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マシーナリーとも子ALPHA ~探偵が見た流星篇~

 ワニツバメはぐるりと部屋を見回した。確かに以前来たときと違う。徳が満ちている。天井裏や床下から流れてくる徳は押し入れに流れている……。あの中か。

「さて……なんだか身構えておられるようでスが、本当にヤるつもりですか? 私はこの……タイムマシンを使わせてもらえればそれでいいんでスけどねえ。私たちが争う理由ってなんかありまスか?」
「大有りだっ! お前は敵で……この部屋を敵に使われせるわけにはいかない!」
「ま、ま、ちょっと待てや前澤……。少し落ち着け。なあワニ、なんか勘違いしてねーか? ここがタイムマシンだって? どこが? この散らかった和室が? 何を言ってるのかわからないぜ?」

 エアバースト吉村はダークフォース前澤が焦って口走る前に静止し、ツバメにホラを吹く。そうだ。なぜこいつが知ってるんだ……? この部屋がタイムマシンだということを。

「あー。しらばっくれても無駄ですよエアバースト吉村。この部屋がタイムマシンだという調べはついてまスから。まあーどうしてなのかは企業秘密とさせてもらいましょうか。探偵の推理力ってやつでスよ。追加で言うなら、この部屋に入った時点でこの部屋の徳の流れには気づいてまスよ? その押し入れに入ってるものを過去に送るんでしょう?」
「……そうかい。わかったよ」

 吉村は観念して唇を舐めた。さあここからどうやって対処するか決めなきゃあならない。今にも飛び出しそうな前澤を抑えながら、吉村は続けた。

「なあワニよ。これは本当に申し訳ないんだが……私たちはお前にこれから抵抗しなきゃならん。仕事だからね」
「ごもっとも。オススメしませんがね」
「だよな。私もそう思うぜ。正直ふたりだけでお前に勝てる要素がまったく思いつかねー。そこでだ。ちょっとお前に……真心を見せて欲しいんだが」
「真心ォ?」
「簡単なことだ。ちょっと連絡をさせてくれ。近くの支部にメールする。バイオサイボーグが来た、助けてくれ! ってな」
「私になんの得がありまスか?」
「もし助けが来る前にお前が私たちどちらかをもう殺せる、ってくらい追い詰めたら……私たちは喜んでお前をタイムマシンで送ることに協力するよ。円滑にことを進めてやる。もう抵抗しない。助けが来たら試合続行だ」
「ヌフフ」

 吉村の言い分を聞いてツバメは思わず笑った。何を言っているのかと。

「それって……ちょっとヘンでスよ。助けが間に合わなかったら手伝う、助けが来たら続行する? なんだか……ある意味後者の方がアンタがたの命が危ないような気がするんでスが。あと……わかってて言ってるんだと思いまスがこの周囲、東京圏のアンタがたの支部はあらかた潰しました……。どう頑張ってもここに助けが来るのは2時間ばっかしかかると思いまスが、それまで持ち堪えられまスか?」
「……無理だろ〜ね」

 本当のことだった。池袋支部から一番近いのは大宮支部あたり。ついで鎖鎌が向かった横須賀データセンターだ。関東圏は切り裂きジャック……ワニツバメの凶刃によりかなりの支部が潰されていた。

「なんでそんな可能性の低いものにすがるんです?」
「まあ落ち着けワニ。こりゃあ体面ってやつだぜ」
「体面?」

 吉村の横から前澤が不安そうな顔を向ける。この調子で大丈夫なんですか、吉村さん。吉村は無言でウインクを飛ばし、まあ任せとけと部下に伝えた。

「まあ、まず私たちだって死にたかない。でもよ、このままだまーってお前さんにタイムマシンを使わせたら大目玉だよ。それはそれで困る。だから抵抗しなきゃいけねーし、それを確認する仲間も必要だよな? 助けに来てくれってのは建前で、私たちが精いっぱいがんばって戦いましたってのを目視確認してくれる仲間が欲しいんだよ」

「ハハ……」

 ツバメは声を上げて笑った。その腕についたワニもガウガウと上機嫌に身をよじった。

「エアバースト吉村……。以前『ランダム』で会ったときも思いましたが、アンタはなかなか喰えないやつですね」
「よく言われるよ」
「つまり? どっちにしろアンタがたは助かるって寸法ですか。私が勢い余って殺さない限り」
「お前も私たちに死なれちゃあ困るよなあ? タイムマシンが制御できなくなるぜえ」
「ごもっとも」

 ワニツバメが腕を脱力させる。

「アンタの話を飲みましょう。仲間に連絡なサい」

 吉村はニヤついた。賭けに勝った。
 前澤は若干非難めいた視線を吉村に向けていたが、それをなだめるように吉村はふたたびウインクをした。
 携帯端末を取り出し、メールを送る。宛先は……ドゥームズデイクロックゆずき。

***

 吉村が携帯端末をしまう。

「終わりまシたか?」
「ああ、終わった」
「じゃあ始めますか」
「始める前にひとつ聞いてもいいか? 気になってることあンだよ」
「アンタも往生際が悪いですねえ。時間稼ぎでスか?」
「それもそうだし……それにお前にタイムマシンを使われたら、もう会うこともなさそうだし、モヤモヤすることは済ませておきたいんだよ」
「なんでここがタイムマシンなのかを知ってるのか……とかなら答えまセんよ?」
「それはまあいいや。問題はどうして、私たちがタイムマシン動かしてるときにやってこれたかだよ。タイミング狙って来たんだろ?」
「フム、それは……」

 簡単なことだ。ツバメは以前この部屋に侵入したときに電源用マニ車に500円玉を3枚重ねたほどの大きさのビーコンを取り付けた。これは電源を入れているかぎり、絶え間なく電波を送るというものだった。ツバメはこれを電源マニ車の側面にくっつけた。電源マニ車は基盤上のコンデンサめいて複数がズラリと列になり、隙間なく並んでいる。その側面に異物がくっつけば当然……駆動を開始して回転した際に隣のマニ車に引っかかる。だがマニ車の馬力は強靭。そんな小さく薄いものは簡単にへし折って問題なく動いてしまう。つまりタイムマシンが稼働すればこの部屋からの反応が途切れるのだ。あとはこの部屋に乗り込むだけのこと。簡単な話だった。
 だが……それを教えればツバメが以前この部屋に侵入したこと、鎖鎌をそそのかしたことがバレてしまう。それはあまり得策ではないように思えた。鎖鎌にはまだ利用価値があるかもしれないし……。忍び込んだこともバレたくない。ツバメが選んだのは沈黙だった。

「……残念でスがそれも企業秘密。探偵の推理力ということにしておいてくだサい。せいぜい眠れない夜を過ごすんですね」
「なんだ、残念」
「たいして時間も稼げませんでシたね? じゃあ始めますか……。外に出まスか? タイムマシンが壊れても困ります」
「なぁーに。タイムマシンはそんなにヤワじゃねーよ。それに……」

 吉村は押し入れから反対側の壁に向かうと勢いよく壁を殴った。すると壁は砕けることもなく、きれいに四隅が壁から剥がれて倒れ……仮眠室は隣のミーティングルームとつながった! 最初から用途に合わせて部屋を広げられる設計なのだ!

「支部も多少壊されてたほうが言い訳もしやすいからな」

***

「ンギャッ!」

 ダークフォース前澤がミーティングルームの壁に叩きつけられる! ワニツバメのバリツ掌底が彼女の胴体フレームに直撃したのだ! 前澤の強靭な胴体フレームはその衝撃に折れることはなかったが、代わりに受けたインパクトを素直に上半身と下半身に伝え、大きく吹き飛ばされることとなった。吹き飛ばされたさきには同じようにワニのしっぽで吹き飛ばされた吉村が休憩も兼ねて大の字になったままとなっている! 前澤は小さな口から血をプッと吹き出すと上司に話しかけた。

「吉村さん、悔しいですがやはり我々では敵わない……。応援が来るまで堪えられないでしょう」
「そうかもなぁ~~」
「……ですが私はこのままヤツの思惑通りに降参するのも気に食わない」
「……エッ?」

 吉村は部下の決意を固めた表情に思わず身体を起こした。オイオイ、冗談じゃねーぞ。

「前澤チャ~~ン……。なに考えてるの? お前さんの意思は尊重するけど一応、私に相談してからにしてくんね?」
「タダでやられるつもりはありません……。核を使います!」

 前澤の背中から安全装置を解除した金属音が響いたので吉村は慌てた。ダークフォース前澤の切り札、左肩部後方に装備された核ミサイル。これまでも彼女は任務のなかで5~6回ほどこれを発射してきた。その破壊力、爆発によって巻き起こる電磁パルスによって何度も救われてきた。だがいまはヤバい。いまは池袋支部の室内だ。こんな中で核爆発を起こしたら爆発が拡散しきる前に自分たちにものすごい衝撃が加わって死ぬかもしれないし、タイムマシンが一基失われるし、徳の高い池袋という土地が汚染されてしまう。そんなことになったら怒られる。なにより、この池袋山本ビルディングはいまとなっては吉村の重要な副収入源なのだ。破壊されたらこれから何を楽しみに生きていけばいいのか。毎月末に預金口座を眺める喜びをどうして捨てられよう。
 吉村は前澤にしがみついて止めた。

「待~て待て前澤! 撃つな! 少なくとも今撃つなッ! ここでッ! 全部吹き飛んじまうぞ~~!!」
「離してくださいッ! 私はッ、私はァ~~! 惨めに生き延びるより誇りとともに散りますッッ!!!」
「やめねぇかっ! 死んだってなんにも残らねえぞ~~! 生きてナンボだろッ!」
「死んでも徳は残りますッッ!!」
「いいからやめろッッ! 私にはいい考えがあるんだよッ! わざとこうやって時間稼いでるのがわからねえかッ!」
「まだ戦い始めて10分と経ってないんですよッ! 応援が来るまで2時間どうやってこらえるんですかぁ~っ!」

 ワニツバメはやれやれ、と首を横に振るとポケットから虫眼鏡を2本取り出し、正確に吉村と前澤の頭部に投げつけた!

「グエッッ!」
「わぶっっ!!」

 ディテクティブ手裏剣! バリツを究めたものならずともイギリスの探偵なら誰もが使う基礎的な探偵技術だが、ツバメの技術にかかればシンギュラリティのサイボーグに対しても有効なダメージを与える破壊力を生み出す! サイバー脳震盪を起こしたふたりは揃ってビターンと床に倒れた! そのすきにツバメはスカートから徳を吹き出して一足飛びに前澤に近づく!

「コイツが撃ちたかったんでスか?」
「あっ……!」

 抵抗するヒマもなかった。ツバメは倒れていた前澤の身体を引き起こすと、左腕のワニに核ミサイルを丸呑みさせたのだ。ワニはゲップをして平然としている。なにが起こったのだ? 前澤は呆然とした。

「セベクの体内はナイル川とつながっているんです。いまごろ自慢のミサイルはしおしおにシケってオシャカですよ」

 言い放つとツバメは前澤を再び壁に向けて投げ捨てた。吉村はそれを見てちょっとホッとした。こんなところで核ミサイルを撃たれちゃ困るのだ。とりあえずその危険は回避された。だが収まらないのは前澤である。前澤は3秒、天井を見つめていたが我に返ると咆哮しながらツバメに向けてダッシュした。右手のアームパンチと左手のトングの乱打がツバメを襲う! だがバリツの前では無意味だ! ツバメは前澤のサイボーグ乱打を器用に右手だけで捌いていく!
 1、2、3、4、5、6、7、8、9! 9回の攻撃を捌かれた前澤は10回目に大きく左腕を引いた。そのスキをツバメは見逃さない! 次の瞬間、ゴキリという音がミーティングルームに響いた。

「グッ……グギャアア!!」

 前澤がうずくまる。けっこうノンキしてた吉村もこのときばかりは青ざめた。ツバメの左腕のワニがゴキゴキと音を立てながら咀嚼する。ダークフォース前澤の左手首から先が無くなっていた。ワニに食べられてしまったのだ!

「タイムマシンを動かすサイボーグはひとりいれば事足りる……。片方が死ねば降参してくれますかねぇ~!?」
「クッ……クソッッ……! 南無三!!」
「前澤ァ!」

 前澤が両目を閉じた。うずくまる前澤に向かってツバメがワニを引き絞った。それを見て吉村は叫んだ。
 決定的瞬間が訪れると誰もが覚悟したそのとき、ミーティングルームの窓が割れ、音を立ててふたつの物体が乱入してきた。それは丸くゴツゴツした、岩のようなシルエットを帯び、炎を尾のように引いて飛ぶ! すわ隕石か!? ツバメのバリツ反応速度はその謎の物体を感知したが、前澤へのフィニッシュムーブに入っていた身体を反応させるには時間が足りなかった。
 ゴガン! 鈍い音を立てて隕石のような物体がツバメと右腕のワニにひとつずつ炸裂し、彼女らを吹き飛ばした!

「オガァーッッ!?!?」
「アレは……!」

 前澤は目を見張った。あまりにも見慣れた物体。それが稼働することをなによりも夢見た鉄の拳。

「間に合ったか……。思ったより早かったな」

 吉村は口角を上げ、ふたたび大の字に寝転がった。ひとまず私の仕事は終わりだ。

「な……なんでスかこれはァ!?」

 ツバメは血を吐きながら自らの腹に打ち込まれた物体を睨んだ。後方から火を吹くその物体の天面は金色に輝く天面にひらがなで「い」と書かれている! セベクにめりこんでいる同じ物体には「ろ」と! いや、よく見ろ……。岩のように見えたその中心部はよく見ると握り込まれた指! これはロケットパンチだ!

「なにやらさっそく揉め事みたいだねぇ~……」

 いつの間にか天からハシゴが下り、窓から新たに3つの影がのっそりと入ってくる。ツバメとワニにめり込んでいた鉄塊はその中心の影へ向かい、手首に収まった。逆光でよく見えない!

「え~っと……前澤さ~ん! 吉村さ~ん! 生きてる?」

 今度は最近聞き慣れ始めた声と、鎖のこすれる音が前澤の耳に吸い込まれた。なぜ間に合ったのだろう。ここまでどうやってたどり着いたのだろう。前澤はいろいろをすっ飛ばし、そのことだけが気になっていた。混乱しているのだ。

「お待たせ吉村……。騎兵隊の到着だ」

 最後に響いたその声とともに、3つの影が前に進み出る! 室内の照明に照らされ、その姿が顕になる……! ミーティングルームに新たにやってきたのは、鎖鎌、ドゥームズデイクロックゆずき、そして甦ったパワーボンバー土屋だ!

「いっちょやったるかい」

 パワーボンバー土屋は、戻ってきたロケットパンチの具合を確かめるかのように指を鳴らした。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます