EX 〜立ち向かう巨砲篇〜
「アミューズでございます」
ウェイターがドレッドノートりんごの前に皿を置く。スモークサーモンに水菜、そこにレッドペッパーを散らしたものだ。りんごはゴクリと喉を鳴らした。よく考えれば食事自体はオマケみたいなものなのだが、うまそうだ。
「あの……お客様」
「……はい?」
ウェイターが皿を持ったまま困っている。りんごの前に置かれたのと同じ皿……。
「……置いといてください……」
「お向かいでよろしいので……?」
「はい……」
ウェイターは困惑したまま、だが丁寧にりんごの向かいに皿を置く。これでいい。
りんごは細かく切り分けたスモークサーモンを口に放り込み咀嚼すると、その薫香が残っている口に食前酒を流し込んだ。これはたまらない。前に一度、ランチで来た店だがやはりいい店だった。目を閉じ、口の中の芳香を逃すまいと鼻で大きく息を吸う。そうして一口目を堪能したのち、りんごは眼前の席を睨みつけた。今日はこの席に奴を座らせるために来たのだ。
***
りんごが池袋支部で生活を始めてから4ヶ月ほどが経っていた。メンバーともうっすらと馴染み始め、この日常が当たり前になりつつあった。だがそうなってくると鬱陶しいのが監視の目だ。
りんごは池袋支部にくる前はイギリス……サイボーグにほぼ完全に制圧された人類の都市……にある欧州事務局にその身を置いていた。これは池袋支部や高田馬場渋谷といった数名のサイボーグで運営される支部局と異なり、どちらかといえば横須賀データセンターのような形式に近い、大勢のサイボーグが勤務する大型の事務局であった。そこには罪を犯したサイボーグのための簡易裁判所と刑務所が設けられており、りんごは富山県を消滅させた責を負い、服役していた。
だが池袋支部の要請と極東方面のロボ材不足・驚異の高まりから急遽釈放が決まり、補充用員として派遣されることが決まった。だがその服役期間は未だ終わっておらず、いまのりんごは謂わば執行猶予つきの出所を許された立場にあった。
そのため監視役……ラウンデル絹枝に常に見張られることとなったのだ。
***
「りんごちゃんあそこでパンデミックを起こしたのはツイてなかったねえ。全体的にヒキが悪かったよねえ」
支部からの帰り道、草むらの中から絹枝が話しかけてくる。先程まで遊んでいたボードゲームのことを言っているのだ。
「……人のゲームの結果に茶々入れないで。そんなのは監視役の仕事じゃ無いと思う……」
「それを決めるのは監視される側じゃあないんだよりんごちゃん。判断するのは常に……この私だ」
絹枝はギッと噛み合わさったトラバサミ状の歯を剥き出しにしてみせた。りんごは取り合わない。
「いつかりんごちゃんとも卓を囲みたいものだ。こう見えて私は結構アナログゲームが得意でね〜。カンが鋭いというのかな? そろそろ山札から危ないカードが出そうだななんてことも感じ取れるからそうしたらそこから出番をどう狂わせるかとかさ、そういう戦術が取れるわけだよ」
「……遊びたかったの?」
「ま、そのためにはまだ池袋支部の方々へのお目通りがかなってないからねえ。まずは挨拶から……」
「出てこないで……。あなたが池袋支部のみんなに知られるなんて、ゾッとする」
「嫌われたもんだ」
そう言って絹枝は姿を消した。だがそうしているあいだにも彼女は常にりんごを監視しており……眠っている間にもその監視の目は休まることがないのだ。
***
「炭水化物ばかりだ」
またある時は昼食を食べている時に絹枝が現れた。りんごがピザビュッフェで3枚のピザと山盛りのフライドポテトを平らげたとき、いつの間にか向かいの席に絹枝が両肘をついて、まるで夢見がちな少女……といったような姿勢で座っていたのだ。そのわざとらしい所作はまたもやりんごをイラッとさせた。
「よく食べるのはいいことだよりんごちゃん。でももっとバランスを考えなきゃさ……。嘘じゃない。キチンとタンパク質や食物繊維、ビタミンを摂るってことはサイボーグでも大事なことだ……。太るってだけじゃないぜ? 身体がダルくて動かないとかそういう影響がある」
「……私の監視だけじゃなくて健康管理も仕事のうちなの」
「いいや、仕事は監視だけ。アドバイスしてるのはね、私からの好意さ。君には健康に快適にゆかいに暮らしてほしいと思ってるんだよ。心からそう思うんですよ私は」
絹枝は目を閉じてウンウンと頷く。
「なにせ私には君の状態がすべてわかるんだ。だったら少しでも良い生活を送ってもらいたいと思うのは当然じゃあないかい?」
それを聞いてりんごはダンと机を叩いた。皿の上に置かれていたピザが浮き上がり、絹枝の顔面に飛んで行った。絹枝はそれに驚くこともなくアゴを浮かせると、アングリと口を開けてそれを飲み込んだ。唇の端すら汚さずに。
「ごちそうさま」
「……見事なものだね……」
これは本当にそう思った。絹枝が何気なく行ったピザを食うという行為にりんごは少なからず驚いた。自分ですらピザが飛んでいくことには気づかなかったのに。
「不意の事故に対応できなければ監視役は務まらないよ。簡単なものさ」
「……あなたにはどこまで見えているの?」
「何度言わせる? すべてだよりんごちゃん」
***
そうした日々にりんごは嫌気がさしていた。絹枝の作戦はわかっている。すべてを掌握されているという気持ちをりんごに植え付け、その行動を支配しようとしているのだ。何をしてもバレる、口出しされるとわかれば……やがて相手に口出しされないように気を使うようになってしまうだろう。主砲を撃たないという大前提はもちろん、遊びや食事に関してまで絹枝に支配される……。そんな生活はまっぴらだった。なんとかやつの支配から脱しなければならない。だが……どうやって?
その方法が思い浮かばず、りんごはイラついていた。仲間たちにやつ当たりするようなことはなかったが、背中の大砲を回転させることが増えた。
「あっ……ちょっとりんごちゃん!」
「……え?」
ドゥームズデイクロックゆずきがたまらずりんごに声をかける。
「また大砲でゴミ箱をひっくり返しているよ。気づかなかったかい?」
「あ……ごめんなさい」
りんごはしゃがみ込み、こぼれ落ちたゴミに手を伸ばす。
「最近多い気がするけど、なにかあった?」
「……いえ……別に。ちょっと悪い癖がついてて」
「前澤くんが言うように空中にアームを伸ばしておいた方がいいよ。……それでライトを壊されても困るけど」
「はい、すいません」
こんな生活は終わりにしなくては……。絹枝の監視の目を緩めなくては……!
りんごは決心した。今夜はこちらから奴を呼びつけてやる。
***
そうしてりんごは2人分の席を予約して食事を始めた。向かいの席にはスモークサーモンが置かれた空席がひとつ。
「……見えてるんでしょ? 座ったらどう……」
「うれしいね」
話しかけるとすぐに返事が聞こえ、空席にふわりと絹枝が座った。
「りんごちゃんから私を誘ってくれるなんて……。それになかなかイカしたフレンチのお店じゃあないか。こういう店に来てみたかったんだよ」
「……一応釘を刺しておく。あなたと食事がしたかったわけじゃない」
「ならどうして私のぶんの席も取ってくれたんだい?」
「……私からあなたを呼びつけるためだよ。いつもみたいにあなたの都合がいいタイミングで話しかけられ、先手を取られ、いいように弄られる……。そんなのはもう嫌なの」
「なるほど。その気持ちは理解できるよ、りんごちゃん。でもそれで何が変わるんだい? 私たちの話す内容は変わらないんじゃないかなあ。私が見ていた君の行動を、私が問いただす。それ以外に何かあるかい?」
「ある」
「ほう?」
「……私はあなたの話が聞きたい」
「本当にうれしいよりんごちゃん。ついに私に興味を持ってくれたんだね!」
「……バカ言わないで。その逆。私はあなたが鬱陶しいだけ」
「かわいさあまって憎さ100倍というやつかな?」
りんごは無視する。絹枝の論法にハマっていてはいつまでも話は前進しない。
「……あなたは私のすべてを把握していると言っている」
「その通り。だから今日も誘われずとも来たんじゃあないか。昨日も君が寝ているのを見ながら眠ったし、今朝も君が起きるのを確かめた。仕事をしている時もずっと見ていたよ」
「……でもそんなのはウソ。できるわけが無い。私に100%あわせての生活なんてできるわけがないし四六時中監視するのも無理に決まっている……」
「現にできている」
「……根拠は二つある。まず、私を監視するためのカメラみたいなものがない。あなたはどんな場所でも、屋内でも屋外でも私の行動を監視してる」
「そんなのが根拠になる? 私たちはシンギュラリティだぜ? すごーく小さなドローンを使ってるんだよ。最新の技術と私の徳でね!」
「……私の知る限りはいくらシンギュラリティでもそこまでの技術は無い。そしてもうひとつ。完全に他機に合わせた生活なんて無理。そんなプライベートがない生活に耐えられる精神の者はいない……。あなたはあなたで別の生活をしているはず」
「それも根拠とは言えないね! 感想みたいなもんだな。私は趣味と仕事を両立しているんだ。私にとって君の生活を見ることがいちばんの楽しみなんだよりんごちゃん!」
「……無理だよ。仮に本当にあなたにそういう趣味があるとしても無理。私にはわかる……だってあなたに四六時中監視されていてプライベートの時間がないと思うのは本当に気が狂いそうになることだから……」
「…………」
絹枝の顔が初めて歪む。眉間にシワを寄せ、奥歯を噛み締めたような表情を作る……いや、作っているのではない。自然に浮が上がっているのだ。
「……ようやく作り物じゃない顔を見せてくれたね……」
「なにを考えているんだい? りんごちゃん。君の仮定を聞かせてくれ」
「……あなたは私を常に監視をしてはいない。なにか別の方法を使って私の行動の要点だけを掴み、それに合わせて私に釘を刺しにくるだけ……。同時に私に常に監視しているという気持ちを植え付け、私の行動を縛り上げようとしている……」
「仮定に過ぎないね」
「何をしているのか教えて」
「何もしていない。君の行動は私が常に監視しているし、見ている。私に君の行動でわからないことはないんだよ、りんごちゃん」
「……本当に? 本当に私の行動は100%監視できているの?」
「くどいよ、りんごちゃん。なあ食事を進めないか? サーモンが乾いてきて……」
「……じゃあそこに、私の仲間が来ているのも知っているんだ」
「え?」
りんごが首を右に振る。絹枝はつられてそちらに目を向けるが、見えるのは視界いっぱいの青の金属だった。いや、ただの金属ではない……これは、サイボーグの装甲!
「経緯は大体わかってるんだがね……。尋問に私たちも加わらせてもらうよ、絹枝くん」
「お、お前は……!」
絹枝の頭部を掴み上げんと、巨大な手が持ち上げられていた……そこに立つのはドゥームズデイクロックゆずき! その後ろにはエアバースト吉村も控えている!
「ば、馬鹿な……どうして!」
「……あなたは私の行動を把握しきれていない。続けよう、食事を……」
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます