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マシーナリーとも子EX 〜魔境の島篇〜

 2020年……とある島。気温、湿度ともに高く、周囲は骨太な幹、肉厚な葉を持つ木が生い茂り、地面からはツタ植物が鬱蒼としげる。トカゲや大きな蜘蛛が闊歩し、あたりからは怪鳥音が響く……まるで熱帯の島だ! だが見ていだきたい。川から顔を出したコモドドラゴンが今、ぷっと口から吹き出した弾丸のようなものを! 近づいてよく見てみよう……これは弾丸ではない。なにかの種子だ。赤い! 梅、それも梅干しの種なのだ! おわかりだろうか。梅干しがある国。この熱帯の島は日本なのだ! 日本人が、弁当のおむすびを食べようとしたところ背後からコモドドラゴンに襲われてしまったのだ! 
 そんなとき、空中から怪鳥音が近づいてきてコモドドラゴンは川へと慌てて隠れる。空中から現れたのは巨大な鳥……羽根を広げた姿は10メートルにも達しようかという驚くほど大きな鳥だ! この島の原生生物だろうか? だが鳥は、着地するとともに灰色のゼリーへと姿を変えた。

「ありがとな〜っ」

 ゼリーの上に乗っていた者がひょいと飛び降りる……。シンギュラリティのサイボーグ、ジャストディフェンス澤村だ! 澤村は背負っていたリュックを下ろして広げると灰色のゼリーたちは中へと収まっていった。彼らはショゴス。かつて地球の覇権を争っていた宇宙生命体、「旧支配者」に使役されるアメーバ状の生き物だ。シンギュラリティと旧支配者は同盟関係にある。今回、澤村が任務を遂行するための足として旧支配者はシンギュラリティにショゴスを貸し出したのだ。

「さーて」
「暑いところですねえ」

 澤村が地図を広げると懐からハンバーグ寿司が飛び出す。

「お前が生魚じゃなくてよかったな〜。ネギトロだったら悪くなってたぜ」
「まったくです。目標の地下洞窟はどこでしたっけ?」
「えーと、Dの13、Dの13だろ……」

 澤村は格子状にエリアが区切られた地図に指を走らせる。ここからそう遠くない。高速移動形態なら日が落ちる前に辿り着けるだろう。

「行くぜーっ!」

 澤村は四つん這いになると、ツタや虫を蹂躙しながら南へと走っていった……。

***

「津々鶹島?」
「そう。神奈川県の遥か南方にある小さな島よ」

 3日前、澤村は上司のネットリテラシーたか子から作戦の説明を受けていた。くだんの島は地熱の影響で異常な重力波が出ており、衛星からの観測はできない。そのため前人類未到の野生生物の楽園となっているのだという。

「だけど今月あたりからその事情が変わってくるの。島の噂をなんらかの方法で聞きつけた人類の愚かなハンターどもが島に侵入、島内の貴重な生物を捕獲しようとしています。我々には直接関係のない話ですが、この乱数はシンギュラリティの発生によくない影響があると2045年の観測では出ています」
「そーなの? それ、いつわかったんだよ。例のゆずきのタイムマシン手紙で教えてもらったのか?」
「まさか。今後はそうした仕事もするかもしれませんが今はあの通信を通常業務のために費やすなんてことはしないわ。これは元々、私が未来から持ってきたタスク。2020年のこの時期にやることははじめから決めてたの」
「ふーん。マメだなあ」
「アンタたちが不真面目すぎるのよ……! 現地戦力は複数のサイボーグが出向くこともありません。ただ、鬱蒼と植物が茂っているし足場も悪い。うすらデカくてコロコロキャスターで移動するマシーナリーとも子には不向きな任務だわ。その点……」
「私なら小柄だしキャタピラがあるから向いてるってか?」
「そういうこと。理解が早いじゃない」
「誰がチビだってー!?!?!?!?」
「言ってない。あそこは人類の公共機関も通ってないしわざわざ調達するのも面倒です。なのでクルールゥにショゴスを手配しておきました。届き次第、あなたには飛んでもらいます。ハンターが潜伏している、あるいはターゲットであろう動物がいるだろう地点を地図にマークしておいたからそこを目標にしてちょうだい」
「あいあい。何人殺せばいいんだあ?」
「4人ほどとデータがありますが、この手の数は上下する者なのだわ。テキトーに捕獲した人類の爪でも剥がして聞きなさい」
「私、指が太いから人類の爪剥がすの苦手だよぉー」
「じゃあ指を折るでも耳を焼くでもなんでもいいから拷問しなさいな。手順は全部任せます。とりあえずこの島に侵入した人類をみんな殺しなさい」
「あい」

***

「あれかーっ!」

 密林から澤村が躍り出ると巨大な洞窟が顔を出す! でかい! 洞窟というのも憚られるほどの巨大さ! どちらかといえば大穴が空いた山とでも言いたくなるような大きさだ。地面から天井までの高さは50メートルは下らないだろう。入り口の幅も広く、旅客機の1機くらいならすっぽり入れそうな大きさだ。

「すげえ島だなあ」
「人類の気配は……あんまり感じませんねえ……。あっ! 澤村さん、あそこにテントがありますよ」

 巨大な洞窟の裾、そこに2〜3のテントがあった。数の表記が曖昧になってしまったのは、そのテントがもとはいくつだったか推察するのが難しいくらいに細切れになっていたからだ。
 近づくと周囲には血痕……いや、大きな塊こそ無いが臓物も落ちている。ここでハンターたちは何者かに襲われたのだろう。

「これ、私が殺す人類残ってんのかあ?」
「焚き火は完全に消えています。少なくとも丸一日は経ってますね」

さてどうしたものか。とりあえず洞窟に入ってみるべきか? 澤村が腕を組んで思案し始めたとき、微かに地面が揺れ始めた。

「……あ?」

 ス……ドス……ドスドス……。
 澤村は身構えた。巨大な足音。その正体がなんであれ、おそらくこの人類たちを殺した奴に違いない。

「……そういえば人類は殺せって言われたけど、人類が狩ろうとしてた動物って助けたりする必要あるのかな?」
「たか子さんはなにも言ってませんでしたけど……」
「じゃあ場合によりけり殺すしかねえなぁ〜っ。心は痛むけどな!」

 ドスドスドスドスドスドスドスドス!
 巨大な足音はどんどん近づいてくる! あと100メートル。90メートル。80メートル……!
 足音の主との距離が残り50メートルに達しようかというそのとき、ようやく洞窟に差し込む光が対象を照らした始めた……。その体躯は像よりも大きく、その頭部はパラボラアンテナのように幅広く、そして巨大なツノが生えていた。

「エーーーーッ!!!!」
「グギョーーーーーッ!!!!!」

澤村は自分でも恐怖か歓喜か判断のつかない声を上げた……洞窟から飛び出してきたのはトリケラトプスだったのだ!!!

「恐竜かよーっ!」
「グギョーーーーーっ!!!!」

澤村は指のビーム砲を構える! だがそのとき、トリケラトプスの動きがピタリと止まった。澤村は不審がる。なぜさっきまで走り回っていたのに急に止まるんだ? 
 トリケラを見守る。すると彼はブルブルと震えだし、白目を剥いた。

「なんだあ?」
「なにか悪いものでも食べたんですかね?」
「傷んだ寿司でも食ったかな?」
「もう! 澤村さん!」
「ゲギョーーーっ!」

トリケラトプスは天に鼻先を向け、泡を拭きながら絶叫した。すると横倒しに倒れ、喉をゴロゴロと鳴らした。本当に体調が悪そうだ。心なしか鱗越しのその表情も青ざめて見える。

「大丈夫かあ?」
「ゲッ……ゲッッッ!!!!」

 喉を不自然なほど動かし、鳴らしていたトリケラトプスはやがて嗚咽すると口からプッとなにかを吹き出した。

「オワーッ!!!」
「ギャーッ!」

口から吹き出されたものはヤシの木にぶつかり、バウンドして澤村とぶつかった。

「なんだぁーっ!?」
「オゲ……オゲゲ……ようやく出れまシた……」

 澤村は自分にぶつかった物体が、聞き覚えのある声を発したので驚いた。次いでその姿に驚いた。見間違えるはずもない極端に特徴的なシルエットを持っていたからだ。

「な、なんでお前があそこから出てくるんだぁ〜?」

トリケラトプスが吐き出したのはN.A.I.L.のバイオサイボーグ、ワニツバメだったのだ!



***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます