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マシーナリーとも子EX ~家庭の味篇~


「家庭料理の店ってよぉ」
「はい?」

 エアバースト吉村がまた突拍子も無いことを呟いた。シンギュラリティのサイボーグ、ダークフォース前澤はつい生返事を返してしまったことを公開した。彼女はここしばらく、こうした吉村の唐突な発言を何度も受けてきた。大抵はしょーもないことだ。だが何度繰り出されても慣れない。タイミングが本当に読めないのだ。本当はもっと塩対応を返してとっとと話を終わらせたいのだが、今日もまた失敗した。つい聞き返してしまった。よりによって敵の攻撃でボロボロになった職場を片付けてる真っ最中に、片付けとも敵とも去っていった仲間ともまったく関係ない話を始めたからだ。

「家庭料理がどうかしたんスかあ?」

 横から相棒のパワーボンバー土屋が追い討ちの聞き返しをかける。バカ、やめろ。大して意味なんか無いんだぞ。だがこれも仕方がない。土屋はまだ吉村さんと付き合いが浅いのだ。なにせ合流したのは昨日のことだ。パワーボンバー土屋は、本当はもっと早くこの池袋支部に赴任するはずだった。だが、赴任初日に人間に破壊され、すったもんだの末に昨日ようやく蘇ったのだ。

「いや家庭料理の店〜みたいな看板出してる飯屋? 飲み屋? あるじゃん」
「ありますねえ」
「入ったことある?」
「無いッス。入りづらくないスか? ああいう店。ねえ」
「ああ……そうだな。入りにくいな」

 土屋が無垢に話を振ってくるので前澤は諦めて話に乗っかった。これで今日も片付けは終わらなそうだ……。

「ああいう店ってさ、結局何が出てくるんだろうな? 家庭料理って何?」

 エアバースト吉村はいよいよ手を動かすのをやめてどっかと瓦礫をの上に腰を下ろした。ああ、もうダメだ……。前澤は思わず目を閉じた。

「家庭料理ねえ……。家庭料理ってその……アレでしょ? 人類の母親がさあ、家で作る感じのやつでしょ?」
「ステレオタイプなイメージしか思いつかないな……。肉じゃがとか……。なんか煮物のイメージがあるけどな。里芋の煮っ転がしとかさ」
「やだー! 前澤ったらなんか言うことがおばさんっぽいー!」
「いやだってそういうテーマだろ……」

 前澤は諦めずに瓦礫を片付けながら口を動かしていたが、いつの間にか土屋も座り込んで吉村と議論を交わしていたのでとうとう諦めた。

「じゃあおばさんっぽくない家庭料理ってなんだ?」

 前澤は土屋の隣にどっかりと座りながら聞いた。

「んー、エビチリとか? アヒージョとか……」
「ギリギリエビチリはわかるがアヒージョは家庭料理とは言えないだろ……」
「でもちょっと前にコンビニ行ったらお母さんナントカーみたいな商品名で売ってたよ? アヒージョ」
「人類の考えることはよくわからんなー……」
「んで……だ。実はこの間ここから歩いて3分位のところにいつの間にか家庭料理の店ってのが出来ててなあ」

 ああ、そういう話がしたかったのか。前澤はようやく上司の意図に気がついた。

「ものは試しで今夜行ってみねーか? 土屋の歓迎会も兼ねてな」
「わー! 行ってみたいです!」
「……ちゃんと片付けをしてから、ですよね?」

前澤は釘を刺しておくのを忘れなかった。


***


「ここか〜……」

 果たして、池袋山本ビルディング……彼女らの所属するシンギュラリティ池袋支部の所在地であり、いまはエアバースト吉村が大家を務めるビル……から徒歩3分、駅とは反対側の位置に家庭料理・あずみはあった。
 店名も典型的ながらその店構えも典型的なものであった。白塗りの貸しビルの1階に入ったその店内は外から伺うことはできず、オレンジ色の温かな照明が静かに看板を照らしている。その上には杉玉が吊るされ、飲み屋であることを主張している。だがメニューは店の外にはなく、外からではどんな料理を出すのか、値段感はいくらかなどは窺い知れない。しばらく眺めてみたがほかに入る客もなく、一見さんお断りの雰囲気が漂っていた。

「まあ……値段については経費だからいいけどよお。こんな雰囲気でやっていけんのかね? メッチャ入りづらいじゃん」
「でも易々と入れないからこそ、中は静かで快適に過ごせるのかもしれませんね」

 ドアを開けると鈴がチリンチリンと鳴る。

「いらっしゃいませ!」

 前澤はおや、と意外に思った。その声の主は男性だった。それも大柄で、肩幅が広い、少し日に焼け顔には脂が光る健康的な男性。年は三十半ばといったところか。家庭料理の店と聞いて、小柄な、年配の女性を想像していたのだが……この店主はむしろラーメン屋やカレー屋が似合う外見だなと思った。

「お客さんたち、当店は初めてですか」
「ああ、どんな感じだい」
「当店は飲み放題のおまかせのみ、お一人さま4000円になります」
「おまかせだけか……」

 前澤は少し嫌な予感がした。メニューから自由に食べられない、というのは少し不安が残る。それが高級な店ならともかくここはどたらかと言えば庶民的な店だし、飲み放題で4000円というのもナンだ。変な食べ物とか、あるいは山盛りの枝豆とかを延々食わされるとか、そういう店なんじゃないか?

「いいじゃん。3名だ。座敷は座れるのかな?」

 だが吉村は気にするそぶりも見せず奥に進んでいってしまった。土屋も深く考えずに追従している。おいおい大丈夫か。

「吉村さん……大丈夫なんですかねこの店?」
「いいじゃねーか。明朗会計4000円。少なくともボッタクリじゃねーってこった」
「前澤こそなにを心配してるのさー」
「おまかせオンリーってところがな……。よくわからんものを食わされるならともかく、貧乏くさいものが出てきたら辟易するぞ」
「あーあ、前澤はお嬢様だからねー。吉村さんこいつ昔からこうなんですよ。結構あれこれこだわりが強いの」
「そーなのか? じゃあモヤシのバター炒めとか山盛りで出てきたらどーする? アタシは食うけどなあ」
「おいしそう!」
「…………」

 もしかしてこのふたり、案外ウマが合うのか? 前澤は嫌な予感を覚えた。いざこうなってみると、あくまで臨時のメンツだったはずの鎖鎌のときより面倒が強いかもしれん……。

「ども、お通しです」
「あーい。あ、じゃあ瓶ビールもらえますぅ? とりあえず2本ありゃいいかな」
「これは……鶏肉?」

前澤は小鉢を手に取ってしげしげと眺める。鶏胸肉に柔らかく火を通した卵が和えられており、白ネギが乗っている。

「あ、おダシが効いててオイシー。これなら前澤でも気にいるんじゃないの?」
「うん確かに……これはうまいな」
「イケるなあ。冷たいけど、だから味が濃く感じるっつーか。親子丼にかかってるやつっぽくもあるけど。これなら日本酒のが良かったかね?」

 杞憂だったか、と前澤は安心した。あの店主にしては……と言っては流石に徳が低いが、出てきたお通しは予想以上に上品な味だ。塩味も控えめだし、ダシもキチンと取っているらしい。柔らかで優しい味だ。これならお任せでも期待できるかもしれない。

「どうぞ……お魚です」

 しばらくすると次の皿を出してくる。魚と言うから刺身かと思ったが、これまたオシャレだ。花のように巻かれたサーモンの上に、いくらが乗せられている。

「これまた美味しそうでオシャレじゃないか。家庭料理ってなに?」
「サケもいくらも思ったより全然イケるぜ。もっと安もんのいくらでも文句は言えねーと思ったけど全然クサくないんだな。4000円、お得なんじゃないか?」
「ですね……。ちょっとこの店のことナメてたかも? いいお店かもしれませんね。なあ土……屋?」

 土屋は箸を動かさず、座敷の出入り口を注視していた。

「土屋……? どうした、食べないのか?」
「あの店主、さあ……」
「どうした?」
「汗かいてた」
「汗くらいかくだろ。料理してたらさ。それにこの店、バイトもいないみたいだし」
「汗かいてたっていうか、息が荒かったんですよ。気づきました? 料理っていうよか運動してきたみたいに……」
「まあでも……料理も運動みたいなもんだしなあ。もしかしたら鮭も生きてたんじゃねーの? それを捌くのに苦労したとか……」
「怪しいなあ」

 土屋は鮭に手をつけず腕を組んで考え込んだ。前澤は吉村に耳打ちする。

「こいつ、案外勘が鋭いところあるんです。もしかしたらこの店何かあるのかも……」
「そうなのかあ? でも……何かあるったってただの飲み屋だぜぇー? 何か私たちをどうにかしようって企みがあるとも思わねーし……」
「私! ちょっと見てきます!」
「えっ」

 土屋はバンと机に手をついて勢いよく立ち上がった。見に行くってどこへ? 問うまでもない。厨房だろう。

「待て待て待て土屋! それはやばいって!」
「でもなんか……引っかかるんだよなぁー! あの店主絶対怪しいって!」
「怪しいってなんなんだよ! 怪しくても酒が出てきて飯が食える! それで飲み屋はいいんじゃねーのか?」
「でもなんか……気になるんです!!」

 吉村と前澤の制止も聞かずに土屋は厨房の暖簾をくぐる! 

「あっ」
「土屋ってば……! ……ん?」

 続けて潜った前澤も違和感を覚える。床に散乱する白いもの……それは羽だった。

「羽……?」
「これ、ニワトリの羽じゃねーか?」

 続けて入室した吉村が羽を摘み上げる。

「なんでニワトリの羽があるんだ……? ここでシメたのか?」
「あっ! こ、これ……吉村さん! こっち見てくださいよ」

前澤は調理台の上を指差す! そこには先ほど食べたかと思ったサケが捌かれ、その隣にもう一匹、息絶えたサケが転がっていた。その傍らには……桶に入ったいくら! 先ほど食べたものだろう! しかし異なるのはその上から白い液体がかかっていることである!

「これは……もしかしてサケの精子か?」
「どういうことですかね……? 受精させたってわけ? なんで?」
「増やす気……なのかなあ?」

 厨房にしては異様な空気に3機は冷や汗をかく! なぜこんなことを?
 そのとき、厨房の奥からガタンと大きな音がして3機はビクリと身体を震わせた。まるで大きな獣が力いっぱい体当たりをしたような異様な衝撃だった。振り向くとそこには分厚そうな扉がある。倉庫だろうか? 冷蔵庫だろうか? 

「……どうする?」

 吉村は左右の前澤と土屋の顔を交互に見て言った。前澤は無言で「やめときましょう」と表した。だが土屋は吉村の顔を見返すこともなく右手のロケットパンチを発射したのだった。

「ああ!?」
「土屋ァ!」
「ここまで来たら見ましょう! 毒を喰らわば皿までッスよ!」

 土屋のロケットパンチは扉の大ぶりなノブを力強く掴むとガチャンとロックを解除した。その瞬間、ドアの隙間から空気が吹き出る! 気密扉なのだ!

「何……?」
「まあ冷蔵庫とかならわかるが……うわっ」

 ドアを半ば開いたところで吉村は悲鳴を上げた。ドアが分厚い! 厚みは60cm以上あろうか? 軽い砲撃程度なら防げそうな異様に分厚いドアだ!

「なんで厨房の奥にこんな分厚いドアが必要なんだ……?」
「な、なんか聞こえてきませんか……?」

 土屋の手がドアを全開にする! その瞬間!

「ギョイーーーッ!!!!!」
「わーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 扉から全速力で切り傷だらけの子羊が飛び出してきた! イキがいい!

「なんだこいつ!?」
「ギョイーーーーッ!!!!!」

 羊は厨房内を走り回ってグチャグチャにすると、外に向かって飛び出ていった。

「ギョイーーーーーッ!!!!!!」
「え……? マジで何?」
「ほっといてよかったんですか?」
「良かったのか悪かったかもわからん……」
「あーーーーっ!」

 一行が呆気にとられているとドアの奥から血まみれの店主! その手には牛刀が握られている! サイボーグたちは思わずファイティングポーズを構えた!

「お、お客さんたち困りますよ! 厨房のなかに入られちゃあ~~!」
「あ……す、すいません」

 正論だったので前澤と吉村は素直に頭を下げた。土屋がまだキョロキョロしているので前澤はその頭を掴み無理やり下げさせる。

「うわ~~、めちゃくちゃだ……。ね、いまもしかして子羊出てきませんでした?」
「で、出てきました……。あ! アタシらじゃないッスよ厨房荒したの! 子羊が走り回って……」
「いえいえ、わかってます。私も悪いんですよ。一撃で仕留められなかったので……あの子羊にも悪いことをした」

 血まみれの店主が本当に申し訳無さそうにシュンとした顔を見せる。土屋は気になっていたことをぶつけてみることにした。

「あの……もしかしてこのお店、出すもの全部ここで育ててるんですか?」
「ああ、そうなんですよ。そこがこのお店のキモですからね」
「キモ? 新鮮な素材を使うことが?」
「いえいえ……家庭料理というところですよ」
「家庭料理???」

 一同の頭の上に疑問符が浮かんだ。この店に来る前にひとしきりした議論だ。家庭料理って……なんか肉じゃがとか、家庭で作る料理じゃないのか。

「あの子羊の前にね、あの親の羊をシメたんです。ご存知ですか? 羊は若さでぜんぜん食味が違ってくるんですよ。そこで親子での味比べをしてもらおうかと……」
「親子……?」
「そう、よく親子丼なんて言いながら鶏肉とたまごをとじたものをメシに載せて出したりしますよね。でも私に言わせりゃああんなものはまがい物なんです。どこかで仕入れた卵と、どこかで仕入れた鶏で作ってるわけですからね。そんなの親子じゃありません。他人ですよ」

 店主は腕を組んで語り始めた。3機は徐々にこの店の「テーマ」に気づき始めた。

「……続けて」
「だからね、私は自分の店を出すなら嘘偽りない、本当の家庭料理をお出ししようと決めたんです。面識がない、他人を突き合わせただけの嘘の家庭料理でなく、温かい、愛情に包まれた家庭の完成形としての家庭料理をね。そのために……」
「ウワーーーーーッ!!!」
「ギャアーーーーッ!!!」

 店主の顔面にパワーボンバー土屋のロケットパンチがめりこんだ! 店主は鼻を砕かれて気絶!

「えーっ!!! 土屋お前なにしてんだぁ~~!!!」
「いやなんか……キモくて……」
「キモいからって殴んなや! いやキモかったけど……」
「どーするこいつ……? 殺しとくかあ?」
「いやでも……別に殺すほどではないっていうか……。なんか考え方がキモいだけで私たちに害ってわけではないですし……。いやまあ人類という時点でとりあえず殺しちゃってもいいっちゃいいんですけど……」
「とりあえず……アレだ、気絶してるうちに出よっか」
「そだな……。でもなんか、悪いから金だけ置いてくか……。全然食べられなかったけど……あ、前澤!」
「はい」
「なんか全然食えなかったのに金置いて帰るのもよく考えたらシャクだから冷蔵庫からテキトーな酒一本持ってきておいて」
「えぇ~~……。それもなんか……どうなんスか……」
「まぁ~まぁ~、そのくらいいいでしょ。飲み放題なんだし」

***

 何事もなかったかのように店を出る。吉村は最初にこの店の外観を見たとき、ふたつにひとつだと思っていた。足繁く通うようになるか、それとも二度と来ないか。

「……後者だったなあ」
「はい?」
「いや、なんでもねーよ」

 パワーボンバー土屋は依然、うつむいて考え込んでいた。

「鶏……卵……鮭……いくら……羊……子羊……」
「土屋、大丈夫か?」
「いや、店を出たら急に気になってきてさ……。ほかにはどんな家庭料理を出すつもりだったんだろうね?」
「知りたきゃまた日を改めて来たらいい。私はもう勘弁だけどな」
「いやいや、私だってイヤだよ! でもさぁ~」
「なんだ?」
「いや、ふと思ってね。あの店主さんさ」
「うん」
「お母さんとか奥さんとは一緒に住んでるのかな~って。その場合はどうするのかなってさ。チョット思っちゃったわけ」
「お前……」
「ハァ~~、土屋……お前のせいでちょっとまたキモいこと考えちゃったわ。勘弁してくれ~~」
「アハハハハ、ごめんなさいごめんなさい」
「……蕎麦でも食ってくか。腹にたまるもん食えなかったし」
「さんせーい」

 一行は和やかな雰囲気で目に入った立ち食い蕎麦へと歩んでいく。街頭の灯りを浴びながら前澤は思った。まあ……なんやかんやうまく回りそうではある……。気苦労は多そうだけど……。なんやかんやで……。顔を見合わせて笑い合う吉村と土屋の顔を眺め、これまで起きてきたさまざまなことが急に去来してきた前澤の胸に、言葉にできない感慨が押し寄せていた。

***

 立ち食い蕎麦屋は子羊に荒らされていたので蕎麦は食えなかった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます